Act-08 『 搭乗 』
床板を割ってしまうだろうと、ギルドにも連れて行かず、ホーネストは馬屋に待機させていた。
ミニウムは成功した。前世の記憶通りのサイズ感で、アビスはアーガスを見上げる。
マインの誘導でホーネストの手の平に乗ったアビスは、その胸元まで持ち上げられる。
ホーネストの胸部装甲にある蓋を開けて、姿を現すボタンを押す。
すると胸部装甲が上下に開いて、中からコクピットがせり出してくる。
「へぇ~」
感心して眺めているシャンテ、いつの間にか他の仲間達も外に出てきていた。
「なんだなんだ、そのちっこいの、もしかしてアビスか?」
小さくなった新入りに興味津々なのは、オルグだけではない。
「ミニウムって、生き物にも使えたのね」
「まぁ、一応自信はあったけど確信はなかったわ。姉さん、面白がってあたしも小さくなってみたい。とか言わないでよ」
「確かにフォルテなら言いそうだな」
「ちょっ、フェルマン! もしかしてこのあたしをバカにしてる?」
そんなつもりはないが、釘は刺す必要があると考えていた。
説教まがいなフェルマンにフォルテは不機嫌になる。そんな様子は放っといて、オルグが小さな仲間に話しかけてくる。
「おいアビス、なんだか忙しそうだが、先に飯食いに行こうぜ」
みんなが出てきたのはその為だ。
だがアビスは声掛けには応じず、コクピットに入った。
『俺は非常食で済ませるから、みんなで行ってきてくれ。それと今夜はここで寝るから、宿のベッドはオルグが使ってくれ』
一番の目的は果たせた。だけど中には入れたからこそ、直ぐにも済ませたい事はテンコ盛り。
それにここでなら、一晩や二晩くらいは十分寝られる。
「だったら私も! “万物を成すあらゆるモノよ。力ある声を聞き……”」
「あんたその呪文、ミニウムの!?」
フォルテが止める間もなく、妹は小さくなった。
「アビス、私も乗せてぇ~。後ろのイス空いてるんでしょ」
なかなかに目敏い。
確かにホーネストはタンデムシートになっている。
それはホーネストに限らず、実験機は不測の事態に備えて2人乗りになっている。で、そのまま実戦投入されることになった為、アビスは一人で戦場に飛び出したのだ。
小さくなったシャンテを拒むことはできず、アビスは自分の時と同じように、ホーネストの手でコクピットに迎え入れた。
「そ、それじゃあ俺達は飯に行くから」
若い2人を残して、メンバーは出かけてしまった。
シャンテを座らせるとハッチを閉じ、コックピットはアーガス内部に。胸部装甲が閉じて一瞬真っ暗になる。
「あっ、明るくなった」
直ぐに明るくなり、シャンテはキョロキョロと周りを見渡した。
「それじゃあマイン、俺のバイタルサインは左腕の端末から拾えるんだな?」
『ヘルメット使用時と比べ、なんら支障はありません。マスター』
右を見て、左を見て、右を見たシャンテがアビスの肩越しに、彼の目の前にあるサブモニターに視線を移す。
「そのキレイな人がマインさん?」
顔立ちの整った女性を見て、シャンテはアビスに尋ねた。
「そう、この人がマイン。と言っても俺も初めまして、なんだけどな。これがキミのキャストか」
『イエス、ラベンダ=ジーンをベースにデザインされました。マスター』
パイロットの中にはアビスのように、AIとコミュニケーションを取るのに、見た目に無関心な者も少なくはない。
制作者が搭乗機のAIキャストに、モノリスで人気の女優をモデルにしたなんてことも知らなかったし、実際に知ったからと言って、特に驚くこともない。
確かにアーガスパイロットに任命された時に受けたアンケートで、適当に聞き覚えのある女優の名前を書いた覚えはあるが、それがそのまま反映されるとは思ってみいなかった。
「つまりこの人が、あなたの好みって事なのね」
シャンテが興味津々に聞いてきたのだが。
「どっちかと言えばシャンテみたいな、かわいい感じの方が好みかな」
と言ったアビスに他意はなく。
「うん? どうかしたか2人とも?」
「べっつにぃ~♪」「べつに」
急に上機嫌になるシャンテに、うって変わって笑顔から無表情になるマイン。アビスはそれ以上触れることなく、端末操作を開始する。
「スーツ無しでも体を固定できるか?」
『……了解しました。マスター』
エアーが入る音がして、下半身が固定される。
「うっ、ちょっとキツイぞ」
再調整されて安定はしたが、やはりスーツなしなので耐G対策は不完全と考えるべきだろう。とは言え贅沢はいえない。
「って、ハンドカノンはどうしたんだ?」
ない物は仕方がない。では済まされない事がある。
『手元にはありませんが、反応はあります』
近くまで行けば見つけられるだろう。とのことだが、メイン武装がないのはかなり痛い。
では、他の武装はどうなのか?
「フォトンソードは使えそうだな」
両肩に一本ずつ収納されたビーム兵器に問題はなさそうだ。
「胸部ガトリングガンには弾は入っていないのか?」
輸送中だったので装填されていなかった実弾は無いまま。
「使える飛び道具がないのは厳しいな。パイロットスーツも近くにあったし、ハンドガンも直ぐに見つかるといいんだが……」
ビーム兵器なら弾切れの心配はない。ホーネストのメイン動力を止めない限り、エネルギーを発生し続けてくれるからだ。
「他には……」
『当機には使用許可が下りていない、熱量兵器が搭載されています。マスター』
「なに!?」
マインが画面から消えて、初めてみるマニュアルが表示される。
「フォトンブラスターって、……戦艦の主砲に使われているヤツじゃあないか」
ホーネストの背中に回している、飛行形態時に機種となるスタビライザーの先端にあるビーム兵器の事である。
「使用許可がいるのか? そんなモンどうすればいいんだ? 上層部も転移したのか?」
『ここでの最上位官はあなたです。マスター』
「えっ、それでいいの?」
つまりアビスの判断で、その高エネルギー武装の使用が可能と言うことだ。
「とは言え、普段使いできる装備でもないしな。ハンドカノンを探すことが最優先だな」
「なぁに、探し物?」
「えっ、うぅ~ん……。そうだな。みんなに悪いし、別行動を」
ナイフを手に体を動かすのにも慣れてきたが、アビスはパイロットである方が、冒険者としても役に立てるはずと考えた。
「別行動なんてしなくてもいいんじゃない? 一緒に探して上げるよ。みんなだって分かってくれるって」
なぜ別行動が必要なのかと聞かれ、アビスの返答にシャンテは驚きと共に浮かぶ、楽しそうな表情で首を縦に振った。
「このゴーレム、そんなに凄いんだね」
「俺にとっては伝説の鎧に等しい、頼もしい相棒さ」
「それじゃあ次の冒険は宝探しだね」
ホッとしたアビスのおなかが鳴った。
「ふふっ、御飯にしましょう」
2人は狭いコクピットの中、シャンテが出してくれた食事をとる事にした。
「食べ物は二段階で小さくできるんだな。ホーネストはこれ以上、小さくできなかったのに」
「そうじゃあないわ。私が小さくした物をポシェットに入れて、その私が小さくなったから、魔法の作用が持ち物にまで及んだだけよ」
持ち物が大きなバックだったりすると、こういった効果は起きないらしく、魔法がまだまだ研究途上の代物である、確たる証拠だともシャンテは言った。
なにはともあれ、アビスは個人個人に持たされている非常食で済ませようとしていたが、シャンテのお陰で割りと良い食事ができた事に、心から感謝した。
「そう言えば、オルグに言ってたけど、本当にアビスはここで寝るの?」
「そのつもりだよ。宿のベッド程じゃあないけど、1人なら一応手足も伸ばせるし、数日ならここで問題ないと思う」
1人なら十分ではないにしても、ちゃんと寝られるスペースができると言われて、シャンテはちょっと気分を害した。
「宿のベッドで、私と一緒に寝ればいいじゃない。あなたはオルグみたいに筋肉質じゃあないし、あのベッドなら2人一緒でも、そんなに窮屈じゃあないはずよ」
言い終えて、シャンテは初めて自分が何を口走ったかに気付く。
顔を真っ赤にするが、出した言葉を引っ込めようとはしない。
「それで解決じゃあない?」
「あっ、ありがたい。とは思うけど、俺まだこの後も1人で、ここでやることがあるから」
「1人で? マインさんと2人きりになりたいって事?」
「な、なに言ってんのさ。何度も言ってるだろ。マインは人じゃあない。そう……、精霊の一種なんだって、一緒もなにも俺のサポートAIとして、俺の作業を手伝うだけの、ただの……そう! ただの仕事仲間だって」
アビスは自分でも何を言っているのか変わらなかったが、嘘は言っていない。精霊云々は方便としても、嘘は言っていないはずだ。
そうこうしているうちに食事に出ていた3人が帰ってきた。
アビスは慌ててコクピットを外に出し、フォルテにシャンテを連れて行ってもらった。
「あたしも寝る部屋なんだから、あんたの我が儘は許さないよ。アビスが大丈夫って言うんだから、大丈夫なんでしょ」
と言って。
「……もう少しデータを整理しようと思ったけど、流石に俺も疲れたな。今日は寝るか」
アビスはレバーやキーボードを収納してリクライニングを倒し、シートを下げると現れるちょっとした空間で、手足を伸ばして目を閉じた。
寝付くのに30秒も掛からなかったように思う。