第三話
「あっ。あれ、領主様のとこの若奥様じゃないか……?」
「昨日嫁いで来なすったって噂の」
「若くてお綺麗な子だけど、まさか前の奥様を溺愛なさってた領主様が新しく嫁を作りなさるなんてねぇ」
ひそひそと囁かれる声を聞きながら、前を歩くフレドリック様の背を追うようにしてわたしは一歩、また一歩と歩みを進めていた。
今日纏っているのは掃除用の地味な衣装から一転、ふわふわとした白いレースのドレス。見くびられては困るがお高くとまっていると思われてもいけない。ちょうどいい具合の品である。
「ごきげんよう、皆様。この度、リーモン男爵夫人となりましたイーディスです。どうぞお見知り置きくださいね」
なるべく気さくに見えるような笑顔と共に挨拶すれば、ひそひそ話はすぐに鳴り止む。
実際に対面し、顔を知ってもらうのは大切なことだ。わたしはこういうのが得意だった。王子殿下と懇意になれたのもきっとこの笑顔のおかげだろうと思う、多分。
リーモン男爵領は寂れたところだった。
田畑が荒れ果てていてろくに穀物などが採れそうにない。リーモン男爵領の税収が低く貧乏なのも納得である。
本当はフレドリック様がなんとか策を打たねば――具体的には他領からの金銭援助を受けるための交渉等しなければならなかったところを何もしなかったせいで、ここまでになってしまったとか。
道路は悪く、目を覆いたくなるような貧乏臭さがそこら中から染み出していた。
そんなど田舎の領地に特筆するものがあるとすれば、数十年前に隣国から渡来したのだという芋と呼ばれる根野菜くらいなもの。
でも。
――珍しいわね。
わたしはそれに狙いを定めた。
「これは具体的にはどういったものなのですか?」
栽培している人に詳しい話を聞いてみたところ。
味はいいがそこそこ毒性が強いので腹痛を訴える者もそこそこいる。それ故に一部の物好きしか育てておらず、村の片隅の畑に息を潜めるようにして植えられているらしい。
今、ちょうど収穫時期だというから、試食することになった。
とはいえ腹を下してはいけないので食べるのはわたし一人。
いざ口に含もうとすると、フレドリック様が思わぬ提案をされた。
「領民の目前で僕達の関係を疑われると厄介だ。『あーん』しようと思うが、構わないか?」
「『あーん』?」
「以前……前の妻によくやっていた。夫婦なら当たり前だろう」
なんだそれ。初心な少年少女か。
確かにわたしはまだ十八で、少女と呼ぶべき年頃かも知れないけれども、四十歳超えの紳士であるフレドリック様からその発言が飛び出すとはと驚かずにはいられない。
前の妻。そう言いながら遠い目をしたフレドリック様の横顔はどこか寂しげに見える。
「いいですよ。『あーん』してください」
フレドリック様の指が唇に触れる瞬間は思わずドキドキしてしまった。
ドキドキし過ぎて芋の味がわからなくなりそうなのは困ったが、それはさておき、芋の話だ。
「なかなか良さそうです! 難点はアクが強いこと程度ですね。調理法次第では気にならなくなるでしょう」
「本当か」
「色々実験してみるべきかと」
そう答えるわたしの胸は少し踊っていた。
領地の偵察から戻って、屋敷へ。
その頃には芋の影響で腹痛に襲われている真っ最中だった。しんどい。
そんな中で芋をどうやって美味しく食べられるのか、試行錯誤が始まる。
料理担当のフレドリック様の手を借りず、わたし一人で。
……結果、生より不味くなった。胃の中から込み上げるものを飲み下さなければならないくらいひどかった。
五度ほど実験してもますます悪くなるばかりだったので仕方なく、わたし監督の元、フレドリック様に作ってもらわざるを得なくなったのが非常に悔しい。
「お手を煩わせてしまってすみません。領主のお仕事の邪魔になりましたよね……」
「いや、構わない。どうせ何もやっていないようなものだから」
優しいしありがたいけれど、その言葉に甘えるわけにはいかない。もっとしっかりしなくては。
芋のアク抜きはうまくいった。腹も下さなければ嘔吐もしなければ下痢にもならない上、火を通すとほくほくとしたまろやかな味わいになる。
「よしっ」
これなら立派に特産品として打ち出せそうだ。
最初は男爵領で広め、それから他領へ向けて販売する計画でいる。新商品を受け入れてくれそうな商会をいくつも知っているので持っていくのが一番いいだろう。
リーモン男爵家の繁栄の第一歩にしてみせようと、わたしは意気込んだ。
書き溜めのストックはここまでですが、三連休の間には完結させられるよう頑張ります!
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本作と同じ(と言っても世界観などに繋がりはありません)白い結婚のお話です。もしよろしければお読みいただけると嬉しいです♪