第92話 中間試験結果
「うわ。まさやん。どうしたんすか。ゾンビみたいっすよ」
中間試験一日目の朝。
下駄箱でカエデと会うと、彼女はぎょっとした表情を浮かべた。
「すまん。今は話しかけないでくれ。暗記した英単語が消える……」
俺はふらふらした足取りで、教室へと向かった。
あれから三日。殆ど寝ずに試験対策に励んだ。
俺のアドバンテージである、テスト対策のノウハウ。こっちは周り奴らの倍、試験を受けてきているんだ。その経験を活かして、試験対策を行った。
去年の過去問を解くだけではない。その先生の出題傾向を、今年の授業の内容と比較し、予想。
若い体だ。体力だけは有り余っている。
「とはいえ、三徹はきついな……」
教室に着くと、由姫はすでに自分の机で復習をしていた。
俺が彼女の横を通ると、彼女はノートに目を落としたまま
「約束通り、本気でやってくれたのね」
とほのかに嬉しそうな声色で言った。
「もちろん。約束だからな」
平然としているが、彼女の目の下にはうっすらクマがあった。
彼女も俺と同じで、追い込みをかけたようだ。
「絶対に負けないから」
ぼそりと言った彼女の言葉を背に受けながら、俺は自分の席に着いた。
チャイムが鳴り、先生がやってくる。
試験用紙が配られる中、俺はゆっくりと深呼吸をした。
さて。やれることは全てやった。
「それでは始めてください」
先生の声と共に俺は、シャーペンを強く握りしめ、問題用紙と向かい合った。
***
一学期、中間試験結果
一位、新妻カエデ 787点
二位、鈴原正修 786点
有栖川由姫 786点
四位、小城学 774点
「なんでだよ!?」「なんでよ!?」
廊下に張り出された順位表を見て、俺と由姫は同時に叫んだのだった。
***
放課後の生徒会。
「いやー。ヤマ張ったのが当たったっす」
カエデは頭を掻きながら、あっけらかんと言った。
その横で俺は苦笑いを浮かべ、更にその横では由姫が机に突っ伏し、真っ白になっていた。
ぶっ倒れて五分ほど経つが、ピクリとも動かない。
「これも勉強会のおかげっす。まさやん達の助力が無ければ、トップは取れなかったっす。本当にありがとうっす」
「…………………………………………」
由姫がびくんびくんと体を痙攣し始めた。
もうやめたげて。死体蹴りよくない。
彼女が悔しがっているのは、ただ負けたからではない。
さっき、由姫の答案を見せて貰ったが、彼女の減点は全て、ケアレスミスだった。
もう少し落ち着いてテストに臨んでいたら、彼女の勝ちだったのだ。
徹夜のせいで集中力が落ちていたのかもしれない。
「ああああああああ! なんで私はいつもこう……。肝心なところで……」
お。再起動した。
由姫は近くの壁に走っていくと、ガンガンと頭を打ち付け始めた。
「え。ちょっと、あれ、大丈夫っすか?」
「大丈夫。少ししたら直るから」
そういえば、あの勉強会での約束はどうなるのだろうか?
「有栖川。例の勝負は引き分けってことでいいか?」
「…………うん。次の期末試験に持ち越しってことで。ちょっと気分悪いから、外で風に当たってくる……」
由姫は重い足取りで、生徒会室を出て行った。
「有栖川さん、調子悪そうっすね。どうかしたんすかね?」
何も知らないカエデは、小さく首を傾げていた。その原因が自分にあるとは微塵も思っていなさそうだ。
「はぁ……」
あれだけ勉強を頑張ったのに、成果はゼロか。
まぁ、いいや。思い通りにならないのも青春だ。この悔しい気持ちも、そのうちきっと大切な財産になるだろう。
それに、試験が終わったことで見える楽しさもある。
来月には林間学校もあるし、海にプールに夏祭りと、色んなイベントが盛り沢山だ。
「やべ……」
水着姿や浴衣姿の由姫を想像したせいで、にやけ顔になりかけた。
この前の由姫が風呂に入っている妄想といい、少し気持ち悪いぞ、俺。
「風呂……」
そうだ。無事、試験は終わったものの、一つだけ気になることがまだ残っていた。
何故、彼女があんな勝負を挑んできたかだ。
なんでも言う事を聞くなんて、以前の彼女の口からは絶対に出ない言葉だ。
俺の知らないところで、由姫に何か変化が起きているのだろうか?
だとしたら、それは学校ではなく……
「一度、話をしに行くか」
由姫があんな性格になった元凶の一つ。それはこの学園にいる。