20話 塔剣の秘密
湖の中はてっきり闇に包まれているかと思えば、それは間違いだった。
確かに暗いと言えば暗い。けれど水深が深くなればなるほど、そこには鮮やかな光源が眠っていた。
湖に沈んでしまった都市の残骸が放つ古き光。うっすらと白銀の煌めきを纏う石造りの家や、どこまでも続く淡い銀色の道。水草や苔に覆われようとも、その輝きは衰えることなく、滅びと美しくも共存していた。
ガラスが割れてしまった窓枠の奥には、一体どんな家具や歴史が潜んでいるのか……好奇心が抑えきれない。
時折、人影のようなものが見えたと思えば、上半身は人間のように両手と頭があり、下半身は魚の尾ひれがついた【人妖魚】だった。
人魚とはまた違い、かなり歪な顔で全身も鱗だらけだけど、気さくに手を振ってきてくれるあたり温厚な種族なのかもしれない。
湖の中で観光気分に浸っていると、唐突に開けた場所に出た。推測するにここは闘技場の真下あたりじゃないかな?
そして【白波の監視蛇】はここだ、と言わんばかりに動きを止める。
僕も僕でその風景に圧倒されつつも、やっぱり湖の中の旅を満喫していた。
そうして気付いたのだけど、この湖の中は多くの太い柱が所々に突き立っている。どうやらあれが地上の闘技場を支えている柱なのかもしれない。
不意に下へと視線をずらせば、今まで石畳ばかりだった湖の底が、白く光る岩場に変化していた。
ゴツゴツとした大地が広がり————
んん?
なんか今、そこの岩がちょこっと動いたような?
「魔を統べし者よ、人の神に反逆せし者よ」
巨大湖の底がうなる。
一瞬、地響きかと錯覚してしまうほどにその声音は大きかった。そして事実、水底はうごめき、みじろぎをしたじゃないか!
そう、まるで湖の底そのものが生き物であるかのように————
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【白竜ミスライール】〈タイプ:古き神々、世界蛇〉Lv200 種族値+420
〈命値300 信仰80 力80 色力70 防御90 敏捷20〉
かつて蛇人たちによって、白銀鋼産業で栄えた『白宝都市ホワイトブリム』の主神。黄金の欲に呑まれた人間の支配を嫌い、地中へと伏すも、剣神オールドナインの封剣に大地ごと穿たれ封印されている。99本の封剣が世界蛇の自由を拘束し、早100年が経とうとしている。
〈ドロップ:金貨2000000枚(100%) 剣神の塔剣×99(100%) 白銀を生む魔眼(100%) 〉
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暗闇に突如として赤い目が見開かれ、それは湖底に咲く真っ赤な宝玉を思わせるほどの美しさを放っている。
その車よりも巨大な瞳がギョロリと僕を捉え、細められる。
「ようこそ、我が湖底の都市へ」
まさか【剣闘市オールドナイン】の至る所に突き立つ巨剣が、白竜ミスライールに刺さっているとは夢にも思わなかった。この湖底の都市に乱立する柱もよくよく観察すれば、巨大な刀身であると知った。
というか【白き千剣の大葬原】に立つ塔剣の下にも、色々と封印されてたりするんじゃ?
「魔の頂点に座す、ルーンである。白竜よ、壮健とは言い難いようだ」
「気にかけてくれるか、優しき魔王よ」
「どうすれば、封印を解けるのだ?」
このゲームは転生人が、封印された神々の解放をすると、黄金の息吹を復活させるらしい。そして人間の領域をとり戻すとか。
転生人が神々の封印を解く、それは封印を施した何者かを殺す、もしくは……目の前の【白竜ミスライール】のように、逆に封印される者がいるのでは?
そんな予想があったからこそ、僕は【白竜ミスライール】の封印を解いてみたくなったのだ。
「剣神オールドナイン、殺すのみ」
「どうして、封印された?」
「我ら古き神は、黄金による支配を受け入れず」
「神々同士の戦争か?」
「黄金をもたらす神々は、人間に黄金の祝福を。その見返りに、古き民を侵略せんとす。古き神々は対抗し、|多くの黄金領域を封じた《コゥゥォォオオ》」
なるほど。
まさに世界を終焉に導く黄昏戦争ってわけだったのか。
そんな中、古き神陣営にいた【白竜ミスライール】は、黄金領域の一柱である【剣神オールドナイン】に敗北したと。
「月樹神アルテミスは味方か?」
「いかにも。我が友は世界樹へ」
世界樹……と言えば、初期都市の1つ【世界樹の試験管リュンクス】かと思ったけど、詳しく話を聞けば違うらしい。転生人の拠点となっている【世界樹の試験塔リュンクス】は、あくまで本物の世界樹の苗を無断で刈り取った物を植えて培養し、都市の支柱として利用しているのだとか。
「多くの古き神々はこの地を去っている」
また、黄金領域の神々は人間に近い存在であるらしく、総じて古き神々より力を持たない者が大半だったようだ。どのようにして生じたかは不明だが、一説によれば元は人間が神格に至った類の者であるらしい。
そこまで強くなかった黄金の神々は、人間を従えることで古き神々に牙を向く。
そう、人間を不死者に仕立て、不死の軍として運用したのだ。それでも古き神々の抵抗を受け、その多くが逆に封じられてしまったようだ。
ただ、古き神々でも迂闊に手を出せない別格の五柱がいた。それが人類最後の領域を守護する神々、【黄金教の女神リンネ】、【剣神オールドナイン】、【創造神ガリレオ】、【神の模倣者リュンクス】、【芸術を育むミケランジェロ】だ。
白竜ミスライールはそのうちの一柱に力及ばず、屈するはめになったようだけど……。
「転生人には。我が友が放った月呪も届かぬ」
終焉と退廃が少しずつ蝕み、黄金領域の五柱と睨み合いが続く。
そんな均衡が崩れ始めたのはごく最近らしい。
【黄金強の女神リンネ】の誤算と、【月樹神アルテミス】の月呪により、【亡者】にできた人間はもはや違う存在となってしまった。
何度死んでも精神は病まず、新たな人生と価値観を植え付ける。輪廻転生を経て生前の知識や経験を継承し、新たな生命と若き肉体を得る【転生人】は至極厄介らしい。
古き神々の眷属……転生人らが言う魔物の攻略方法を熟知し、壊れぬ精神性を持つ転生人は、ゆるやかに黄金領域を取り戻し始めていると。
「約束はできないが、チャンスがあれば剣神を殺して、そなたの封印を解く」
「ありがたい」
剣神オールドナイン。
芽瑠が言うには【剣闘市オールドナイン】内にある【黄金教会】の最奥にいるらしいけど、ほとんどの転生人は門前払いらしい。
あとは闘技場の優勝者を祝福するときにのみ、その姿を現すって噂話もあるけど……んん、もし僕の正体が看破されてその場で戦闘になったりするのも怖いし、ここは慎重にいった方がいい。
「汝の神殺しに祝福を。|我が白銀鋼を少しばかり《クウウウウウン》、それと我が奇跡と……我が助からぬ時のために、我が子を授ける」
:白竜ミスライールとの関係が【同胞】から【盟友】に変化しました:
:【白銀鋼】×999と【白銀の卵】、【奇跡:白夜の雨】を習得しました:
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【白銀鋼】
『驚くほど軽量でありながら、鋼鉄を上回る強度を誇る。さらに魔法の伝導率も高く、金属の中でも無類の美しさを誇る。かつて最高級の装飾武具には白銀鋼が練り込まれる物が多かった』
【白銀種の卵】
『調理して食せば白竜や世界蛇の力が宿るかもしれない。また、孵化に成功させると白銀種の竜、または蛇が生まれる』
【奇跡:白夜の雨】
〈タイプ:神撃〉
〈発動条件:天候【夜】類、信仰20消費〉
月樹神アルテミスの盟友、白竜ミスライールが起こした奇跡。月と星に願い、地に這いずる金の亡者に満天の星空を落としたと言われる。無数に降り注ぐ白銀鋼のつぶては、辺り一面に風穴を開ける。
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うわあああ。
ものすごいのがもらえちゃったぞ。
こんな貴重な鉱石や奇跡を譲ってもらったのだから、いずれは剣神オールドナインを殺さないとだな。
しかも口には出さなかったけど【白竜ミスライール】を討滅した際のドロップメニューに、金貨200万枚があるんだよね。
これってつまり換金すると200万円だよね!?
そんな【白竜ミスライール】を封印してる【剣神オールドナイン】の討滅報酬って、きっと200万以上!?
そんな風に期待に胸を膨らませていると、突然の告知が流れ始めた。
:転生人の皆様へ:
:ただいま【———】様が、【古き神の盟友】になったと確認されました:
:これより下記の新システム/イベントが追加されます:
・システム【契約】……特定の神と契約することにより、特殊な装備や身分、技術、スキル、奇跡などを獲得する。
・イベント【神話との交流】……神の眷属や、魔物などと共闘できるイベントが発生する。また、条件を満たせばペットにもなる。
:次に隠されたパンドラの箱を開けるのはあなたかもしれません:
:引き続き、『転生オンライン:パンドラ』をお楽しみください:
んん、まさかワールドアナウンスされちゃうぐらいの偉業を成し遂げてしまうとは……。
「可愛いは、偉大である……!」
幸いにも【神々を欺く者】でキャラ名を非表示にしていたからよかったけど、ルーンなんて名前が全ワールドに告知されたらちょっと恥ずかしい。
今後も【神々を欺く者】は常用する機会が増えるだろうなあ。
そんな風に便利スキルに感謝していると、珍しくフレンドボイスが届いた。
相手はもちろん、僕のフレンド欄にいるたった一人だけの人物だ。
『お兄ちゃん、朗報。すっごい儲け話、ある』
『大儀である。もしや先に言ってあった素材の、使い道であるか?』
実は【亡者】たちに『採集』させた素材の使い道が謎すぎて、芽瑠に相談していたりした。というのも『月光呪の石』や『伯爵の白石』など、どの店を覗いてみても取引きしてないし、下手にモンスターが取ってきた物を見せて大騒ぎになっては困るからだ。
『お兄ちゃん、何言ってるか、わからない』
『すまない』
『もういい。お兄ちゃんの部屋、いく。説明する』
そんな宣言の後、現実でドアを叩くノック音が響く。
その音は、何かを期待させる軽快なリズムを刻んでいた。




