Act-18 『 西へ 』
ダンジョンボスの討伐に成功、岩蛇は息絶えて動かなくなる。
晴れる土煙、横たわる姉の傍らに仁王立ちする白鎧の冒険者。
「2人とも無事?」
『すまない、間に合わなかった』
「えっ?」
アビスは無傷のようで一安心した。けれど不吉な一言を返してくる。
「姉さん!?」
「……重傷ではあるが、まだ生きている」
倒れるフォルテの腹に大きな石塊が刺さっている。出血も多い。
フェルマンが石を取り除き、祈りで傷を塞ぐが、失われた血液を戻す事はできない。
顔色も悪く、早く輸血をしなくてはならない。
「後はわたしが! “数多の精霊の活ける力を彼の物に。泉を満たし癒しを与えたもう・エナジウム”」
シャンテは再生の魔法をフォルテに掛けるが、完治には時間と魔力が掛かる。
「アビス、フォルテを小さくするから中に入れて上げて」
『何をするんだ?』
「わたしはこの後、スクロールの魔法を発動しないとならないから、再生魔法を掛け続けられないの。だからその間、姉さんの事をお願い」
異常発生したボスモンスターを討伐した。
しかしこのままにしておけば、ボスモンスターの思念とも言えるマナが、ダンジョンに拡がり、また新たな異常をもたらす。
その前に歪んだマナをスクロールで回収、その力を使って僧侶が元の姿に戻す。
「スクロールに書かれる魔法文字は、魔法使いにしか読めないからね。わたしが回収する他ないんだよね」
この緊迫した状況で、依頼を取るか姉の命を取るかを選ばなければならない。
「試したい事があるの。だからわたしとフォルテを中に入れて」
シャンテは姉と共に小さくなって、ホーネストのコクピット内に入った。
魔法使いの少女は間を置かず、昏睡状態の姉を置いて出てくる。
「フォルテの事、お願いね」
この後、ダンジョンの清浄化を無事に果たし、エンシェントは西に向かった。
余計な事はせず、可能な限り身を潜めて、今度は3日でエドに到着する事ができた。
「う~ん、窮屈なシートともようやくおさらばね」
「ちょっとフォルテ、完治したてなんだから、あまりはしゃがないで」
「はいはい、ったく我が妹は、口やかましいところは、母さんそっくりね」
駅馬車を使うエンシェント御一行、重力制御の魔法を使えるようになり、ホーネストも一緒に乗っていた。
「椅子は柔らかくて居心地良かったけど、狭いのよね。やっぱり外が良いわ」
フォルテは回復魔法を掛けてもらい、その後はホーネストのサブシートで休んでいた。
「こっちは毛布1つで固い板の上だったのよ」
シャンテがブツブツ文句を言うが、オルグもフェルマンもホーネストのコクピットを知らないから、苦笑いを見せるばかり。
「お陰様でこんなに絶好調よ。もう心配ないからね」
シャンテが想像した通り、ホーネストの中にいる間、フォルテには回復魔法がかかり続けた。
アビスが疲れ知らずでいられるのを見て、きっと効果が続くと、そう思ったのだ。
「う~ん、狭い事を除けば、すごく快適だったわよ。あんたなんで乗りたがらないの?」
「フォルテも戦闘時に乗ったら、わたしの気持ちが理解できるわよ」
エドに到着したパーティーは、冒険者ギルドへ。
「おお! お前ら、帰ってきたのか? 思いの外早かったじゃあねぇか」
エドにある冒険者ギルドのギルド長、ブスボトがオルグ達を歓迎してくれた。
元冒険者で最高ランクはB、人を束ねる術に長け、昔馴染みだというエドの領主、フレンツァ・エドルラド侯爵に現職を与えられた。
「ちょっとしたアクシデントもあって、どちらかと言えば、時間を食った方なんだけどな」
「それはあんたが考え無しだったからでしょ、オルグ」
「よぉ! フォルテ、お前も相変わらず無駄に元気だな」
「おっちゃん、無駄には言い過ぎだよ。あたし、つい先日、死にかけたんだからね」
オルグ達はギルドマスターと随分と親しげだ。
「そっちのは新顔か? すげぇ~立派な鎧の騎士様だな」
「えーっとアビス、じゃあなかった。マインはちょっと訳ありでさぁ」
「訳ありじゃあない騎士様が、冒険者に身をやつすかよ。安心しな、お前らが認めた仲間だというなら、詮索はしねぇよ。……おう、入っていいぞ」
ギルドマスターの部屋にノックの音、ここへ通してくれた受付嬢が入ってきた。
「おお、手続きが終わったか。ほれ、登録書だ。なんだぁ~お前ら、レッサードラゴンだのロックサーペントなんてもんを討伐したのか」
Eランクに位置する冒険者パーティーが、A級の魔物を討伐するなんて、にわかには信じがたい話だが。
「お前ら、やっぱすげぇな」
「いや、凄いのはこいつだよ」
「その騎士様か? 冒険者としてはGランクだったってか」
ギルドマスターの手から返された登録証、オルグ達はCランクに昇格、マインはDランクに上がっている。
「物事には順序ってのがあるからな。すまんがこれが限界だ」
ようやくGランクとなりローランドの王都を出て、あれやこれやしている間にAランクの魔物まで討伐したとは言え、討伐の事実だけが残された登録証を元にした査定では、Cランクが限界。いやそれでも、前代未聞の飛び級昇格と言えるだろう。
「それじゃあこれで、国境を越える許可証がもらえるって事だよな」
「本当に何しに魔族領に行こうとしてるのか知らんが、Cランクパーティーになったからな。出してやるよ。人間の国の国境を越える為の許可証を」
東の隣国、ベルツェルレア王国は人間領。そこなら通行料さえ払えば、駆け出しの商人でも簡単に通る事ができる。
「今の制度じゃあ高位の冒険者しか通してやれんが、ローランドの冒険者登録をしに行ったばかりのお前らが、まさかもう通行証を手に入れられるランクにまで、昇り上がるなんてな。ギルドマスターになってそこそこ長いオレも、そんな奴ら見た事ないぜ」
王都で冒険者登録をし、エドまできてランクを上げていく、そんな計画を立ててくれたのは、このブスボト。彼も上位冒険者を抱え込もうとする、王都の姿勢に反感を持つ独りである。
「何をしに行くのかは知らんが、生きて帰って来いよ。そんでもって、このギルドの看板になる約束も忘れんじゃあねぇぞ」
通行許可書を手に入れて、冒険者パーティーエンシェントはギルドを跡にする。
一行は宿屋を探し、ホーネストを残してフロントで紹介された食堂に入った。
「この町、けっこう仮面をしてる人が多いみたいだけど」
「だから言っただろ、気にしなくてもいいって」
冒険者の中には怪我を隠すためにマスクを着ける者も多く、仮面をするアビスが特別目立っていると言う事はない。
「彼らの大半が治療費が払えないという理由から、マスクを着けているが、アビスのようにレアな魔法付与のかかった仮面を着けている者は、ほぼいないがね」
フェルマンは意味ありげに嘆息する。
「傷が深いとね、完全に元に戻すのは難しいのよ。魔法でも神聖術でも」
シャンテは一級魔法使いの認定を受けている。
そんな彼女でも完全完治には、何日も掛けて、何時間も魔法を掛け続けなければならない。
「魔法の治療って、すごくお金を取られるのよ」
シャンテの目線は姉に向いている。
「本当にすごい事よ。あれだけの大怪我を、たったの3日かで完全に元通り、わたしが使った魔法力はホンのちょっとだったのに」
「うむ、腹に穴も開いていたのに、跡形もなく治っているからな」
フェルマンも感心した面持ちでフォルテを眺める。
完治したばかりなのに、驚きの食欲で、次から次に運ばれてきた料理を平らげていく、フォルテに後遺症はないようだ。
「それじゃあアビス、俺達の今後についてだが」
オルグはようやく、エンシェントの目標をアビスに告げた。
「では魔族領に?」
「遠回りになったけど、穏便に国境越えするには他に手がなかったからな」
「穏便にって、魔族に接触なんかしたら、ローランド王家が黙ってないんじゃあないか?」
「国境を越えたら、後の事はどうとでもなる。そう言う話になっているのさ」
その先はまた追々にと言って、話を終えて食事を堪能する。
長旅の疲れを取るために、しっかりと食事を摂り、近場にある温泉にも足を運んで、陽が暮れる前に宿に戻った。
夕飯は持ち込んだ温泉地の土産物で済ませ、翌朝にはエドを出て、半日歩いた先にある国境の砦にたどり着く。
「確かに、冒険者ランクも十分、ギルドの通行許可証も本物。侯爵の紹介状まであるのなら問題ない。……通って良し!」
フォルテがもう一泊したいと駄々を捏ねていたが、オルグには逆らえても神官や妹の魔法使いには抗えず、ホーネストの中でブツブツ文句を言っているが、こうして一行は次の目的地へと向かった。




