Act-01 『 転命 』
このアルプス山脈を越えれば、大規模作戦を前にした友軍艦隊が集結しているポイントにでる。
空中戦艦“アークホース”は、2隻の友軍空中戦艦と合流し、集結ポイントへ向かう最中、敵艦隊との遭遇戦に突入した。
援護要請は発信したが、味方が来る気配はない。通信回線が封鎖されているからだろう。
『アーガス部隊に発進命令です』
「了解だ」
アーガスと呼ばれる人型兵器が、各艦より3機を1小隊として飛び出す。
『作戦内容は陽動。敵機動兵器を撃破、或いは艦が離脱するまで引き付けろ。との事です』
2形態に変形可能なその機体は、飛行形態でアークホースから発進し、向かってくる敵人型3機の後ろへすり抜けて、人型へと変形して反転、バックを取ることに成功した。
ハンドビームキャノンの連射で3機を撃墜すると、次の目標を定める。
『7時方向、友軍が敵機に囲まれています』
「味方4、いや3機を確認した」
1機撃墜された友軍の援護に入る。
再び飛行形態で敵の攪乱に成功し、僚機は包囲を抜け出す事ができた。
「アークホースは離脱できそうか?」
『現時点で3機が撃墜されましたが、アーガス部隊は陽動に成功。友軍艦隊の脱出成功確率は67%』
どうやら向こうも不測の事態だったらしい。敵艦もこちらとは反対方向へ離れようとしている。
これで任務は遂行したと言えるだろう。
「帰艦するか?」
これ以上無駄に戦力を失う訳にはいかない。
『友軍が数機、敵機を追撃、逆に挟撃されています』
無茶な深追いでピンチになる友軍機、それに付き合う理由はどこにもない。
「お陰でこちらは離脱しやすいが……」
友軍を見捨てるのも寝覚めが悪い。
「やるぞ!」
地球圏の統一を唱える“連合国軍モノリス”と、利権の独占支配を目論む“合衆国軍ドミニオン”との戦争が勃発。
戦火は拡大し、宇宙や海、砂漠に山岳地と、過酷な環境にも適用する汎用兵器として、“アーガス”と呼ばれる、人の形をした大型兵器が開発された。
戦いは激化し、僻地運用に特化したアーガスは、次第に戦争の主役にのし上がる。
多くの実験機、試作機が生まれる中、モノリスのアビスレイ=クレイビア少佐も、実戦投入のためにロールアウトされたばかりの新型実験機、個体名“ホーネスト”に搭乗して、拠点攻略の大規模作戦に参加する命令を受けるのだった。
作戦ポイントは山脈を越えた大陸の南東。
その移動途中での遭遇戦。
結果として活躍してみせたものの、周囲からアビスと呼ばれるパイロットは、ホーネストを試作機から次期主力機に、引き上げることはできなかったのだった。
「ここはどこだ?」
アビスは真っ暗闇の中にいた。
重い空気の漂う空間、自分が上を向いているのか下を向いているのかも分からない。
そうだ、夢だ! そう思おうとしたが、意識がハッキリし過ぎている。
これは果たして現実なのか。……誰かに話しかけられているようで、誰もいないような異質な空間。
とにかく何でもいいから、思い出してみる。
「そうだ、俺は戦場にいたはずだ。……敵は5機だったか?」
開発途上の真っ白な実験機は、否応なしに目立ってしまう。だから通常は現行量産機の装甲に偽装をする。
しかしホーネストは部隊唯一の変形型であったがために、外装を別の物に置き換える事はできなかった。
ロールアウトしたままの白一色で、新造されたばかりの空中戦艦に乗せたそれを、舗装も間に合わぬまま、戦場に飛び出す事となった。
いや、あの時は囮を命じられたのだから、間違ってはいなかったのかもしれないが……。
味方は自分も含めた3機編成の3小隊が飛び出した。
両軍共に変形型の実戦データは乏しく、試作機に乗るアビスがいきなり3機も撃墜できたのは、敵の虚を突いた攻撃だったからだろう。
なにはともあれ囮の任務を果たす事ができ、帰艦する直前、友軍3機と敵5機の戦闘へ援護に入り、善戦むなしく撃墜されてしまった。
「俺、死んだんだよな……」
コクピットごと爆発し、脱出装置も作動しなかったはず。
「僚機も撃墜されていたようだった……」
味方を見殺しにしてでも、貴重な実験機を母艦に戻すべきだったのか、アビスは判断を誤ったのではないかと悔いた。
少しずつだが、ボンヤリとしていた頭がハッキリしてくる。
暗闇と思われた不思議な空間が、上下も理解できる薄明るい場所に変わる。
「どこかで見たことあるな、あれ……ローソクだっけ? 子供の頃に教科書で……」
薄明かりでも暗闇にいたせいか、直視すると眩しく感じる。
「ここはいったい?」
アビスは目を細めて辺りを観察する。
多くのローソクが灯されているここは、どうやら建物の中らしい。
「なんだ、この部屋は……」
部屋はそれなりに広かった。
「お目覚めですか? 勇者様」
少しキーの高い優しい声、見れば黒いローブを着た数人が、アビスを取り囲んでいる。
「勇者様、私どもの喚びかけにお応え頂けた、あなた様は勇者様ですのよね」
誰よりも前に出てローブを脱ぎ、アビスに声を掛けたのは麗しき淑女。
「わたくしはローランド王国、第三王女メルラ=イシュマイール=ローランドと申します」
脱ぎ捨てた黒いローブの下は、艶やかな薄いピンクのドレス姿。
「こ、ここは? 勇者って、喚びかけ? あの、えぇっと……姫様?」
「落ち着いてください勇者様。順を追ってご説明いたしますので、先ずは場所を移させてもらいます。よろしいですか?」
落ち着く? そうだ、慌ててもしようがない。
言葉が通じる。ただそれだけでも、冷静さを取り戻すことができる。
冷静になって……。
「どうか、なさいましたか?」
「いえ、お構いなく……」
冷静になって甦ったのは撃墜されて、コクピットごと押し潰された時の痛み!
トラウマレベルの恐怖に、つい喉が詰まってしまった。
深呼吸をして、改めて辺りを見回す。
暗がりと感じはするが、手相が見える程度には明るい。
「石造りの……神殿?」
「はい、特別な召還術は、転命神女神エナ様に祈りを捧げる祭壇で行うのです」
召還と言う言葉が何を意味するのか? 転命神とは?
「女神エナ様……聞いたことがないな。ローランドなんて国名も」
「それはそうでしょう。あなた様はまだ、この世界へ来たばかりなのですから」
更に深まる謎、いったいアビスの身に何が起こったのか?
さきほど思い出した痛みと恐怖、自分が死んだことは間違いない。
しかしこうして、五体満足で考えることも歩くこともできている。
「あれ? 俺のこの格好は?」
ホーネストと共に散ったのが最期なら、アビスはパイロットスーツを着ていたはず。
今は姫様が先ほどまで着ていたのと同じ、黒のローブを身に纏っている。どうやらその下は……。
「それはその……、勇者様は一糸まとわぬ姿で顕現なされたので……」
頬を染め、姫様は覚醒前のアビスの様子を教えてくれた。
「そ、それでこの後、俺は?」
「はい。ローランド国王アルバルト=セフォルド=ローランドに会って頂きますが、その前に魔力測定とスキル鑑定を受けて欲しいのです」
「魔力? スキル? ゲームの話?」
アビスだって学生時代や従軍後も空き時間に、暇潰しでゲームをすることはあった。
ファンタジー系のRPGもやったことはあるが、常に時間短縮が必要だったので攻略サイトを見ながらのプレーが基本だったため、使われる用語をしっかり覚えることはしてこなかった。
いまいちピンとはきていないが、なんとなく状況を理解できるヒントを手にすることができた。
ゲームなんかの展開なら、喚ばれた自分には膨大な魔力が与えられたり、神から勇者に相応しい能力が、ギフトとして送られていたりするはず。
「それではこちらで、中の魔術師の指示に従ってください」
「えっ? あのぉ……」
「では、後ほど」
召還の祭事を執り行ったという姫様は、アビスを残して立ち去った。
アビスは途端に不安になる。
25歳にもなって、まだ未成年であろう姫様に縋り付くわけにもいかない。
「では勇者様はこちらへ」
そうだ。自分は勇者なのだ。まだ慌てる場面ではない。
王女と一緒にいた黒ローブの男に誘われ、アビスは腹を括り、部屋の中に入っていった。