Act-11 『 新たな脅威 』
レッサードラゴンが動かなくなったことを、確認するオルグ達に降り注ぐ陽射しを遮る影。
見上げた者が順番に口を開き、誰も言葉を発することができないでいる中、いち早く我に返り行動を起こしたのはアビスだった。
「あれも同じヤツなのか?」
『確認しました。個体差はありますが、同一種である確率は98.02%です。マスター』
今まで戦っていた、レッサードラゴンと同じモンスターがまた現れた。
「しかも2体かよ」
それもようやく倒したヤツよりも、倍ほど大きな竜だ。
「こ、ここはこのレッサードラゴンの巣立ったのですね」
フェルマンが状況から判断する。
つまりこの2体があれの親で、やっと倒したのは子供の竜だったということか。
「レッサードラゴンって、こんな大きいのもいるの!?」
珍しくフォルテの腰が引けている。
2匹の竜が同時に咆哮を上げたのだ。
おそらくは子竜の変わり果てた姿に嘆いているのだろう。
このままでは全員が危ないと感じたアビスは、ホーネストを空中に飛ばした。
『ドラゴンブレスに気を付けて!!』
騒音に掻き消されるシャンテの声を、マインが拾ってくれた。
レッサードラゴンも成獣になると魔法制御が上手くなり、衝撃波ではなく、破壊力ある攻撃を放ってくる。今度はセンサーだけでは済まされないかもしれない。
「シールドユニット展開、粒子幕がどこまで保つか分からないが、戦うのはハンドキャノンを見つけた後だ」
『了解しました、マスター』
ホーネストは飛行タイプに変形する関係で盾を持っていない。
実はデザイン上では存在していたのだけれど、急な作戦参加で用意されぬまま出撃し、撃墜されてしまった前世。装備されている防御機構は、ビーム粒子で衝撃を受け流す装置のみ。
『粒子発振器を展開しました。マスター』
左前腕の装甲がスライドし、ビーム粒子発振器が出てくる。
「シールドには頼らないつもりで飛ぶ回るぞ」
パイロットスーツ無しで、どれだけ派手な回避ができるか分からないが、切れ味は良くても龍からすれば、ナイフに等しいフォトンソード1本で解体するには、竜は大きすぎるし硬すぎる。
2匹はいきなり飛び上がってきたホーネストを警戒してか、降下をやめて再上昇する。
『ハンドキャノンの反応をキャッチしました。マスター』
竜を警戒中、朗報が届いた。
「どこだ?」
『レッサードラゴン。その生命活動を停止させた幼獣体の中です。マスター』
ハンドキャノンのサイズはホーネストの腕くらい。レッサードラゴンなら一飲みできる大きさ。
合金製の銃をなんだと思ったのか? 子竜の腹の中に探し物がある。
「親の前で、殺された子供の腹を割いて、中から取り出せって言うのか!?」
戦場でパイロットごと敵機を焼く事に抵抗はないが、親がいる前で子供を解体なんて、いくらアビスでも良心が痛まないはずもない。
とは言え、ハンドキャノンを回収しないわけにはいかない。
竜の腹を裂くのは避けられないとして、臨戦態勢の親レッサードラゴンをどうするか?
「とりあえずさっきと同様に、竜の気をこちらに向けさせるぞ」
岩陰に隠れることができた仲間たちに、目を向けられないようにホーネストは急加速で上昇、竜と目線を合わせる。
『魔力反応!』
言葉と同時にブレスが照射され、マインは自己判断でビームシールドを全開に。アビスはスラスタースロットを踏み込んで左に回避する。
急な方向転換に体を持って行かれるが、少し強めに締めたベルトのお陰で、振り飛ばされる事はなかったが、意識を持っていかれそうになる。
すんでの所で回避に成功し、ブレスは虚空を通過していくが、移動した先を読んでいたもう一匹がタイミング良く第二波を放ってくる。
『回避不能!』
シールドをフルパワーにするが、激しい振動にアラートが鳴りやまない。
「い、生きている? のか」
すごい衝撃を感じた後、複数のセンサーが消えた。
『カットしたセンサーを再度起動します。マスター』
先ほどの失敗を元に、マインは全てのセンサーを瞬時にカットし、負荷を最小限に抑えた。
ブレスそのものはシールドの粒子に乗せて、背後に受け流したので装甲ダメージもほとんどないと報告を受ける。
『ただしエネルギーレベル低下、シールドは消失しました。マスター』
「嘘だろ!?」
近代兵器の優秀性に感動したのも束の間。マインの言葉にアビスは青ざめる。
アーガスは融合炉を搭載しており、融合物質が劣化しきらない限り、時間を置けばエネルギーは回復する。
「どれくらいすれば、シールドは使用できるんだ?」
艦砲であれば数発堪えられるシールドが消えた。
まさかではあったが、要塞砲にも匹敵するドラゴンブレスにも耐える事が出来た。
どれくらいの時間があればチャージできるのか?
『魔力の供給をお願いします。マスター』
「なん、だと?」
聞いたのはチャージタイム。
「今、なんと言った?」
『魔力の供給をお願いします。マスター』
返ってきたのはエネルギーとして魔力を要求する言葉。
聞き間違いではなかったようだ。
科学の推移を詰め込んだアーガス搭載のAIが、この場面でファンタジー的な要求をしてくるなんて。
「エネルギーの話だよな!? 魔力? なぜ魔力がホーネストに必要なんだ?」
『この世界で活動をするにあたり、女神様に要望しました。マスター』
「女神? 転生を司るエナ神のことか?」
ローランド国のメルラ王女から聞かされた話によれば、女神エナは斑が多い女神様である。
力ある勇者を使わせてくれる事もあれば、゛ハズレ"のように加護の1つも与えられずに落とされる者も、少なくないという。
「俺をハズレにした女神? お前に何をやりやがった!?」
『なんじゃ、妾に対する凄まじい不遜を、天界まで届ける愚か者がおるのぉ』
頭の中に変な声が響いたかと思えば、アビスはとても煌びやかな別空間に立っていた。
隣にはアビスと同じサイズのホーネスト。
いったい何が起きたのか、キョロキョロしていると、目の前にある、ローランド城の玉座よりも派手な椅子に、妙齢な女性が現れた。
長い足を組み、立てた肘にあごを乗せている。白のワンピースに理想的なシルエットが浮かぶ。
「お主が従者でありながら、勇者マインに主と呼ばれる愚か者か?」
「愚か者って、俺の事か?」
不機嫌そうな美女は更に光を増して、アビスを威圧する。
「俺が従者? 勇者マイン?」
「ローランドに堕ちたんでしょ、お前」
疑っていたわけではないが、アビスを呼び寄せて、甦らせる切っ掛けとなったのは、ローランド国のメルラ王女で間違いなかった。
だがその仲介をしたこの女神、エナ神は異界から呼び寄せた魂はAIのマインだという。
勇者召喚にこびり付いてきたアビスは、女神にとって不要な存在、消し去るほどではなかったので、適当に廃棄したのだが、送られるべきホーネストではなく、アビスが王国に堕ちてしまったのは、他でもない女神エナの失態だった。
「あの時の妾、まだ起きる時間じゃあなかったのよ。けれど久し振りにちゃんとした儀式で、十分な魔力も送られてきたから、聞いてやることにしたってわけよ」
勇者召還でハズレが落とされる理由は女神曰く。正しくない儀式と足りない魔力の所為だという。
「王国の唯一の失敗は、妾の休眠期を間違えたことじゃな」
人間界の時間であと1時間。女神の感覚では5分後なら、なんの問題もなかったのだと、溜め息を吐くように愚痴る。
「落とす者を間違えたのは、本当に悪かった。けどそのお陰で廃棄されたはずのお主も、世界の果てに飛ばされることがなかったのじゃ、感謝するのだぞ」
これはもう斑があるなんてレベルではない。
王女が時間を間違えたことに、心から感謝しなくてはならない。
「冗談じゃあない。転生を司るなんて言っておきながら、なんて無責任な神様がいたもんだ」
「何じゃと?」
「あんたは呼び寄せた魂を勇者とした。そう言ったよな。寝惚けてAIであるマインを勇者にしたってことだ」
「なにをくだらぬ。多少寝惚けていようと、勇者を間違うはずがなかろう」
「今はハッキリと起きてるんだよな?」
「無論じゃ。にしてもお主、神に対して失礼極まりないのぉ」
「誤魔化すなよ。なぁ女神様。いま、マインの魂ってのを確かめてくれよ」
「なんじゃと? 何を言い出すかと思えば……、勇者マインよ。……そなた? あっ、あれ?」
転生を司る女神エナは、この世界の十柱の一柱は、アビスの隣にいるホーネストから魂の輝きを見ることはできなかった。




