Act-03 『 ダンジョン 』
G級冒険者パーティー“エンシェント”のメンバーは4人。グループのランク付けはメンバーの個人クラスの平均を取る。この4人は全員がGクラスなのだそうな。
リーダーは剣士のオルグ、19歳。
「魔力は生活魔法がいくつか使える程度で、戦闘の役には立たない。けど剣の腕にはそれなりの自信がある」
「リーダーと言っても名ばかりよ」
「フォルテこの!? 余計なこと言うなよ」
「本当の事でしょ、最後の判断はこっちのフェルマンに任せているんだから」
神官のフェルマンは28歳。襟足も長い散切り黒髪のオルグと違い、短く切られた髪型は前髪も一直線に揃えられた清潔感ある金色。
「人生経験の差だ。オルグも年を重ねたら落ち着くさ」
「その頃にはシワシワのおじいちゃんだろうけどね」
「フォルテおま!?」
「はいはい、それであたしが武闘家のフォルティーナ。オルグがバカしないように見張るのが仕事よ」
フォルテは17歳。ショートボブは緑がかった銀髪。チームのムードメーカー的存在のようだ。
「最後に私、魔法使いのシャンテ。年はあなたと同じ15歳だけど、冒険者歴は3年。分からないことがあったら聞いて、ちゃんと私が教えて上げるから。
確かに姉妹だけあって、顔立ちはフォルテによく似ている。長く伸ばした髪は青みがかった銀髪。アビスが同い年と聞いて親近感が湧いたようだ。
「おいおい少年、あたしとシャンテの、いったい何を見比べているのかな?」
フォルテが後ろから羽交い締めにしてきた。いったい何を言い出すのかと頭を悩ませたが、アビスは背中に当たる感触でピンとくる。
「女の胸をマジマジと見るもんじゃあないよ」
そんな所は断じて見ていない!
それにシャンテに話しかけられて、フォルテに背中を向けたアビスの目線を追えるはずがない。これはフォルテの得意なイジリというやつである。
とは言え、そう言われると気になってしまう。
確かに背中の感触はささやかなもの。それが目の前にあるシャンテの胸の大きさなら、もっと色々と困るリアクションをしていたかも知れない。
「言っとくけど、あたしは武闘家として、余分な脂肪を削ぎ落とした結果だからね。妹みたいに無駄な脂肪を良しとしてないだけだからね」
「む、無駄って何よ!? フォルテのは栄養が胸にではなく、お尻に行っているだけでしょ」
「はっ、ケツは武術に使えるのよ。胸ばっかりに偏って、魅力的な曲線が下半身にまで届いていない御子ちゃまが、分かったようなこと言うんじゃあないわよ」
いきなり姉妹喧嘩が始まってしまった。
「えっ、えっ、えっ、えーーーっと」
「気にするな。いつものことだ。けどこれで分かっただろ。間違ってもこの2人にそういった話題を振っちゃあいかんし、そうならないようにできるだけ注意してやってくれ」
オルグの後ろにいるフェルマンも頷いている。
自己紹介は済んだ。それぞれの特技や戦闘技術については、追い追いと言う事で。
「そんじゃあ依頼についてだな。なに、簡単な素材集めだ。向かうのは攻略済みのダンジョン。攻略済みといっても、魔物は出現する活きたダンジョンだ。だからそれなりに危険でもある。そこで薬草や鉱物の採取をしながら、お前さんに冒険者のイロハを教えてやる」
初心者向けと言われる、ごくごく一般的なダンジョンだから、エンシェントのメンバーが一緒にいれば、大して危険はないと言われ、少しホッとする。
なにせアビスには、城でもらったナイフが一本しかない。
街中で普通に見かける、何の変哲もない服を着ているだけで、防具の1つも付けてはいない。
「俺のお古だが、ないよりマシだろう」
胸と腰と前腕と脛に防具をし、鋼の盾と鋼の剣を持つオルグが、革製のグローブと革製の脛当てを貸してくれた。
下手に防具を付けても、上手く動けるか分からないので、これくらいが有り難い。
そもそもアビスが軍で学んだのは、簡単なナイフ術と銃の撃ち方、それと機動兵器の操縦方法くらいなのだから。
「神官であるフェルマンが経験値を共有化してくれるから、パーティーの誰が魔物を倒してもレベルアップに繋がるからな」
オルグが親指を立て、フェルマンが頷く。なんというご都合主義。
「それって俺も?」
「そうだよ。キミも仮にとは言え、立派なエンセントのメンバーって事」
シャンテが後ろからアビスの両肩に両手を添える。いっそ首を抱えてくれたら、お姉さんとの違いを比較できただろうに。
アビスは殺気を感じて、頭をフルフルさせた。
ダンジョンまでの道のりでも魔物は襲ってきた。
その動きを見てて、エンシェントのランクが低いことに疑問を感じた。個々のポテンシャルが非常に高い。
なぜ大きな仕事が回ってこない王都にいるのだろうか?
なんて込み入ったことを聞ける関係には程遠い、アビスの教育係が終われば、繋がりもなくなる間柄だ。
「今日の仕事、このダンジョンでの採取」
「緊張してきたか? 今日の所は見ているだけでいいからな」
暗闇に目を凝らすアビスの表情は硬く、オルグが掛けた声にビクついた。
「ダンジョンではオルグが先頭に立って、フォルテがフォローするの。状況を見てフェルマンが前に出ることもあるけど、私はずっと後方で支援するから、アビスは私の側にいてちょうだい」
両手で包み込むように、アビスの左手を握るシャンテの手が温かい。
「ありがとうございます、少し落ち着きました」
若返りはしたが、本当ならここで2番目の年長者、最年少の扱いされる身だけど、しっかりしなければと気を取り直す。
ギルドの受付嬢、シエラも色々教えてくれたが、オルグ達の実力はGなんていう低いランクのものではなかった。
子供の頃のゲーム知識しかないアビスだが、職業軍人として肌で感じることはできる。ダンジョン内に発生する魔物の強さは、外にいる物とはレベルが違う。
軍人歴5年、最初の1年は士官学校の学生であった。その頃の訓練で身につけたナイフ格闘術、アビスは言われたとおりにシャンテの側にいて、警戒をしながら戦いを観察した。
多少強いかもしれないが、このダンジョンに現れる魔物程度なら、アビスでも1対1ならどうにか倒せるだろう自信はある。中に入ってしばらく経つが、まだ一度も戦ってはいないけれど。
と言うのも先頭に立つオルグは、魔物の三体が相手でも五体が相手でも、簡単に退治してしまい、目的の採掘物がある三層まで、他のメンバーの出番はほとんどなかった。
「あと二層は下りていくが、それまでは見学な。けど帰りはお前の実力も見せてもらうぜ」
ダンジョンは瘴気が溜まりやすく、層が深くなるにつれ、魔物も強くなっていく。
G級のパーティーが、このダンジョンで許可されている、彼らにとっての最深部となる第五層ある。まだ倍ほど下まで続いているらしいが、この辺りでも需要の高い特別な鉱物を採取することができる。
「じゃあ、この鞄を持ってくれな」
オルグから鉱物の入った鞄を受け取る。
結構ズッシリする鞄を肩に掛けるアビスは、これが冒険者の仕事かと感心する。
これからこの世界で生きていく上で、こういう事もしなくてはならないのだ。
「重いか?」
「いえ、大丈夫です。これくらい」
現実を受け止めて、勇者として呼ばれたのにとか、異世界転生なのに魔力もないとか、神様に言ってやりたい文句を飲み込んだ。
「早く引き上げるわよ。この階層、グールがいるからでしょうけど、臭くてしょうがないわ」
鉱物の採取も運搬も手伝わないフォルテは、一番乗りで上の階層へ向かう。
「待って姉さん」
シャンテが下の階層がある通路に向かって、魔法で作った火球を放つ。
アンデットモンスターであるグールには、枯れてはいるが肉体がある。
独特の異臭がする魔物ではあるが、我慢すれば近寄れなくはない。
しかし黒こげになると、有毒ガスを発生させるので、誰も焼き払おうとは考えない。
シャンテが火の魔法を使ったのは、その相手が全く臭わなかったからである。
「なんだこいつ、見たこともないぞ。知ってるかフェルマン」
「オルグよ、わたしも初めて見る魔物だ」
うっかり火球を凝視してしまったアビスは、暗闇にいるその魔物の姿をまだ確認できない。
ダンジョン内は基本、壁と天井、床までもが薄ぼんやりと光ってはいるが、3メートルも離れたら、仲間の顔も分からなくなるくらいに薄暗い。
こういう場所に慣れていないアビスには、たとえ火の光を見ていなかったとしても、みんなほど薄暗闇にも慣れていない。
「火が効かない!? なんなのこいつ?」
「グールでないなら、あたしが殴り殺してやる」
一刻も早くここから出たいフォルテが突っ込む。
「あっ、待てよ。危ないだろうが」
「オルグ、フォルテの援護を、わたしは念のために浄化の祈りを捧げます」
フェルマンが祝詞を唱え、オルグも剣を抜いて魔物に向かう。
「アビス、私の後ろに」
シャンテがアビスの手を引っ張る。
ようやく暗さに慣れてくる目に、思ってもなかったモノが映る。
「あれって……」
アビスは驚きのあまり、我を忘れてシャンテの手を振りほどき、魔物に向かって走り出すのだった。