シーン6:本当のエスペランサ
「・・・・・・」
ほとんど眠れなかった、楓のおかげで逃げないと誓えたのにもかかわらず。何故なら、昨日別れ際に頭をよぎった嫌な予感・・・それが頭から離れなかったからだ。
それでもいつもの様に支度を整え、眠気を訴える目を擦りながら学校へと向かった。
「麻人君!」
不意に届いたその声に、考える間も惜しむかの様に慌てて振り向く。
「おはようっ!珍しいね、遅刻ギリギリじゃないなんてさ?」
ニヤッと、からかうかの様な瞳でそう言った楓に対し、いつもならここで余計なお世話だと返しているところだが――今日は、何故かホッとして。
「おはよう、楓。今日も元気だね」
そんな、思わず楓が驚くような返事をした僕がいた。
「あ、麻人君!?何か悪い物でも食べたの!?」
さすがにそれは失礼だと思うのだけど、彼女がそう思うのも仕方ないのかもしれない。それほど僕の言葉は爽やかな優等生の挨拶そのものだった。
けれど・・・いつもと違うようで、それでもやはり流れる空気は同じ。その事に、不思議なほどに心が落ち着いたことを感じたのだった。
だが、それは唐突に訪れる。楓と一緒に昇降口で靴を脱いでいる時だった。
危険なことは分かっていた。
だけど、ここで尋ねなければいけない、そんな気がして。
しかし相手の方が一枚上手だった。
ずっと、どうするべきか考えていた。
すぐにそれが誰かであるかには、薄々ではあるけれど気付いていて。
だが、彼女のために黙っていた。
彼女なら、そう願うであろうと。
だから・・・ここでこうして、何故彼女を殺めたのかを問いただす事に決めた。
結局、その真意を知ることは出来なかったけれど・・・でも、彼女はこんな自分を責めないだろう。
きっと、笑顔を向けてくれるだろう・・・今度こそ、ほかの誰でもない自分に―――
「麻人君?どうしたの?」
靴を脱いだ格好のままで急に立ちすくんでしまった僕を、下から覗きこむ楓。
しかし僕の引きつった表情からすぐに事を呑み込んだのか尋ねてくる。
「まさか・・・何か見えたの!?」
僕は、すぐに頷いた。
「場所は!?」
「たぶん、どこかの棟の屋上・・・」
そう、屋上ということだけはすぐに分かったものの学校の屋上など何処も似通っていて、どの棟の屋上なのかは分からない。たった10分でその全てを回ることなど出来るはずも無いだろう・・・だから、一刻も早くその棟がどこなのかを割り出さなければいけないのだ。
しかし、エスペランサによって見えた景色だけではあまりに情報に欠ける。
そして焦る気持ちが高まるほどに、混乱は増すばかりだった。
「麻人君、落ち着いて」
そんな時、楓の妙に冷静な声が耳に届く。
「慌てないで、一つずつゆっくり整理しましょ?」
そうだ、慌てたって考えがまとまるわけは無い。時間が無いからこそ、冷静に・・・そして的確に情報をまとめなくては。
「まず、誰だった?」
「えっと、あの人は・・・徳永先輩だ」
「徳永先輩!?また、生徒会の役員なの・・・?」
驚く楓。しかし、すぐに頭を振って言葉を続ける。
「今はそれよりも、ほかに場所の情報は何か無い?何か聞こえたとか、見えたとか」
残念ながら、見えるだけで聞こえることは無い。いや、聞こえたと言えば聞こえた――命の灯が消えようという時の徳永先輩の最後の想い・・・それは切ないほどに。
しかし、その想いの意味は僕には分からない。
そしてそれもやはり、場所を特定するには至らなかった。エスペランサによって見せられた未来の手がかりは少ない。
だけど、何かがあった――何か心の片隅に引っかかるものが。
なんだろう・・・?
「屋上か・・・なんかまるで・・・」
まるで?
まるで何だと言うのだ?
しかし、楓のその言葉が僕の心に引っかかっていたものを紐解いた。
「それだ!」
「えっ!?」
確信は無い。
しかし、僕には何故かそう思えて。
ダッ!
「ちょ、ちょっと!麻人君っ!?」
楓に説明する間も惜しむかのように走り出す。
――間に合うか?
場所は・・・朝倉先輩が殺されたのと同じ、僕らの教室のあるこの棟の屋上だ。しかし、場所を割り出すのに結構時間が掛かってしまった。しかもこの棟の構造の厄介なこと厄介なこと・・・1~3階は生徒の教室で、4階は職員室、5階は図書館。さらに6階に自由教室とコンピュータールーム。
歴史のある古い学校なのが災いし、増築に増築を重ねたものだからその構造はめちゃくちゃなんだ。それだけの階がありながらエレベーターも無い。階段で屋上まで駆け上るのには、結構時間が掛かってしまう。しかも、棟を絞り込むのにいくらかの時間を費やして。
昇降口からでは間に合うわけはない、それでも僕はなりふり構わず全力で階段を駆け上がった。
「はぁはぁ・・・っ!!」
見えた、あのドアを開ければ屋上だ。
昇降口から屋上まで走って向かっていたことにより額を伝い零れ落ちる汗、でもそれを拭うことなんてせず、ドアノブを握る。
そして―――
「・・・・・・誰もいない?」
屋上には、誰もいなかった。風すら全く吹いておらず、不気味なほどに静まり返るのみ。
「そんな馬鹿な!?」
だがその理由にすぐ気付く。そして、おそるおそる腕時計に目を向けた。
「・・・10分、とっくに経ってた・・・・・・っ!」
耳を澄ますと、階下からいくつもの悲鳴が聞こえてきていた――。
「はあはあ・・・ちょ・・・私、あんまり運動は・・・!」
必死で僕の後を追っていた楓。しかし、それほど運動の得意ではない彼女にとって、全速力で階段を駆け登る僕についていくのは困難なことであり、置いていかれている。
そして膝に手をやって息をついている彼女に声を掛ける人がいた。
「鈴鳴・・・?もうホームルームの始まる時間だぞ、こんなところで何やっているんだ?」
「あ、高坂先生・・・・・・」
そこはちょうど職員室の前、高坂先生が扉を開けて出てきたところだった。先生も多少汗を搔いていたが、それよりもやけに疲労を見せている楓を見て遅刻しそうで走ってきたのかと思ったのだろう、先生は笑いながら言う。
「早く教室に戻らないと欠席扱いにするからな?」
「ま、待ってください!麻人君を追わないと・・・」
そんな切羽詰った物言いの楓を見て少し眉間に皺を寄せる。そして心配そうに尋ねた。
「霧島がどうかしたのか?」
その時、職員室の中から高坂先生を呼ぶ、叫びにも似た声が聞こえる。
「高坂先生!大変です!」
「なんだ、どうした?」
声の調子からただ事ではないと判断したのだろう、高坂先生の声も真剣そのものだった。
「実は・・・!」
それで楓も10分が経過していたことを感じ取ったのだろう。半ばうな垂れたようにして、階段をまた登っていく。そんな折、ふと気づいたことがあった。
「あれ、今・・・どうして?」
慌てて後ろを振り向いた。だが、そこにはもう誰の姿もない。しかし、楓が見たものは決して幻ではない。彼女は驚愕の表情を浮かべ、ふらふらと歩を進めることを再開した。
「・・・アリバイ、ですか?」
再び生徒会室に集められた役員の面々。
僕と楓は前回同様に(授業をサボって、というおまけ付きではあるが)耳を澄まし取調べを盗み聞きしている。そして尋問するは、当然島崎警部。
「まず、和屋君」
「・・・はい。僕は、いつものように教室で今日の授業の予習をしていました」
「証明できるかい?」
そう警部が尋ねると、和屋先輩は蓮理さんの方を向く。
「クラスメイトなら・・・」
「ええ、それは私が保証しますわ」
蓮理さんが保証するのか、なら間違いない。
すると警部は頷いて。
「そうか、では質問を変えよう。何か、徳永君が恨まれることか何かに覚えは無いか?」
「確かに充は言葉が少ないから、他人に勘違いされて恨みを買うようなこともいくつかはありましたけど・・・」
・・・和屋先輩と徳永先輩は親しかったのだろう、名前で呼び合うほどに。
そして一呼吸置いて、先輩は強い口調になった。
「それでも、あんなにいいやつは他にいません!あんなに真っ直ぐで裏表の無いやつなんて・・・!」
ものすごく悔しそうに言う和屋先輩。そして、意を決したように言葉を続ける。
「それから・・・充は朝倉さんが好きだったんです」
「な、何!?」
そうだったのか。だから、この間の取調べの時はあんな風に答えていたんだ。
「・・・なんで、こう次から次へと殺されるんだろう?」
不意に楓が呟いた。悔しそうに、けれどそれだけではなく。
「え?」
「たぶん徳永先輩は相川先輩がしたように、犯人に自首を勧めたのよ」
「?」
「犯人は朝倉先輩の恋人で間違いないわ。だから、相川先輩も徳永先輩も自首という形を取るように犯人に迫った。朝倉先輩なら、きっとそう望むだろう・・・そう信じて」
「・・・」
楓はどこまで真相に迫っているのだろう。ひょっとしたら、もう全部分かっているのではなかろうか?だからこそとても辛そうに・・・そして、だからこそ逆に分からないといった表情になっているのかもしれない。
「なのに、なのに・・・・・・っ!」
押し殺したかのような言葉。拳を握り、わなわなと震えている。
しかし僕にはさっぱり分からない。
「相川先輩が犯人に気付くのはともかく、徳永先輩がどうして?」
「それは、蓮理さんが話すわ」
「・・・?」
そう言われ、再び生徒会室の中に耳を澄ます。
すると、ちょうど蓮理さんがその事を話し始めた。
「おそらく、徳永君は犯人に自首を勧めたのですわ」
「何?どうやって彼に犯人が分かったと?」
「犯人は朝倉さんの恋人なのでしょう?それでしたら話は簡単です」
「?」
蓮理さんの言ったことの意味が分からないのか、警部は首を傾げる。それを見た彼女は溜め息混じりに続けた。
「・・・ふぅ、恋愛沙汰に疎いお兄様には理解しかねるかもしれませんけれども、基本的に男も女も好きな方を目で追ってしまうものなのですわ」
「・・・だから?」
「まだお分かりにならなくて?」
よりいっそう首を傾げる警部。自分の兄のあまりの鈍さに、より深い溜め息をついた蓮理さん・・・ごめんなさい、僕も分かりません。
「・・・分からん」
警部はもう、うなるほどに悩んでしまっている。
蓮理さんが呆れながらも説明しようとした時、口を開いた奴がいた・・・僕がこんな言い方する時点でそれが誰なのかはお分かりかもしれないけれど。
「つまりこういうことだろう?徳永先輩は好意を寄せていた朝倉先輩をいつも見つめていた。だからこそ、彼女の視線の先に誰がいるかという事に気付いてしまった、と」
「あ・・・っ!」
つい出てしまった感嘆の声に、僕は慌てて自分の口を塞ぐ。
そうか、そういうことか。
「やるわね、城ヶ崎・・・」
かつて城ヶ崎に口説かれたことのある楓がそう呟く・・・ちなみに、彼女はそれが伝説になるほど、こっぴどく城ヶ崎を振ったそうだが。
それはともかく城ヶ崎の言ったことに間違いは無いのだろう、蓮理さんもそれ以上何も言わなかった。
そして納得した警部は尋問を再開する。
「では、君のアリバイはどうかな、篠塚さん?」
「アリバイも何も、今週は私が当番でしたからチャイムが鳴る直前まで校門で挨拶をしていました」
そうだったな、そういえば。
高校にもかかわらず、校門前に生徒会役員が立って挨拶をする、という伝統があるんだ。中学校ならともかく、高校でねぇ・・・
「そうか、じゃあ君にはたくさんの証人がいるわけだな」
「そもそも犯人は朝倉先輩の恋人なのだから、男に決まっているだろう?」
こういう事にはやたら口を挟むな、城ヶ崎の奴。さすがは女好きの変態として有名人になるだけのことはある。
「そういう君はどうなのかな?」
それに対し、少しだけイラついたような声になる島崎警部の気持ちも分かる。しかし城ヶ崎は全く動じた様子は無く、いつものように自信に満ちた声で答えた。
「残念だが、そんな暇があったら俺は女の子のために薔薇を注文しているな」
・・・こいつなら本当にやりかねん(っていうか、やってるらしい)。
と、こんな感じで取り調べは進んでいった。
結局、生徒会役員には全員アリバイがあった・・・城ヶ崎はアリバイ以前の問題だが。
僕は首を捻った。
「しかし、こうなるともう誰が犯人だか・・・」
「・・・いるのよ、たった一人だけアリバイがなければ、動機もあるかもしれない人が・・・ほとんどカンで、はっきりしてないけれど」
「なんだって?」
突然の楓の言葉に驚いた。それはつまり犯人がほとんど絞れている、事件は解決するかもしれないということ。
しかし、彼女の表情は重い。なんとも苦しい物言いで。
「でも、その人を信じたい。証拠だって無いし、今はまだ・・・っ!」
心痛な面持ちで振り絞るように言った。楓がここまで言う人物って、一体?
知りたい・・・いや、教えてもらって島崎警部たちにも話さなくてはいけないだろう、それがたとえ誰であれ。
その僕の心情を察したのだろう、楓が申し訳無さそうに言う。
「ゴメンね、麻人君。今はまだ・・・言えない」
そう言った楓は今にも泣きそうに見えて。彼女のこんな顔は初めて見た。
泣いている楓を見たことはあるけれど、これは違う。こんなにも辛そうな、こんなにも苦しそうな。
だから、これ以上僕には追求出来ない。
「うん、分かった」
・・・この時、無理にでも問い詰めておけば良かったのだ。
「・・・・・・あれ?」
放課後。
バイト料も入ったばかりだし、たまには楓に好きなケーキでも奢ってやろうと思ったのだが。
「ねえ、楓は?」
「鈴鳴さん?さあ・・・さっきまではいたと思うんだけど・・・」
教室内には楓の姿は無い。
いつも彼女と仲良くしている子も、楓の行方を知らないと言う。
「・・・・・・?」
いつもなら、そのまま気にせず帰っているだろう。
しかし、この日は何故か胸騒ぎが収まらずに、そのまま教室に残っていたんだ。
日が暮れた。夏はまだとはいえ、日は長くなってきているために結構な時間だ。すでに何度か見回りの先生に早く帰るよう注意を受けもした。
しかし、まだ楓は戻ってこない。荷物は置いたままだから学校にいるはずなのだけど。
・・・なんだろう?
冷や汗が止まらない。嫌な予感ばかりが頭をよぎる。
それを振り払わんというばかりに、僕は教室を出ようとする。
だが・・・・・・その時、だった。
・・・信じたかった。
自分が、最も尊敬する人物。
いくつもの相談にも乗ってくれた。
優しい人。笑顔の似合う人。
この人を見て、自分の夢が決まった。
―――なのに。
なんて自分勝手で、わがままな人だったんだろう。
今だって、きっとこの人なら分かってくれる・・・そう思って。
全て、裏切られた。だけど――
ごめん・・・麻人君。
約束、破っちゃったね。
私こそ、裏切っちゃったね。
だけど、これだけは聞いて欲しいな。
今までありがとう・・・
ずっと楽しかった。
ずっと嬉しかった。
ずっと、好きだった
さよなら――――――――――。
「楓!?」
その姿は、紛れも無く楓だった。
エスペランサが見せたのは楓の命の灯が消え行く姿・・・最悪の、未来。
「ふざけるな!」
僕は教室を飛び出して走った。行く先など自分でも分からない。
ただ、本能の赴くままに全力で。何の根拠もなく、感じるままに。
―――楓の元へ、と。
何分が経過したのか?
無我夢中で走っている僕に、それが分かるはずも無く。ひたすら走り続けていたその時。
「―――こっちよ、急いで」
誰かの声が聞こえた。どこかで聞いたことのあるような、少し幼さを感じる声。
けれども、それが誰のものなのかを考えている暇は無い。当然、その声を疑うことも。
「そう、こっち」
声の指示するままに、走り続ける。かなりの距離があったけれども、休む事無く、疲労を訴える足の悲鳴も無視して。
「楓ーーーーっ!」
そう叫んだ、その時。
鈍い音と、何かが落ちる音・・・いや、人が倒れる音が僕の耳に届いた。
「そこの部屋よ!」
「!」
声の主がそう言う先にあったのは生徒会室。
ガラッ!
僕は躊躇無しに勢いよく扉を開いた。
「!?」
中には楓の他に、もう一人いた。その手には何か棒状のもの。
ダダッ!
その人物は僕が部屋に飛び込んで行くと、すぐに脱兎のごとく生徒会室から飛び出して行った。それが犯人――そのことは火を見るよりも明らかだったけれども、それどころではない。
「楓っ!?」
倒れていた楓に駆け寄り、抱き起こす。
「しっかりして、楓!」
そう声を掛けるも、手をだらんと垂らした彼女から返事は無い。
「楓・・・楓っ!」
二度、三度名前を呼ぶも、目を閉じたままの楓からはやはり返事は無かった。
そして・・・ぬるり。
「!?」
楓の頭を支えていた僕の手を生温かいものが伝う。
「血!?」
楓の頭から流れていた、真っ赤な血。僕の手から零れ、ボタボタと床を染める。
「そんな・・・楓!?」
遅かった・・・そう思った―――けれど。
「何をぼさっとしているの!?早く救急車を呼びなさい!」
その声で我に帰った。
そうだ、まだ楓は弱々しいけれど確かに息をしている。助かるかもしれないんだ!
僕は、ポケットに入れていた携帯電話を取り出す。本来こういうものは好きではないのだけれど、楓が無理やり僕に持つよう命令したのだ。それが、こういう形で役に立つとは。
急いで救急車を呼ぶ。そして少しでも早く治療が出来るよう、楓を門の前まで背負って行った。
その間、返事は無くとも彼女の名前を呼び続けながら。
僕が出来ることは数少ない。それでも・・・何が何でも、楓を救いたいと思ったから。
だから・・・・・・だから、僕は―――――
「そう。それでいいの。たとえ微力でも、誰かのために出来る限りのことをしようとする強い想い。それが・・・奇跡を起こす。それこそが、人間に与えられた最も尊い力。神様には無い、成長するための力。どんな魔法よりも、素敵な力。神様が羨むほどの力なの、それを忘れないで。私が与えたエスペランサは、ただのきっかけに過ぎない。本当のエスペランサは、あなたたち自身の内にあるのよ―――」
ピッ、ピッ、ピッ・・・
静かな室内に、心電図の心拍を表す音だけが無機質に響く。
室内には僕、楓の両親、島崎警部に蓮理さん・・・そしてベッドに横たわり呼吸器を付けられている楓。
「今夜が峠でしょう」
そう手術をした医師は感情の無い声で言っていた。
真夜中。もう時間的には峠の時間。
楓の生死はこの時間で決まる。
「おじさん、おばさん。警部に蓮理さんも、ちょっと」
「?」
だけど、僕はこれっぽっちも疑ってはいない・・・いつもの日常を。
「・・・本気か?」
楓が笑顔で僕を蹴り飛ばす日々を。
何だかんだ言って二人で笑い合える日々を。
そして、一緒に生きていく日々を。
―――だから、僕は勝負に出た。
薄々と気付きかけてはいたが、心のどこかで否定していた犯人に対して。
楓を傷付けたんだ、もう容赦はしない。
「分かりましたわ。お兄様、彼の仰る通りにしましょう」
普段のその人がどれだけの人格者か・・・そんなことは関係ない。
どれだけの恩があっても、それに勝る罪を犯したんだ。
「準備は出来た。本来なら一般人にこんなことを任せては駄目だが・・・おまえを信じよう」
勝負だ。
誰にも邪魔はさせない。
「霧島君、お気を付けて」
僕とあなたの、一対一の。何があなたをここまでさせたのか、絶対に問いただしてやる。そして、罪を償わせてやる。
だから僕はそこに一人で向かった。
犯人と、戦うために―――――。




