Act-06 『 始まりの前 』
「なんでまた、このダンジョンなんだ?」
王都の冒険者ギルドが管理する初心者教育用ダンジョン、Gランクでは五層までの探索しか許可されていない。
しかし今のエンシェントは、ここのギルドとの契約を解除した状態。
ギルド管理のダンジョンに、関係者でなくなったパーティーが立ち入ることは、本来は許されないのだが、オルグは都を離れる最後の土産代わりにと、自己責任を条件に最下層である十層探索の許可をもらってきた。
もちろんダンジョンコアを破壊することは御法度である。
ダンジョンコア、それがある限りダンジョンは瘴気を出し続け、特別な環境となった穴蔵からは、特殊な素材が採取できる。
本当ならダンジョンは魔物を生む危険な存在。コアを破壊し、消滅させなければならないが、ここのように管理しやすい程度に、危険度が低ければ話は別だ。
「高濃度の魔素がある場所では、魔法道具に欠かせない素材が取れる。ただ魔素の濃度が高い、つまり瘴気が溜まりやすい下の階層ほど、いい素材が採取できる。ただしそう言った場所には強い魔物も発生する」
最低でもFランクでないと許されない、6階層に下りてきたエンシェントは、オルグが言った通り、要注意の魔物“アーマースケルトンナイト”と遭遇する。
「この鎧はどこにでもある鎧だが、魔力で強化されているから、たかがスケルトンだからって、油断するなよ」
ダンジョンで生まれた剣を持つスケルトンナイトは、このダンジョンでも三層で遭遇する。まぁまぁ雑魚の部類だが、手にする魔剣は刃毀ればかりでも、鋭い切れ味を損なわない。
同じくダンジョンで生まれた鎧を纏う、アーマースケルトンナイトはフルアーマー装備なだけあって、初心冒険者卒業には厳しすぎるモンスターだ。
「忠告ありがとう。けど、結局オルグが倒してくれたから、俺、何もしてないから」
仲間となったからには、ビシバシと鍛えると言っておきながら、オルグは過保護だった。
「すごいわね」
「本当に、スケルトンがナイトになったって、アーマーを着たってオルグの剣には紙みたいにバッサバッサと」
「すごいのはあなたよアビス、オルグが出しゃばって邪魔してるのに、ちゃんと成長している。ここで遭遇する魔物も、自力で倒せるようになってるじゃない」
魔力が無くてもアビスはエンシェントの戦力になっている。とシャンテは褒めてくれる。
「一匹まわしたぞ。アーマースケルトンナイトくらい倒せるだろう」
いきなり目の前に現れて焦ったが、アビスはナイフを鎧のない関節部分に押し込んでスケルトンをバラバラにした。
「声掛けは先に頼むよオルグ……」
ウルフと比べるとかなり鈍い。力持ちで耐久力の高いアンデットだとしても、アビスのスピードなら、一騎当千とはいかなくとも、数体を同時に相手するくらいはできるだろう。
「王宮は早計だったみたいだね。アビスなら勇者や英雄とはいかなくとも、騎士として多大な功績を挙げたに違いないだろうに」
フェルマンは高笑いしながらメイスを振るい、ゾンビウォーリアをただの肉塊に変える。
「改めて聞くけど、なんでエンシェントはこれだけの実力者揃いなのに、Gランクなんだ?」
他の冒険者グループを知らない。だから比べようもないが例えばこのダンジョン、G級が探索を認められているのは最大で5階層まで、最深部の10階層に潜るのを許されるのはチームとしてD級以上、或いは1人はCランクがいるE級以上のパーティーであること。
もうダンジョンコアがある最深階層だというのに、Gランクに位置するエンシェントのメンバーは、1人1人が中級の魔物に遅れを取ることのない実力者ばかり。
オルグは連続で剣を振り回しているが、刃こぼれはほぼなく無傷と言ってもいい状態。
一応荷物の中には専用の武器もあるフォルテは、素手で魔物を屠っている。
アンデットばかりのこのダンジョン、法術使いのフェルマンなら浄化で簡単に片付けることができるのに、メイスをハンマーのように扱い、腕力で動く死体を動かぬ断片に変えてしまう神官。
殿を任されるシャンテは、彼女にとって片手間のような魔法で、最後の一匹までも見逃さず退治していく。
「因みにだけどね」
ゾンビウルフを焼き払って、振り返ったシャンテが教えてくれる。
「法術とか魔術とか、呼び方は違えど、みんな根源は一緒。祈りを捧げる相手が違うだけで、源は魔力であったり法力であったり、神通力だったりと、これも名前は変わっても結局は同じ物なの」
この世界にいる生き物は、動物でも植物でも少しは魔力の源、魔素を備えている。
「けど俺は?」
「全く魔力を持ってないってのは不思議だけど、異世界人だから? としか言いようがないわね。あっ、因みに魔素って言うのも……」
「あっ、うん。それはもういいよ」
身も蓋もない『異世界人だから』説。それで全てが片付けられてしまうのだろうか?
魔力はともかく、身体能力が異常なほど向上しているのも気にはなる。
「一応ダンジョンボスの討伐も、ボス討伐後に出現するはずの宝箱の開封も許されているけど、コアだけは無傷で放置、これが絶対だからな」
あれよあれよと言う間に、最深部にまで到達したパーティーは、そこでギルドの情報通りのボスモンスター、“スケルトンオーガ”と遭遇した。
「こいつを倒すには全員がDランク以上、或いは1人以上のCランクと、Eランクメンバーでないと攻略できない。と言われているわ」
シャンテに後ろへ下がるように言われたアビス。
急成長したと言っても、Iランクに上がったばかりの新米ができる事は、足手まといにならない事くらいだ。
「アビス、シャンテを護ってやってくれ!」
スケルトンオーガの後ろから、ウジャウジャと湧いてくるスケルトン。アビスでも十分倒せる相手だ。
手には長い骨一本。第1階層に出てくる正に雑魚なのだが、その数が尋常ではない。
「フェルマン、これ、浄化できないの?」
「無理を言わないでくれ。これだけの数がいては祝詞を唱える暇もない」
オルグとフォルテがボスと戦い、サポートのフェルマンが前衛2人に襲いかかろうとするスケルトンを、殴り砕いて無双していく。
シャンテもフェルマンを手伝って、スケルトンを次々と凍らせていく。
このダンジョンは階層式の洞窟だというのに、火魔法を使っても酸欠になったり、水魔法を使っても水没することはない。風魔法にしても空気の薄い空間とは思えないくらい、外のように強力な術を使うことができる。
「俺、仕事ないんじゃあ……」
ノーマルのスケルトンは動きも遅く、どの階層でもボス部屋はそれなりに広いので、シャンテのいる入り口付近まで魔物が迫ってくることはない。たまに抜けてくる数体を倒すのみ。
「なんなのこいつら、動けないようにしてやろうって、氷漬けにしたのに、仲間と一緒に氷を粉々にして」
砕かれたスケルトンは瘴気に戻り、空いた隙間はまた、スケルトンオーガの後ろから湧いてくるスケルトンで溢れかえる。
「やっぱりボスを倒すしかないようね。アビス、あなたにお願いがあるの」
いっそ大魔法でと、スケルトンオーガも一緒に氷漬けにしようとしたが、有象無象が邪魔したのと、ボス自体の耐久力の強さで、シャンテの策は失敗。
オルグとフォルテの直接攻撃も、決定打に今一歩届いていない。
「これをフォルテに届けて欲しいの」
シャンテがいつも腰に付けているポシェットから取り出したのは、小さな2つのアクセサリー。
「これって?」
「フォルテ専用の武器、火と水の魔法付与がされた手甲」
物を小さくする魔法を解除すると、姉格闘家の前腕に合うサイズの武具になる。
「本当に凄い魔法だな。大きさも重さも小さくなって、持ち運びが簡単にできるのか」
説明口調で感心するアビスは、手甲を受け取って左脇に抱える。
ナイフ一本を右手に、前衛の2人の位置を確認する。
「行けるわよね」
「大丈夫だ。2人は見えないけど、頭一個分高い位置にあるスケルトンオーガの頭目掛けて走れば。そこにいるんだろ?」
魔力のないアビスに、2人の位置は分からない。
攻撃にも防御にも魔法を使えないオルグでさえ、冒険者になる時に覚えた気配察知の魔法。簡単な呪文1つで使えるようになるから、アビスに魔力の欠片でもあれば教えるが、無い物ねだりは忘れて、シャンテは特大の火球でスケルトンを蹴散らし、道を作ってくれた。
「行って!」
アビスは走った。
4体のスケルトンを倒し、アビスはお届け物を完了する。
「フォルテ、これ!」
「アビス、あ、ありがとう。けどあんた、シャンテは?」
フォルテは手甲を受け取った。素早く装着しながら妹の方を向く。
大魔法を放った後の魔法使いは、完全な無防備となる。
シャンテの横にアビスがいたのは、こういった時の為。
「シャンテ!? あんた、あの子になにかあったら!?」
襲い来るスケルトンオーガの大剣、フォルテが狙われたアビスの背中を押してくれた。
「早く行きなさい!」
前戦から抜けることのできないフォルテは、妹をアビスに託す。アビスは走り出す。
復路は届け物を抱えた往路よりも敵の数が多く、ナイフを両手持ちにしても、直ぐにシャンテの元へは戻れない。
大魔法を使用した後で、硬直するシャンテにスケルトンが殺到する。
「あっ!?」
シャンテがロッドを飛ばされた。素手となる魔法使いに防御の術もなし。
アビスは全力で地面を蹴った。間に合う距離ではない。
「シャンテ!?」
数十体のスケルトンが一斉にシャンテに襲いかかった。
シャンテが殴られようとしたその瞬間、何モノかが天井を破って落ちてきた。