7話 剣闘市オールドナイン
キラさんとのフレンドは切る。
元々、そのつもりだったし大したことはないと自分に言い聞かせる。
だけど無断で切って、彼を不快にさせたりはしたくない。
だから僕はしっかりと断りを入れてからフレンドを解除しようと思った。
「そのためにもまずレベル上げよな」
なんだかんだで、僕は彼を信用しきっていない。
自然と涙を流してしまうほど、彼との繋がりを切りたくなかったのか。
それとも『自分はなんて寂しい奴なんだ』と悲しくて涙をこぼしたのか。
きっと両方だとは思うけど、このキャラをキルされたくないのはまた別の話だ。
転生人キルを楽しんでいる彼だからこそ、フレンドを解除するなんて言ったら襲い掛かってくるかもしれない。
そのためにもまず、備えておかなければいけない。
『金貨:1510枚 → 160枚(金貨を50枚、600枚、700枚を捧げました)』
『Lv4 → Lv7にアップ!』
『ステータスポイントを30獲得しました』
『命値:6 → 10 信仰:20 → 33
力 :5 → 7 色力:14 → 20
防御:6 → 7 敏捷:9 → 13』
「ふむ。ひとまずはLv7に上げて————なに!? Lv6からの消費金貨が600枚、700枚とな!?」
上げてしまってから気付いたけど、金貨の消費量が一気に1ケタも増えていたので驚愕だ。
これは……みんなそうなの?
それとも身分【幼女魔王】が関係しているから?
定かではないけど、当初の予定が少し狂ってしまった。
なぜなら戦闘スタイルの幅を広げるために、記憶ポイントにも金貨を消費して、スキルLvを上げる予定だったのだ。
「残り160枚……だが今の余のステータスは、普通の転生人のLv70に相当する。ゆえに問題など皆無であろうか?」
とにかくぎりぎりまで金貨を消費しようと思う。
『金貨160枚 → 10枚 (70枚、80枚を捧げました)』
『記憶:6 → 8』
『スキルか技術のLvを2上げられます』
『技術【魔を統べる者】Lv5 → Lv6にアップ』
『【契約・支配】状態でないLv60以下のモンスターに命令を下せるようになりました。また、Lv10以下のモンスターにはMPを消費せずに命令できます』
「MPを消費せずに使役できるのはありがたい。これなら【亡者】に何体でも命令可能よな。だが問題はモンスターが近くにいなかった時、今の余の戦闘スタイルは限られる、か……」
ただ殴ることしかできないし、それはできたら避けておきたい。
なぜなら————
「余が転生人を狩る身分だと露見したら、おそらく狙われやすくなろう。それこそキラのように襲われる機会も増すはず」
今まで通りモンスターを用いて偶然を装ったり、とにかくバレないように転生人をキルし続けた方がいいはず。
『スキル【不殺の魔王】Lv2 → Lv3にアップ』
『【魔王軍】を習得しました』
『各モンスターに適合する装備を貸与できます』
へえ、装備で魔物を強化できるのはありがたいかも。
モンスターによっては装備できる物が限られていそうだけど、今後はかなり役に立ちそうだ。MPの消費なしで行えるってのも嬉しいポイント。
ただ、今回のレベルアップで、都市内での対人戦が強くなるようなスキルが習得できなかったのは少しだけ残念だった。
「すぅー……あとはキラにフレンドボイスを送り、少し会って話がしたいって言えばよい」
僕はフレンドリストからキラさんをタップしてボイスチャットをかける。
『余はルーンである』
『わ! 師匠から連絡くれるなんて嬉しいなあ!』
『……師匠ではない』
『またまたあ、俺よりLvが低いのに俺より鮮やかな転生人キルを見せられたら頭も上がらないって。ん!? ルンちゃん師匠のレベルが7になってる!?』
僕の身分をテイマーだと勘違いしてるとはいえ、僕がモンスターを使役して転生人キルしているのを知っているのは現時点でキラさんだけだ。
つまり、この人と円満な関係のままフレンドを解消できれば、後々の問題を回避しやすくなる。
下手に他の転生人に僕の特性を言いふらされてはかなわない。
だから慎重に、平和的に、秘密裏に全てを完遂しなくてはいけない。
『レベル上げなど余にとって他愛ない。ところで少し会って話をしようではないか』
『こんな短期間でLv7って……ま、まあいいや。俺の方でもちょうどルンちゃん師匠と会いたかったから、闘技場前で待ち合わせしよう』
闘技場前……?
まだまだ【剣闘市オールドナイン】の観光を終えていない僕としては、そこがどこなのかはいまいちわからなかった。ただ、都市内のマップを見ると確かにコロシアムと表記された場所があったので、ひとまず同意しておく。
『よい。では20分後でも問題ないか?』
『はい、ルンちゃん師匠!』
『だから師匠ではない……』
こうしてキラさんとのボイスチャットを終えた僕は、一足先に闘技場を目指して【剣闘市オールドナイン】の散策を始める。
あたりをキョロキョロ見ながら歩くのは少し恥ずかしかったけど、しばらくすれば都市の全容を把握できるようになった。
「……いつか魔王軍で攻め入る時が来るやもしれぬ、入念にチェックよな」
まずこの都市は中央へ行くほど標高が高くなっている。つまり、水に沈んでいる建物が減少してくるのだ。そして小高い場所から都市を一望してみると、やはり巨大な湖の中心に【剣闘市オールドナイン】はあるようだ。
「湖は堀りの役割も担っている? 人だったら攻めづらい構造だが水中系のモンスターを駆使すれば陥落させられる……?」
都市を練り歩くと、闘技場らしき建物が2つある点に気付いた。
一体、どちらが正解なのかわからなかったので、キラさんに再びボイスチャットをしようとするが、なぜか彼はログアウト表示になっていた。
僕は仕方なく人の流れが多い方の前で待つことにする。
「ははっ、やっぱりガチの殺し合いが見れるって思うと最高だな」
「賭けてるもんが違うしなー」
それにしても世界設定的に女神の祝福が失われつつあるのに、こうも転生人が多いと活気づいて見え、とても滅びに向かっているとは思えない。
「てめえ! 俺が推す『絶姫』が負けるだと!?」
「ああ。確かにスピードはあるけど、『剣砕き』と比べたら剣戟の重さがまるで足りちゃいねえ」
「じゃあ金貨100枚賭けてみるか!?」
「あ? 逃げんなよ?」
さすがは人と人が争いその代償を血で贖う闘技場というべきか。
出入りする転生人たちの誰もが目をギラつかせ、興奮しているようだった。ちらほらと怒鳴り声や、剣闘談義がヒートアップして掴み合いや罵り声が聞こえてきたりする。
ちょっと物騒な雰囲気が漂っているので、キラさんがどうしてこの場所を指定したのか疑問に思う。たしかにこの都市では一番大きな施設に見えたし、わかりやすいと言えばわかりやすいのだけど……。
「おいおい、こんな危ねえところに小さなお嬢ちゃんがいるぜ……」
「可愛らしい顔して刺激的な趣味をお持ちだな」
「どうだ? 俺らと観戦してみないか?」
「賭けの仕方ぐらいなら教えてやるぜ」
さっきからこの手のお誘いが絶えないのだ。
「間に合っている。すでに待ち合わせをしているのでな」
「はっ! つまんねえな」
「こんなところで待ち合わせ? お前さんの友達もよっぽど血の気が多いと見るぜ」
変にもめたりはしないけど、ちょっと怖い人たちが多い。
僕がそんな人たちに何度も声をかけられ、断るのを繰り返していると、今度はこの場の雰囲気とはかけ離れた転生人に絡まれた。
「ルンちゃん師匠……です?」
その子は白金髪のレイヤーボブでかなりの美少女だった。
服装も地雷系ファッションかつ背中から小悪魔な翼を生やしていて、かなり可愛らしい。
「ど、どうしてこちらに……!?」
そんな子がなぜか僕を見て驚いている。
というか今さっき『ルンちゃん師匠』って呼んだよね?
もしかしてキラさん……さっそく僕のことを言いふらしてたりする?
えーっとキャラ名は『うた』さんか。
Lvは17? キラさんと同じなのもどこか引っ掛かる。
「ふむ、貴様はもしや————」
キラさんの知り合いかな?
そう僕が問いかける前に、彼女は脱兎のごとく人混みの中へと消えてしまった。
一体なんだったのだろうと首をかしげながらも、しばらくキラさんを待ち続けているとようやく目的の人が顔を出してきた。
「ルンちゃん師匠! こっちにいたんだね!」
「闘技場が2つあったのでな。人の往来が多い方を選んだまでよ」
「ごめんよー闘技場で待ち合わせと言えば、治安が良好な【魔法と剣の闘技場】の方だって思ってて。ここって危ないし?」
なるほど。
【剣闘市オールドナイン】で活動する転生人たちにとっては常識だったのか。
「もう一つの闘技場は、ここほど物騒な雰囲気ではないのか?」
「うん、そうだね。【栄光と無法の闘技場】に銀髪の美少女がぼっ立ちしてるって、フレから聞いたから、まさかと思って来てみたら……」
ああ、さっきの少女かな?
そういえばフレンド解除の前にまずキラさんに釘を刺しておかないといけない。
僕のプレイスタイルは他言無用だって。
しかしキラさんは僕のそんな思いを知らずに、爽やかな笑みで爆弾発言を落としてきた。
「今回はルンちゃん師匠に、俺のフレを紹介したくてさ」
「なにっ!?」
僕が静止する間もなく、キラさんは自身の後ろを親指で示す。
そこには独特な般若の仮面を被った着物姿の人物が立っていた。腰には一本の刀を差して、いかにもサムライっぽい風貌だ。
「ほら、こっち。俺と同じ闇ギルドに所属してるんだ。ルンちゃん師匠の話をしたら、ぜひ一緒に転生人キルを楽しみたいってことでさ」
「あっしらみたいな輩は同志が少ないですからねえ。某、サスケと申します」
まさかの二対一。
この状況でフレンド解除をお願いして、キラさんが納得できなかったら?
万が一にも戦闘になったらと思うと……平和という言葉が一歩、遠のいた気がした。
それでも僕は————
「待て……! よ、余がキラと話したかったのは、フレンド解除を告げたくてな……!」
それでも僕は言い切った。
また【六芒星】のみんなみたいになる前に————