Act-02 『 冒険者 』
神殿で測定を受け、その結果が出る前に城に移動し、アビスは勇者に相応しい身なりに整えられ、ローランド国国王に謁見した。
そこで教えられたのは、この世界の事。そして死んだはずのアビスが、転生をした儀式のこと。
アビスはゲームやアニメの主人公のように、異世界から王族だけが使えるという儀式をもって、この世界に召還された。
その際に転命の女神によって、傷ついた体は分解され、魂だけが喚び寄せられて、新しく体を与えられたらしい。
だからか、この地に降り立った時は裸で、死んだ時の傷も何1つ残っていなかった。
更にはその肉体も若返っており、測定されたステータスによると、この体は15歳なのだそうな。
「俺はこれからどうすれば……」
結果を先に告げよう。
アビスは城を追い出されたのである。身なりもこの国の一般的庶民に替えられて。
魔王軍に対抗する切り札として喚ばれたはずの勇者が、伝承では様々なスキルを与えられ、常人ならざる魔力も備えて現れるとされた人類の希望が、全くの無能力者であったのだ。
そんなはずはないと、何度も何度も測定し直したが、この世界では赤ん坊でも少しは備えている魔力が、完全なるゼロ状態だったのだ。
数多の加護を期待されていたにもかかわらず、ただ1つのステータスさえ表示されず、勇者の称号は与えられなかった。
「処刑されなかっただけマシだけど、持たされたのは大金貨が2枚か」
親切な門番が教えてくれた、この世界の貨幣価値。
7種類の貨幣は、それぞれ大小ある金と銀と銅、そして最高値の白金貨。
因みに門番の男は月の満ち引きで、大金貨2枚と小金貨2枚を稼いでいるらしい。
つまり門番の1ヶ月の給料くらいが、城からもらった口止め料と言うことだ。
「口止めなんてされなくても、目立つような事はしないけどな」
寝泊まりするだけの宿なら、一泊大銀貨3枚で部屋を借りられるそうだ。
「宿代だけで2ヶ月後には無一文か。直ぐにでも仕事を見つけないとな」
剣は握ったこともないが、転生前の軍でナイフ術なら学んでいた。もしかしたら頼めば兵士にでも取り立ててもらえたのだろうか?
「せめて銃があればな」
飛び道具と言えば弓くらいのこの世界。15歳に若返ったというなら、1から習うのも悪い選択ではなかったのかもしれない。
「銃の腕には自信があるんだけどな」
無い物ねだりはしてもしょうがない。なにせアビスは裸だったのだから。
「この分だと、この世界には火薬も存在しないのかもな」
豆鉄砲を製作したところで、魔法には遠く及ばない代物を、好きこのんで研究する者はいないと言ったところだろう。
「扱えるのはナイフ一本。餞別代わりにそいつはもらえたけど、科学文明抜きで俺にできることってなんだ? 何をすれば、この世界でも金を稼げるんだ?」
有り難いことに言葉は通じる。そしてなぜか、この国の言語を読み書きすることができた。
「冒険者ギルド?」
途方に暮れるアビスの前に現れたのは、立派な建物に掲げられた、聞き覚えのある文字が書かれた看板だった。
「王道だな。冒険者って何でも屋みたいなもんだよな。危険な仕事もあれば、確かそんなに危なくない依頼もあったりするはずだ。生活できる程度の金儲けならなんとかなるか」
迷わず入った建物の中、若造と化したアビスに向けられるのは、荒くれ者達の冷たい視線。
扉が閉まると少しだけ静かになった男達だったが、気を取り直して、大声で笑いながら酒を煽り続けた。
「いらっしゃい、初めて見る顔だけど、御用向きは?」
酒場を兼業するギルドに、多く並ぶテーブルの奥にあるカウンター。
酒を提供するのとは違う、役所のように書類が並べられた机にいる女性が声を掛ける。
「初めまして、アビスといいます」
「あらご丁寧に、はじめまして、冒険者ギルド受付係のシエラです」
この世界で家名を持っているのは王侯貴族だけ、向こうの世界では普通にファミリーネームのあったアビスは、アビスレイ=クレイピアと言う名前を伏せた。
これも城で教わった事である。
「冒険者登録がしたいと……、ではこの用紙に必要事項を書いてもらいますが、代筆は必要かしら?」
「いえ、文字なら書けるので」
「へぇ、なかなか学があるのね。だったら明日の飲み代も心配しなきゃならない冒険者なんかより、よっぽど高給取りな仕事あるわよ」
魅力的な提案ではあるが、事務職が性に合わないからと、前世でも軍人になったのである。城にいられないのなら冒険者に。アビスにとっては一択と呼べる選択なのである。
「片田舎から出てきたばかりで、右も左も分からないから、日銭を稼ぎながら、町になれたら転職する。って方向性で考えてます」
アビスは適当に返答した。
「あらそう? 別に私はあなたが冒険者になることを止めやしないけど、……魔力ゼロ? ってどういう事?」
必要事項として書類には名前と性別、年齢と特技を書く欄があり、出された魔力球に手を当てて、魔力を測定する。
特技や魔力量によって斡旋できる依頼が決まる。簡単な試験のようなものだ。
「魔力ゼロなんて聞いたこともないわ。やっぱり冒険者にはならない方がいいんじゃあない?」
「なれないんですか? 冒険者に」
「そんな事はないわよ。中途半端に魔力があっても、魔法が使えない人なんてゴロゴロいるわ。それで……使用武器はナイフね。けっこう良い物持ってるじゃない。分かりました、それでは冒険者登録をします。少し椅子に掛けて待っていてもらえるかしら」
なんとかギリギリセーフといったところか。
こうしてアビスは初級冒険者となることができた。
といっても今はあくまで仮登録の話。
実際の適性検査として、先輩冒険者の依頼に同行して、冒険者としてのノウハウを学ぶ必要がある。
だいたい2、3回ほど依頼で判断されるそうだ。その期間はおおよそ10日ほどが一般的。
先輩冒険者に同行するだけだが、ちゃんと報酬は出る。
と言っても報酬は依頼を受けたグループに渡される。
シーラが言うには、先輩冒険者の中には、新米で足手まといの駆け出しに、分け前をくれない者もいるとのこと。
「けどキミはツイるわよ」
初級冒険者の預かり依頼は割と人気で、先導する冒険者は順番に割り振られると言う。かなりアタリハズレも大きい。
「次にこの依頼を受けるのは、G級冒険者パーティーの“エンシェント”、4人組なんだけど気の良い連中よ。悪い噂なんてほとんど聞かないわ」
冒険者はランク分けがされており、当然、高いランクほど難しくて高収入な依頼を受けられる。
そしてこの“預かり依頼”を受けられるのはG級冒険者だという。
「あまり難易度の高い冒険に、初心者を連れて行かせるわけにいかないからね」
登録した手のアビスのランクは、最下位のJ級。
「ここは王都だから、ほとんどの難題事は騎士様や兵士の人達が片付けてくれるの。だからG級ったって、そんなに低いランクではないのよ。この町では」
軽い仕事はゴロゴロしているけど、高収入の依頼が回ってくることはない、それが王都だという。
「それで仕事は、いつから受けられるんですか?」
「そうね。そろそろ来る頃じゃない?」
シエラは柱に掛けられた時計を見る。
この世界の時計は、機械的に時を刻んでいるわけではない。
蝋燭やランプのような魔力を使わない道具も存在するが、大抵の道具には魔力が込められている。そう言った物を魔道具と呼ぶ。
科学が発展する要素はあるが、魔法が全ての世界。そんな世界で魔力ゼロなんだと改めて痛感させられる。
「ようシエル、俺達使命の依頼があるって、ソウルバードが飛んできたぜ」
「いらっしゃいオルグ、お待ちかねの新人教育依頼よ」
ソウルバード、シエラが契約する鳥の魔物で、冒険者に伝言を届ける使役従魔である。
「おお、追加報酬有りのヤツだな。それで、そいつがその新人か?」
「ええ、彼がその新人よ」
「アビスです」
オルグと呼ばれる青年の後ろに、2人の女性と長身の男性がいる。
シエラがオルグに声を掛けたのは、きっと彼がリーダーだからなのだろう。
「見ない顔だな」
「王都に来たばかりらしいのよ」
オルグからの視線に気圧されていると、後ろの女性が声を掛けてくれる。
「キミ、何歳?」
「に、……15歳です」
本当の年齢を言うところだった。今は城で鑑定された歳を告げるのが正解だろう。
「ふぅ~ん、成人したから家を出て、冒険者になることにしたのね」
この世界では15歳になると、一人前と見なされるのが常識らしい。
「私はシャンティーナ、シャンテでいいわ」
シャンテはついでのように、後ろの2人も紹介する。
もう1人の女性はフォルティーナ。シャンテのお姉さんでフォルテと呼んでいる。
長身の男はフェルマン。ジッと見ないと分からないほどに、細い目をしている。
「それじゃあ出発するか。詳しい紹介は道すがらな。報酬の上増しはいつも通りなんだろ?」
「はい、お願いします」
冒険者パーティー“エンシェント”は長居することなく、アビスを連れてギルドを後にした。