Act-09 『 マシーンゴーレム 』
白鎧のフルアーマーを纏ったアビスの戦闘力は、オルグに言わせると「まぁまぁ」だそうだ。
「突進力にはビックリしたけど、立ち回りはそうでもないな」
ホーネストは数センチ浮遊し、全身にある圧縮空気で姿勢を制御するスラスターを使って移動する。
背中にある飛行用のブースターを利用した、突進力は正にジェット機並み。
「アビスは魔力が全くないはずよね」
フォルテは見上げる空にいるホーネストが、探し物の為にやって来た山で襲いくる、ツインヘッドイーグルを次々に墜としていくのを眺めている。
「飛行魔法なんて高位な術を、魔力無しの男が使うなんてね」
フォルテが魔法の天才と自慢する妹でも使えない魔法、アビスは魔法ではなく科学だと訂正するが、当然理解されるはずがない。
「確かにすごい。レジェンダリーウエポンである光の剣を持っているとは、流石は勇者候補だった男」
フェルマンは、Cランクである翼獣を簡単に焼き切ったフォトンソードを見て、目が細すぎて判りにくいが、かなりの衝撃を受けたらしい。
確かにビーム兵器であるフォトンソードは、粒子をプラズマ化することで光を発するが、ここに魔法が介在しないことは、原理なんて微塵も分かっていないアビスでも即答できる。
「ねっ、スゴイでしょ。さらに彼が探している、マインさん専用の武器があれば、もっともっとスゴイ事が起こるんだって」
シャンテは初めてあった異世界人が、ハズレどころか隠れ大当たりだったことに大はしゃぎ、辺りの魔物を一掃して戻ってきたホーネストに抱きついた。
「なによりこの鎧、試しに私の魔法をぶつけてみたんだけど」
それは今朝方のこと。
ホーネストのチェックをするアビスに付いてきたシャンテが、興味本位で火の玉をぶつけてきたことを言っている。
魔法名は“ボムクラン”、火の玉を作り出す初級位の魔法である。
ビーム攪乱膜で覆われるアーガスの装甲には、煤1つ付かなかった。当然と言えば当然のことなのだが、アビスには1つ疑問が残った。
傷1つ付かないのは分かっていたことだが、火の玉をぶつけられたのに、熱エネルギーを全く検知できなかったのだ。
異常ではないのかとマインに調べさせたが、機体に不良箇所は全くないという返答を受け、とりあえずは流すことにしたが、ツインヘッドイーグルの竜巻スキル攻撃を喰らっても、微振動も起きなかった。
魔物の竜巻は、岩肌を陥没させる威力があったのに。
ともあれ向こうの世界で開発された合金が、こちらの世界では驚くほどの強度があり、不思議な防御力があることが判明したのは、実に喜ばしい結果である。
どれだけの耐久力があるのかを見極めるのが、今後の課題だ。
『本当は、最初に見つけたパイロットスーツがあれば、もっと激しい動きもできるんだけど、今くらいの動きならなんとか耐えられるよ』
スピーカー越しのちょっとくぐもった声だが、みんなは「顔も見えない兜を被っているんだから普通だろ」と言っている。
アビスがいるのは胸の辺り。それを知っているのに、みんなはどう考えているのだろう?
「あの服は腐ってたからな。しょうがねぇよ。気長に代わりになる物を探せばいいさ」
オルグはお気楽に言ってくれるが、流石にそれは不可能な話だ。とアビスはそう思っていたが、マインのデータバンクには、パイロットスーツの作り方が入っていて、材料を揃えれば、作らなくもないらしい。
いや、不可能だろう。と、アビスは聞き流したのだが。
「それが必要な材料? 揃えるのは大変だけど、みんなあるわよ。こっちの世界にも」
マインが独断で外にいあるシャンテに尋ねて、その答えにアビスは目を白黒させる。
『ちょっと待て、なんでここで材料が!?』
言われて気付く。マインが表示した素材表にドラゴンの表皮とか、伝達物質にスライムジェルと書かれている事に。その他のも元の世界では手に入らない物ばかり。
「どういう事だ、マイン?」
『パイロットスーツは必要な物です。データベースにある製造法を元に、転用できる素材を検索してみました。マスター』
極秘資料である開発部のデータを持つコミュニケーションAIは、いつどうやってこちらの世界の素材の資料を手に入れたのだろう?
「考えたところで、答えは見つからないか……。けどそれなら新しくパイロットスーツが作れるってことなんだな」
『と言うことで、探し物が見つかったら、やはり俺は素材集めのために1人で……』
必要な物はハンドカノンに留まらなかった。これ以上自分の我が儘に付き合わせる事はできない。
「この素材なら、アバランシアに向かう道中で揃えられると思うわよ」
趣味、魔法の研究と新魔法の開発という若き天才魔法使い、シャンティーナはアビスが言った素材をメモにまとめてくれて、ついでにそれがどこで手に入るかを教えてくれた。
『みんなには目的があるんだよね。これ以上は俺の為に時間を割いてもらうのも……』
「いや、俺たちの野望の為に、それこそ願わくばなんだけどな。最後まで力を貸してほしい。こんな言い方をするのは何だが、まだ詳しくは話せない。だからいつ断ってくれても構わない。けど期待を込めて今は協力させてもらうさ」
アビスがハズレだと分かったからこそ、打算を働かすオルグは仲間に引き入れようとした。いや、ただの冒険者であっても、使えるなら引き込もうと考えて、ギルドの新人指導をかってでていた。
『ギブ&テイクだね。分かったよ。それじゃあ俺も、遠慮なく探し物と材料集めを手伝ってもらうよ』
「えっ?」
『えっ?』
「お前、それでいいのか? 俺達はお前を都合良く利用しようとしてるんだぞ」
『それは俺も同じだけど?』
オルグとアビスは間抜け顔をお互いに晒す。
いや、アビスはホーネストの中にいるから、惚けた顔を誰にも見られずに済んだのだが。
「そうかそうか、やっぱり俺の見る目は正しかったな」
大笑いしながらオルグはホーネストを力一杯に平手打ちをし、自爆する。手の平は真っ赤になり、その場でしゃがみ込んでしまった。
「ツインヘッドイーグルか。普通の鷲かと思えば、足の付け根にもう一つ頭があって、空中戦で後ろを取ったこちらに、股の口の中で生み出した火の玉を撃ってきた時は、本当に驚いたよ」
『データの解析と分析が完了しました。マスター』
魔物との戦いは、対アーガス戦以上に緊張する。
こうして新しい相手に当たるたびに、マインに分析をしてもらっているのだが、生身のナイフ一本で立ち回っていた時よりは、活躍している実感はある。あるのだけれど。
「飛び道具が必要だよな。やっぱり」
反応のあったポイントに近付いて来ているのは間違いない。反応の距離と方角からして、山の頂上にハンドカノンはあるはず。
『えっ、俺ってもう、H級なの?』
一行は目的地手前の落ち着けそうな岩場で、食事をすることにした。そこでアビスはフェルマンに現状を教えてもらう。
「はい、我々がF級となり、あのダンジョンを制覇した後、今一度ギルドに戻る事になった時ですよ」
「そうなんですね」
「あなた我々が報告に行っている時、別行動で馬屋へ向かってたじゃあないですか。オルグが後から伝えると言ってたのに、忘れてたんですね」
それを聞いてやはり気になるのは、なぜエンシェントがGなんて、低いランクだったのかと言う事。
「そうそう……」
王都のギルドで登録をした者が、所属を解除するには冒険者を辞めるか、チームとしてFランク以上となる必要がある。
「あのダンジョン制覇の時は、もう遅いからとギルドに戻ってよかったです。我々はあのダンジョン制覇を達成して、そのまま旅立つつもりでしたが、あの時点ではアビスはJランク。あなたを加えたパーティーランクはFに届かなかった。我々はよくても、あなたは規約を破った状態となり、登録解除となるところでした」
「悪いな。すっかり忘れていたぜ」
オルグは預けられていた冒険者カードを返す。
またはぐらかされた。皆のランクが実力に見合わない理由。
食事を終えてアビスはコクピットに、またの機会を待つことにする。
「それにしてもこの山の魔物、ダンジョン以上の瘴気にあてられて、かなり強力な個体が生まれているな」
麓の方はこの地域でよく見る魔物しかでなかった。
中腹ではCランクの魔物も出てきたが、危険な目に合う事はなかった。
小休止後、ちょっと登っただけで霧の中に入り、急に魔物が強くなった。
「フェルマンの神聖術で瘴気を祓えないのか?」
「これほどの広範囲に、霧状に拡がってしまっていては、不可能だな」
ダンジョンの一区画を漂っている瘴気なら、フェルマンの神聖術で浄化可能だが、ここはオルグの思いつきが通用する状況ではない。
しかたなく遭遇戦を数回繰り返し、ようやく頂上が見えてきた。
『この周辺1㎞圏内にハンドカノンの反応があります。マスター』
マインが探索物を見つけた。と言っても見渡す限りにはありそうにない。
「あの岩山の上か? 鳥か何かの巣みたいのがあるけど、もしかしてあの中に?」
アビスの勘は当たった。
「おい、あれって!?」
「……おそらくは」
オルグが小声で驚き、フェルマンは冷や汗を流す。
フォルテが生唾を飲み込み、シャンテは身を縮めて巣を睨む。
『どうかし……』
「しっ!」
フォルテがホーネストの口元に人差し指を当てる。
一瞬拡がった静寂は、上空から飛来したそれによって破られた。