夏と車椅子 2
殿下に車椅子を貰ってからというもの、私はずっと図書室に篭っている。
今迄は、御存知の通り勉学をとことん怠っていたから、本を読むだけでも今はとても楽しい。
昔は学園では偽者をつかいテストを乗り切ってきた。でも、きっと殿下には偽者の事は伝わっていたのだろう。きっと、会話の節々で学の無さが露呈していたことだろう。
最近では殿下も図書室に入ってきて、私の隣で何故か公務の書類を処理をしている。決して心穏やかな時という訳ではないけれど、此の時間を愛おしいと感じているのは、少なからず私の本心だ。
何の警戒も無く私の隣で書類を片付ける殿下は、今の私をどう思っているのだろうか。
時折、以前の私の行動を省みた時、その一つひとつに難色を示す殿下以外を特に見たことは無かったと気付いた。
今更、何を気に入ったというのか。私なんかじゃ何を考えているのか全くと行っていいほど分からないのだ。
本当は城下や殿下の運営する施設に視察に行ったりしたいだろうに、私に付き合って何時間も図書室に籠っていて、殿下はいいのだろうか。そんなことを考えつつも、なぜか口には出せないまま、ただ時間だけが過ぎてゆく。
王都からほどほどに離れ、平原よりも森や山の方が多い領地に位置する我が家の領地の一つは、山から流れ出る河川が多く、雨季には氾濫が起こることも少なくない。
そんな農作物に悪影響しかない災害への対策を、今までの私は「不必要な出資」といい、行うことへ難色を示していた。
書物を読んでいれば分かる、過去の領主がどれだけ時間とお金をかけて、領民と作物を、彼らの住む場所を守ってきたのか。その重要性が、わからないはずが無かった。
今まさに勉強している真っ最中ではあるが、それでも、こんなことでは足りない、補いきれないものが、ある気がしてならない。
いや、自分の力で気づけていない時点でダメなのかもしれない。
一抹の不安の拭いきれぬまま、季節は移ろい、花の綺麗な時期になった。
初めて目を覚ましてから今に至るまで、私は一度も外に出たことが無かった。窓からふと外を眺めることはあっても、窓から射す日の光に目を細め季節を実感することはあっても、決して扉を開け、外に出ることはなかった。
以前の自分を思い返し、自分の中に「外には自分を殺す危険があふれている」という思考が、少なからず生まれていた。そんなことはないと頭で理解していても、心が追い付けていなかった。自分がしてきた行いの酷さは理解している。人道に反していることも、しかけた。だが、些細な行動が我が身を滅ぼす一端となることを知っているから、他人と触れ合うことで、自分がどんな変化を遂げるかを知っているから、外という概念的な恐怖が、いつも思考のどこかにこびり付いているのだと思う。
そんな私を、突然殿下は連れ出した。
学園への入学を取りやめ、休学という体で領地から出ないまま初夏を迎え、つい先世間話程度に、日殿下に「やはりこの時期は最低限の日しか入らない図書室でも暑いですね。」といったばかりだった。
カーテンの隙間から射す日があまりに眩しくて、開けなくていいと伝えて、部屋を出た頃、何かわくわくした様子の殿下が、応接室から出てきた。