無明を照らす約束
意味の分かる様な分からない様な。
それでも約束だと、そう思うのです。
わたくしがその方とお目にかかったのは単に人とのお付き合いとして、でした。
勿論、王家の次男として産まれたその方を知らないわけはありません。
世間の評判は様々ですが、概ね現行の治世を変えていきたいとお考えの方と聞いておりました。
また、そのお考えは在野の人々にも響いており、1度は執政の立場になるもその座を追われた時には慨嘆したものです。
既得権を持つ人々による妨害工作と直接関わりの無い文官達の不作為まで彼の責任とされました。
支持していたはずの民たちも連日の宣伝工作に操られて、罷免を支持している有様にも私たちは嘆いたものです。
その方が救おうとした民たちからの掌返しは如何ほどに傷付けたでしょう。
我が国はオケアノスに囲まれていますが、その向こうにふたつの大国があります。
勿論世界は広くその向こうにも数多の国々がありますが、幸か不幸かこの2国が世界では抜きん出ているのです。
そして本質的に2国は対立関係にあります。
我が国はそこまでの大国ではないにせよ大きな力を有しています。
そしてより離れている側に付いています。
これを不満とする層もこの国には多いのですが、地政学的に考えるとその先を狙う国を塞ぐ立場にある我が国が近い国に従属すれば必ず蹂躙されます。
進出の邪魔になっても利にはならないからです。
その地にその地ならではの意志があってはならないのです。
逆に離れている側にとっては有益です。
援助すれば自然に敵を塞いでくれるのですから。
また近い国に対して従わず独自性を持つことは結果としてその国からは融和を求められます。
融和による遠大な併合を狙うからですが、それさえ踏まえれば何て事はありません。
あの方はこれらを判った上で、またそれ以外の要素を周辺他国とも踏まえて動いていました。
これもまた報道そのものが劣化した我が国では理解に乏しかったわけです。
そうした諸々を過ぎて1度は追われたあの方にお目に掛かったのは、実際の所は単なるイベントの陳情でした。
陳情といっても本質的にはあの方の政に適う、またはその考えそのものが補佐するものではありました。
我が国の過去を取り戻そうとする動きを汲んでくれたのかはわかりませんが、アドバイスまで頂きました。
そこでわかったのは何事も法に則り、正攻法を好む姿勢と生まれに関わらずに柔らかい態度と雰囲気でした。
元々支持してきたとはいえ、本気で惚れ込んだのはその時だったでしょうか。
また再起されるなら全力で支持しますと、そうお伝えをしました。
私たちでこの国の在り方を取り戻しましょう、と。
宰相への復帰は数年後、図らずも適います。
追いやった連中では保たなかったのです。
それからはその進めんとする事柄を在野で支持しながら、この国の在り方を取り戻すために草の根の働きをしてきました。
一定の成果も得られたでしょう。
結末は呆気なく。
第二王子の警備体制とは思えないお粗末な体制が凶刃から避け得なかったのです。
それから時は過ぎ、あまりにも世の中は逆噴射を続けています。
わたくしは自らの立ち位置を定める事としました。
あの方がいらっしゃらない以上、頼れる者はいなくなったのですから。
誰かに任せて、取り戻す事は出来るのでしょうか?否。
生きている間には無理でしょう。
徐々に瓦解しつつある祖国はそれなりの大国である所からも滑り落ちようとしています。
それでも地政学的有利は命脈を保たせるでしょう、それが決壊した時には手遅れなのです。
で、あればこそ、女であろうと政に手を出し、それ以外の事にも目を向けるべきです。
盤面を覆せない事を知りながら、詰まないよう、たとえゆっくりとでも。
今はわからずとも、歴史に名が残らなくとも、ただ未来に布石を打つ。
その為の地ならしこそがわたくしの立ち位置なのです。
先を見通せば、真っ暗な先に無理矢理に光明を探す様なものです。
諦念と嫌世が心を支配しそうです。
それでも、いえ、だからこそ。
かつて伝えた想いは誓いとなってこの胸に灯ります。
かつて誓った方がもう居ないからこそ、この想いは不滅なのです。
これはわたくしが他ならぬわたくし自身とした約束。
如何なる世になろうとて、この心だけは縛られはしません。
この約束こそが光明。
心に誓う事こそが約束なのですから。