Act-13 『 再登録 』
「魔族侵攻の事実はないってぇ~!?」
「大きな声を出さないでアビス」
ここはまだローランド国の王都に程近い、西方にある大きな都市のとある食堂。
「けどローランドの王族は勇者召還の魔法を、女神様からもらったんだろ?」
魔族は人間や亜人と比べて、体力も魔力も桁外れに強い。
軍を率いて攻め込まれれば、ローランドのような大国であっても、あっと言う間に侵略されてしまうだろう。
「けどそんな兆候はないし、一度だって魔族から襲ってきた。なんて歴史もないわ」
「それじゃあなんで、勇者召還なんて」
「ローランド国が魔族領を手入れるため、その尖兵とするためですよ」
フェルマンは食事よりも、手酌酒をどんどん進めていく。
「生臭坊主」
オルグに負けじと箸を動かすフォルテが噛みつく。
「いえいえ、酒は百薬の長といいまして、薬ですよ。藥」
この世界でも言うんだ。とアビスは吹き出しそうになるのを堪える。
「あっ、こらオルグ!? それはあたしが!」
「んなもん、早い者勝ちだ」
テーブルに並べられた料理を、どちらが多く食べるかを競っているようだ。
「アビスも食べないと、なくなっちゃうわよ」
と言うシャンテも、箸はさほど進んでなさそうだ。
「改めて聞くけど、本当にいいの、アビス?」
ハズレだったと、王宮を追い出された。
でも今は真の勇者と転生の女神が認めたマイン=ホーネストを完全な状態にした。マスターであるアビスは、王国が望んだ存在と言えるだろう。
ローランド城に戻れば、そしてホーネストの実力を見せつければ、勇者と祭り上げられ、破格の待遇を受けられるだろう。
「けど本当の勇者は俺じゃあないし、それにマインだって、俺をマスターと認め続ける以上、女神様の勇者だからって、その役割を担っているわけじゃあないだろう?」
エンシェントの仲間から聞いた話が、ぜんぶ本当とは限らない。
もしかしたら、ひょっとして万が一、彼らもアビスを利用しているだけかもしれない。
それでもこの世界で生きていくには、誰かの助けは必須。信じる相手は自分で決めるしかない。
「ホーネストも完全な状態になったし、少しでも役に立てるって言ってくれるなら、みんなが良ければ俺も連れて行って欲しい」
「頭を上げろよ」
例え、あの純白の鎧がなくても、もうオルグ達はアビスを真の仲間と認めている。
「よし、それじゃあ付いてこい。お前をあの人に会わせてやる」
「オルグが前に言っていた。あの人って、ことか……」
気が付けば皿の料理はキレイになくなっている。オルグもフォルテも満足したようだ。
シャンテがアビスと2人分の追加注文をしてくれる。
話の続きは宿に戻り、風呂に入ってからとなった。
「正直、俺達の行動は国家に反逆した行為だぞ。それでもイイんだよな」
オルグがアビスに詳しく話してこなかったのは、まだどちらに付くか分からなかったからだと言う。
「次の目的地はまだローランド国内だけど、限りなく魔族領に近い国境の町だ」
いつぞやは魔族領の某国跡地に向かうと言っていたが、今回エンシェントがローランドの冒険者として登録を済ませた事を、先に報告する相手がいるという。
「それがあの人?」
「そうだ」
広い大陸の4分の3は人間の国。その3分の1がローランドの領土。
今いるのは、まだ国の中央にある王都にほど近い都市。
「明日はギルドに行って活動の報告と、アビスには新しく冒険者登録をしてもらう」
「えっ?」
「で、いいんだよな」
リーダーは自分の口からアビスに伝えたいと言っておきながら、その理由を理解していない。オルグはシャンテに丸投げバトンタッチした。
「あなたはこれから、あの鎧で一緒に戦ってくれるのよね?」
生身で戦う理由はない。アビスにとって安全且つ最強の状態で手伝うのが必然。
ホーネストだって、パイロットなしではまともに戦えない。
「今やアビスは王国が望んだ、真の勇者そのもの。もしも王国にそのことがバレたら……」
フォルテは手で首を刈るジェスチャーをする。
「王国の目を欺く必要があるのか。でもそうなると俺はまた、Jランクから再スタートしなくちゃならないのか、シャンテ?」
「その心配はないわ。あなたは王都冒険者ギルドが認可したパーティーの一員。私たちが推薦すれば、ランクアップ試験を受けることができるのよ」
「へぇ、そんな事ができるんだ」
「その為に王都でパーティー登録してきたんだもの」
明日に備えて、姉妹は自室に戻り、床で酔いつぶれるフェルマンをベッドに寝かせて、アビス達も眠りにつくのだった。
ローランド国王都の西部、クフエラ領にある冒険者ギルドにて。
「新人冒険者マインの登録と試験が終わったぜ」
登録に付き添ったオルグが親指を立てた。
「見事、ランクGランクでデビューだ。ついでに俺たちもEランクに昇格したぜ」
レッサードラゴンから取れた素材を持ち込んだことで、パーティーは昇格した。
「やったね。アビス! ねぇ、お祝いしましょうよ」
パーティーが昇格したのはシャンテも素直に喜ばしい。
そしてなにより、正式にエンシェントのメンバーとなったアビスが、無事に昇格したのが嬉しかった。
「いや、Gランク冒険者になったのは、俺じゃあないから。……なぁ、俺はこれから、どうしたらいいんだろうな?」
冒険者パーティー、エンシェントに登録されいるアビスの今後。
「もう死んだことにしちゃったしな。マインが動くときは鎧の中に入ってもらって、マインを置いて動く時は……」
オルグがジッと、アビスの顔をマジマジ見つめる。
「ならさ、ならさ、面白い物があるよ」
シャンテがポーチから取り出し、ミニウムを解除した1つの魔道具。
「仮面だね」
手渡されたのはマスク、アビスは顔に当ててみる。
目と耳以外を隠してくれて、確かにこれなら判別し辛くなるだろう。
『悪くないな』
「言葉も篭もってて、鎧の中からの声にも似てると思うよ」
シャンテの言うのが本当なら、アビスもホーネストに搭乗することなく外出ができる。
「意識したら口の部分だけ外れるんだよ」
試してみる。
「簡単だな」
消したり出したりを数回繰り返す。
「これなら食事もできるでしょ」
目や髪の色を変えることもできると、シャンテが自慢気にしていると。
「それ、あたしがあげた物でしょ」
「貰った時点で私の物だもん」
青い目を緑に、金髪を銀髪にしてみる。確かにこれなら正体を見破られることはないだろう。
「と言うか、第二の人生も、もう死亡認定なのか……」
本当に死んだわけではないけど、なにか悶々としてしまう。
「試験って実戦形式だったのよね」
シャンテが話を、試験の内容に戻す。
「それでそれで、アビスは魔法を使ったの?」
アビス自身に魔力はない。
なのに出会った頃に試しだと言って、シャンテはアビスに精霊と契約をさせた。
驚くことに全ての精霊と契約できたアビスだったが、やはり魔法を使う事はできなかった。
そのアビスがレッサードラゴンにトドメを刺すのに放った、ボムを思い出してシャンテは興奮する。
「テストでは水魔法を使ってたよな。本当にあれ、シャーノだったのかよ」
あの岩場でハンドキャノンが放ったボムを見たシャンテは、広範囲を焼き払った火魔法を見て、上位魔法のボムゼノスが使われたと思ったそうだ。
剣士であり、魔法が不得手なオルグが見た、アビスの初級水魔法も、どう見ても中級以上だと感じたそうだ。
「つまり爆発するような水を生み出す、これまた上位のシャーレグス級だったってことね」
アビスがホーネストのコクピットで使ったのは、間違いなく初級魔法のボムとシャーノだった。
結果を変えたのはホーネストの能力と、アビスのスキルだが、それを知るのは女神のみである。
「光る剣も全員を驚かせていたぜ」
「あんたの説明って、やっぱり分かりにくいわ」
フォルテは少し飽きてきている。
「テストを受けたのはアビスを含めた3人。戦ったのはブラッドッグ30匹。だったのよね」
オルグの説明を掻い摘んで、フォルテが場を仕切る。
受験者の3人は、ともに所属するパーティーの推薦状を持っていて、希望ランクはみんなG。
「にしても連携攻撃をしてくるブラッドッグを、30匹も相手させるとは、ギルドも無茶をするものですね」
フェルマンの言うのも尤もだ。
と言っても、その30匹の魔物の攻撃態勢が整える前に、アビスの魔法で半分以上が戦闘不能になり、他の受験者2人は茫然と固まってしまった。
続けてフォトンソードで追い打ちをかけるホーネストを見て、ようやく2人も我に返って戦闘に加わった。
「万が一に備えていた上位冒険者も待機していたが、呆けた面で眺めていたぜぇ」
アビス=マインは申し分なく一発合格。
他の2人も合格をもらったが、希望していたGには届かず、Iランク冒険者として登録された。
「合格はいいけど、その内容でGランクって、ギルドもケチ臭いわね」
「そう言うなよフォルテ。そりゃお前、推薦状を受け付けてくれたけど、本来はCランク以上のパーティーじゃなきゃ、Gランクテストなんて、受けさせてももらえないんだぜ」
エンシェントがEランク昇格を果たした理由、レッサードラゴン討伐がなければ、マインはせいぜいHランクのテストを受けさせられていただろう。
「何でもいいじゃない。アビスなら……白鎧の冒険者なら直ぐに、上位冒険者に仲間入りするわよ。私たちもね」
シャンテは「それよりも」とアビスの手を取り外に連れ出した。
2人は町の外に出て、アビスはホーネストに搭乗し、いろんな魔法を試させられた。
宿に2人が戻ってきたのは、陽が暮れた後だった。




