第82話 俺の家に美少女が2人いる Ⅲ
勉強会が始まってから、一時間と少しが経過した。
ふざけていたカエデも、黙って静かに参考書に向かいあっている。
彼女は飽きっぽい性格だが、本気で何かをやろうとした時は、周りが一切見えないほど、集中する。それは昔と変わっていないようだ。
一番最初に集中力が途切れたのは俺だった。凝った首をほぐしながら、勉強する二人を見る。
「……………………………………」
改めて見ると、こんな可愛い女の子二人が俺の家にいるのが信じられない光景だ。
タイムリープ前の高校生の俺なら、浮かれて高級スイーツとか買ってきただろうな。
「ちょっとトイレ行ってくるっす」
と、カエデがペンを置き、立ち上がった。
「場所はわかるか?」
「はいっす。廊下のつきあたり左っすよね」
カエデがいなくなり、由姫と二人だけになる。
「急に静かになったわね」
「はは。たしかに……」
由姫は「これで勉強に集中できるわ」みたいな言葉を言うのかと思ったが、そうではなかった。
彼女はそわそわした感じで横髪をいじっていたかと思うと、なにやら決心したかのように立ち上がると、ちょこんと俺の隣に座った。
「ね、ねぇ、この問題だけど、解き方分かる?」
由姫は参考書の一番左上の問題を指差した。
「ん。どれどれ」
………………………………。
………………………………。
うん。君、さっきの過去問で、この問題とまったく同じものを、正解していたよ。
わかりやす!
さっきのカエデと同じ行動をしようとしているのだろう。
あぁもう可愛いなぁ!
「この問題、解き方知ってるだろ」と指摘するのは、野暮だな。
「えっと、無理数は分数で表せないから、こっちを……」
由姫は俺の説明を聞きながら、ふんふんと小さく頷く。
あれ? もしかして、こちらへと近づいてきてないか? 俺にバレないように、ゆっくりゆっくりと。
ちょん。
さすがにカエデのように胸は当たらなかったが、俺の右肘は、由姫の左腕にちょんと当たった。
「ん……」
細く柔らかい彼女の腕。どうやら、左腕の弱いところに当たったのか、彼女の口から声が漏れた。
変な声出さないで! ドキドキするでしょうが!
さすがにこれ以上近づかれると、色々とヤバい。何か言ってやろうと由姫の方を向いた時だった。
「!」「!」
俺と由姫の目が合った。
つまり、由姫は問題ではなく、俺の顔をずっと見ていたのだ。
「な、なんで、問題じゃなくて、俺の顔見てるんだよ」
「あ、貴方こそ!」
俺は今、顔を上げたの! 問題を見ずに説明とか、そんな器用な事出来ないっての!
「ま、まぁ、大体わかったわ。ありがとう」
由姫はそう言って、そそくさと自分の座布団へと戻っていった。
あーもう。年甲斐もなくドキドキしてしまった。ちょっと、顔を洗ってこようかな。
いや、今、洗面所にはカエデがいたな。彼女が帰ってきてからにしよう。
…………………………。
そういえば、カエデの奴、中々帰ってこないな。
「カエデの奴、遅くね?」
「そういえば、そうね」
トイレと言ってから、もう十分以上経っている。
女性のトイレの長さを言及するべきではないと思ってはいたが、さすがに長すぎないか?
迷子……なわけないか。俺の家のトイレだし……。
…………………………………………。
…………………………………………。
「…………………………まさか」
まずい!
俺は慌てて立ち上がり、一目散にトイレへと向かった。
ガチャ!
そして、カエデが入っているであろう、トイレの扉を勢いよく開いた。
「ちょっ! な、なにをしているの!?」
後ろについてきていた由姫が驚愕の声をあげながら、俺の目を後ろから塞いだ。
「有栖川。よく見ろ」
「よく見ろって……女の子のトイレを……あれ?」
俺の目を塞いだ彼女の手が下がる。やっぱりか。
「いない……?」
そう。トイレはもぬけの殻だった。そのうえ、上がったトイレの蓋には、一枚の紙が貼り付けてあり、そこには
『騙されたっすね、バーカ』
という文字と、ベロを出した顔文字が描かれていた。
「やられた……」
そう。彼女は知っているのだ。俺の部屋の位置を。
「二階だ!」
階段を登っていると、ぎしっぎしっと何かが軋む音が聞こえてきた。
「ひゃっほーう!」
階段を登り、俺は自分の部屋の扉を開いた。
ばよえーん。ばよえーん。
そこには枕を抱きながら、俺のベッドの上でトランポリンをするカエデがいた。