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第二話

 天井が低い。

 目を覚まして一番に感じたのはそれだった。


 フレドリック様はまだ縮こまって眠っている。窓の外を見れば綺麗な朝焼け色だ。


 昨夜は蝋燭の灯りだけだったので気づかなかったが、柔らかな朝の光が差すと、部屋の様子がよく伺える。

 ベッドを覗く家具の全てが驚くほどに安物……というか推定手作り。隅の方に掃除しきれなかったのだろう埃が溜まっている。


 実はこの屋敷、使用人がいない。

 領地経営が傾いたことによって一人また一人と辞めさせざるを得なくなり、一ヶ月前ほどにとうとう全員解雇したのだと昨日のうちにフレドリック様から聞いた。


 これから何年にも渡って……いや、きっと一生、ここで暮らすに違いないのだ。貧乏を通り越した極貧なのはよくわかるが、過ごしやすい方がいいに決まっている。

 まずはしっかり屋敷の状態を整えなければ。


 部屋を抜け出し、向かうは水場。

 わたしが使用人要らずで着替えられて良かった。もしそうでなければ、フレドリック様に手伝ってもらわざるを得なかっただろう。

 ウェーブがかったストロベリーブロンドの髪をシニヨンにまとめて地味な色合いのワンピースを纏い、下働きのような格好になっていた。


「よし、頑張ろう!」


 腕まくりをしたわたしは、早速掃除に取り掛かる。

 こういうことにも慣れているのだ。


 廊下の端から端、ずらりと美しい絵画の数々が飾られた壁など、至るところを磨いていく。

 オンボロの割には広い屋敷を掃除するのは結構骨が折れる。全身が軽く汗ばんできた頃、やっとフレドリック様が起き出した。


「い、イーディス嬢、どうしてそんな格好を?」


 愛することはないと言っていたくせに、普通に会話はしてくれる気はあるらしい。

 完全に拒絶されているわけではないようで良かったと思った。


「見ての通りの掃除です。どうです、なかなか似合うでしょう」


 くるくると軽く回って見せたが、気まずそうに視線を逸らされてしまう。

 『可愛い』とか『上品に見える』とか褒めてくれないのは少し残念だ。でも昨夜のことを考えればこの反応も仕方ないだろうか。

 代わりとばかりに話題を変えられた。


「朝が早いのだな、イーディス嬢は」


「うちは商業が強い家でしたので、商いの準備を早朝から家族総出でやっていたのです。その習慣が抜けなくて。……あ、そうそう、昨夜言い忘れていました。わたしはもうリーモン男爵家の者です。イーディスとお呼びください」


「承知した」


「使用人を解雇なさって以降、フレドリック様お一人で維持されてきたのだと思いますけど、今日からはわたしがお手伝いしますね」


 最初はフレドリック様は「君は気を使わずともいい」と言っていたが、強めに主張してようやく権利を得られた。


 相談の結果、掃除や洗濯はわたしが、わたしの苦手な炊事は引き続きフレドリック様が担うことに。

 使用人を雇えるようになるまではしばらくこれで回していくだろう。


 これだけで幾ばくか改善された。

 だがまだまだ足りない。だって――。


「フレドリック様、わたし、こんな質素な暮らしで満足できません!」


 一通り家事を終えたあとの夕食の席で、突然そう言い出したわたしにフレドリック様は少したじろいでいた。

 わたしがあまりにもこの生活に順応しているように見えたから『今更か?』と驚かれているのだろう。


 いくら綺麗にしても、贅沢とは程遠い貧乏のまま。

 その中で得られるささやかな幸せというものもあるだろうが、わたしは貪欲な女なのだ。


「すまないとは思っている。しかしもう我が家には金になるようなものが」


「ない、とは言わせません。肖像画がありましたよね? あれ、古いものかと思って調べてみたのですが、数年以内に描かれたものではないかと思うんです」


 描かれていたのは穏やかな風景画やら、年若い女性の後ろ姿やらだった。

 生家で絵画などを取り扱うこともよくあったおかげで鍛えられたわたしの勘はおそらく間違いない。あれはフレドリック様が描かれたものだ。

 そして結構上手、というか達人並みの画力はあった。


 どうしてほとんど何もないこの屋敷に残されていたのか、想像できなかったわけではないけれど。

 置いておくよりは、うまく使った方がわたしも彼も幸せになれると思ったのだ。


「売り捌けばきっと巨額になりますよ。わたしに任せてはいただけませんか?」


 こてんと小首を傾げて、彼の答えを待った。

 きっと彼の胸の中では二つの感情がせめぎ合っていたことだろう。無理矢理に結婚させられた新妻と、自分が大切にしていたものの価値を比べていたのかも知れない。


「……考えさせてくれ」


 数秒後、返された答えは保留の意。

 それもそうかと思ってわたしは追求しなかった。


「ごめんなさい、少し性急過ぎたようですね。では明日、リーモン男爵領の見回りをさせてください」


 ぽかんとした顔になるフレドリック様。

 それを少し可愛いな、なんて思ってしまいながら、説明する。


「まずわたしが実績を作らなければ、信頼していただけなくて当然でしょう。ですからこの屋敷のみならず、領地を見渡し、男爵家を富ませようという算段です」


「なる……ほど。わかった、許可しよう。僕が案内する」


「よろしくお願いします」


 いきなり巨額を手に入れるために動くのではなく、少しずつ少しずつ貢献していけばいい。

 そうやって堅実にやっていけば、きっとうまくいくと信じて。

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『悪女と呼ばれた傷モノ令嬢の白い結婚 〜溺愛は不要ですよ、王弟殿下〜』収録のアンソロジーコミック
<a href=挿絵(By みてみん)" />
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