第79話 勉強会の朝 Ⅱ
「由姫。お前はアイツと張り合わなくていい」
私の心を読んだかのように、父さんは淡々とした声で言った。
「お前は学業に励んで、良い大学に入る事だけを考えていればいい。お前が幸せになれるよう、良い結婚相手を探してやる」
良い結婚相手……。
私の結婚相手は恐らく、アリスコアの次期社長になる人だ。
小さい頃から、父さんはよく言っていた。女としての幸せは、良い大学を出て、良い人を見つけて結婚し、子供を産むことだと。
私も別にそれでいいかなと思っていた。
恋愛とか興味無かったし、周りの男子達は全部幼稚に見えたし。
大人で優秀な男性なら、多少年上でも構わないと思っていた。
とにかく、兄さんに負けたくない。父さんに認められたいという気持ちだけで、毎日過ごしていた。
だけど、最近、その価値観が揺らぎつつある。
七芒学園に入学して、アイツと会ってからだ。
そして、決定的だったのはこの前、アイツと一緒に出掛けた日のことだ。
「有栖川の夢はなんだ?」
喫茶店で話した、将来の夢のこと。
私の夢……。それが何なのか、じっくり考えて自分の気持ちに気づいた。
私は自由が欲しい。
父さんの決めた結婚相手と結婚するのではなく、自分の意志で、好きになった人と結ばれたい。
そして、私が自由になる方法は二つ。
一つはこの家から逃げること。父さんが幻滅するくらい惨めに、逃げて逃げて逃げまくれば、私は自由になれるだろう。
父さんもそこまで嫌がる私に結婚を強制するとは思わない。
結婚相手を決めるというのは、あくまで自分と私の両方のメリットを考えての事だ。
そして、もう一つの自由になる道。
それは逃げるのではなく、戦うという方法だ。
「ねぇ、私が兄さんのように生徒会長になったら、アリスコアを継いでもいい?」
会社を継ぎたいという願望を父さんに言うのは初めての事だった。
父さんは一瞬、驚いた表情を浮かべたが。すぐ呆れ顔になると
「駄目だ。女の身で大企業のトップに立つというのがどれだけ大変か、お前は分かっていない」
と子供をなだめる様な声で言った。
「うちの会社は実力至上主義を取っている。親族経営のその辺の中小企業とは違うんだ」
「だけど、兄さんは……」
「優馬を次期社長にしようとしていたのは、息子だからという理由ではない。今いる社員達よりも優秀になれると見込んでのことだ」
「そうなの……なら……」
私は父さんの目をじっと見据えて、
「私がもし兄さんを超えるくらい優秀になれば、アリスコアを継いでもいいよね」
アリスコアの次期社長と結婚させられるのなら、私が次期社長になってしまえばいいのだ。
そうなれば、結婚相手は存在しなくなる。
正直、逃げる方が何倍も簡単だ。戦うという選択肢は何が待っているか分からない、とても辛い道だ。
だけど、私が選びたいのは戦うほうだった。
この前の若葉祭で気付かされた。
私はとことん負けず嫌いで、逃げるのが嫌いな人間なのだと。
「………………………………」
父さんは少し驚いたような表情を浮かべると
「そうだな。もし、優馬を超えられれば、考えよう」
と言った。
よし! 言質は取った。私は心の中でガッツポーズをした。
そうだ。逃げるんじゃない。戦って、そのうえで自由をつかみ取って見せる。
アイツのように。