シーン3:終わらない悪夢
確かに、そう思われても仕方がない。
あの現場に一番に駆けつけたのは僕だ。
それも、爆発の起こる直前。
未来が見えた――そんなこと、信じてもらえるはずもない。
何が言いたいのかというと、つまり僕は容疑者になってしまったのだ。
「だから、麻人君は必死で火を消そうとしてたんです!犯人のはずが無いじゃないですか!」
そんな僕を一生懸命弁明してくれている楓。
しかし、肝心の僕が下を向いたままだんまりでは、疑いが晴れるはずもなく。
楓の弁護もむなしく、僕は警察署へと連行されてしまった。
「相川 巴。この名前に覚えは?」
そう言われて記憶の端をつつく。
一応知ってはいるが、こういう場合は知り合いかどうか、ということだ。
それならば全くもって面識は無い。
「無いですね、全く」
僕がさらりとそう答えると、少しだけ怒ったかのように大きな体の取調官は言う。
「本当か?」
そのあまりに僕を犯人と決め付けているかのような高圧的な態度に、さすがの僕もちょっとムカッとする。
「それ以前に、こうお腹が空いていたら何も考える気が起きないんですけど?」
と、少し挑発的に言ってみた。
「ちっ・・・いいだろう、ちょっと待ってろ」
そう言うと部下の人になにやら命令をする。
その僅か数分後。
「ほら、食え」
「・・・定番ですね」
「うるさい、いらんなら俺が食べるぞ!」
「食べますって、本当にお腹空いてるんだから」
目の前に置かれたのはカツ丼。そう、なんの変哲も無いカツ丼。
素敵なほどまさに絵に描いたというかのようなカツ丼中のカツ丼。
まさか取調室でお約束通りカツ丼を食べる日が来ようとは。
しかも、結構美味しいじゃないか。
しばらくして、僕が食べ終わったのを見るや否や、取調べの刑事さんは再び尋ねてくる。
「どうだ、何か思い出したろ?」
先ほどよりさらに睨みを利かせてきた。
この人はかなり鋭い目をしている、まだ若いのに一体どれだけの経験を積んでいるのだろうか。
しかし、それでも僕は犯人ではないのだからひるむことなど無い。
むしろ、余裕すら感じるほどだ。
・・・少しからかってやるか、僕のいたずら心がそこで顔を出した。
「ああ、そういえば」
「何か思い出したか!?」
しめしめ、いい感じで食いついた。
少し椅子から乗り出した刑事さんに向かい、僕はそっけなく口を開く。
「・・・生徒会の書記がそんな名前でしたね」
「っ!?」
まるでずっこけたかのような取調官。
よし。
「・・・って、これくらい調査済みですよね」
「こ、この・・・!」
掴みかからんばかりの形相。
しかし、ここでそうしたら僕の思うつぼだと思ったのか、なんとかこらえた。
ちぇっ、面白くない。
「じゃあ、朝倉 早紀。この名前には?」
「あれ、相川さんのことはいいんですか?」
「いいから、答えろ」
急に質問を変えられて、どこか引っかかる思いはしたが。
ここで逆らってもいいことは無いだろう、きちんと答えることにした。
だがしかし、今度は本当に知らない名前。
「う~ん・・・初めて聞く名前ですね・・・その人がどうかしたんですか?」
「い、いや、なんでもない・・・」
――なんでもないはず無いだろ。
「じゃあ、どうして聞くんですか!?」
ひょっとして、他の事件のことまで僕を疑っているのだろうか。
いいかげん、本気で腹が立ってきた。
これは任意同行のはずだ。
なのにここまでいろいろ疑われたらさすがに。
ちょっと仕返ししてやろうか・・・そう思った時。
ドクンッ!
「!?」
また、胸がざわめいた。
「ま、まさか・・・!?」
そう思った直後―――見えた。
全く予想だにしていなかった。
だから、対処など出来るはずも無く。
崩れ来る機材の山に、ただ埋もれるのみ。
悲鳴さえ上げる余裕など皆無。
激しい轟音とともに、視界は閉ざされ。
体中を余すところ無く走る激痛に意識は薄れ。
醜く歪んだ己の体は、感覚をも奪われ。
飛び散る血液に死を悟り。
走馬灯に映った姿は微かに微笑みーーちくしょう、もう一度あいつに会いたかった。
―――プツン、と、世界が終わった。
「そんな・・・今の・・・雄一・・・っ!?」
たった今、僕に見えたのは、雄一が無残にも死にゆく姿だった。
ガタンッ!
「おい、待て!」
思わずそこから飛び出そうとした僕だが、当然取り押さえられる。
「放せ!雄一が、雄一が!!!」
いきなり半狂乱になった僕の様子に、さすがの刑事さんも慌てた。
「落ち着け、何を言っている?」
「雄一が、今度は雄一が危ないんだ!」
「お、おい、暴れるな!」
押し問答で、時間は全く無意味に流れていった。
時計を見る。
何度、何度確認しても、10分は当の昔に経過していた。
ガクン、と。まるで糸を失った『マリオネット』のように。
そして、人前だと言うのに。
――涙が止まらなかった。
「ど、どうしたというんだ一体・・・?」
刑事さんは訳が分からないといった様子で。
先ほどからの僕の様子の急変に、さすがに動揺を隠せない。
その時、けたたましく扉がノックされた。
「どうした?」
僕のことが気になるも、無視するわけにいかず答える。
だが、その直後彼の顔は色を変えた。
「な・・・!?また、だと!?」
僕には分かっていた。
だから刑事さんの背中に向かって言ってやる。
「また死人が出たんでしょ?」
「!?」
この言葉に目を丸くして向き直る。
僕は半ば諦めたように続けた。
「死んだのは山下雄一、場所は舞台裏・・・間違っていますか?」
この一言で取り調べがさらに長引くことになったのは、言うまでも無いだろう。
「本当に、見えたと言うんだな?」
「はい」
親友の死に、もうどうでもよくなってしまっていた僕は、何もかも全てを白状してしまった。
当然、刑事さんは僕のことを『頭が狂った奴』と思うだろう。
・・・しかし、彼の反応は予想したものとはまるで違った。
「分かった。疑ってすまなかったな、帰っていいぞ。ああ、ちゃんと送らせるから」
「・・・は?」
今度は僕が驚く番だった。
「し、信じるんですか?こんな突拍子も無い話を?」
自分で言ってりゃ世話ないが・・・だけどよりにもよって一課の刑事がこんな話を信じるなんて。
「俺を馬鹿にするな。お前が嘘をついているかいないかくらい、目を見れば分かる」
「・・・・・・」
「ま、例えそれが妄想に過ぎなかろうが、な」
「は、はあ・・・」
どうやら、僕の言ったことを完全に信じたわけではなさそうだ。
代わりに、僕自身を信用してくれた、そう言ってもいいのかもしれない。
「容疑者であることには変わりないがな」
だがここである大切なことに気付く。
そうだよ、それは当然じゃないか。
「・・・ちょっと待ってください。僕が容疑者、ということは」
なんで今まで普通に取り調べられていて気付かなかったのか。
「事故じゃないんですか?」
そう、事故だったら、容疑者扱いなんてされるはずが無い。
「・・・何を今更」
あきれられるのも致し方ない。
刑事さんはため息混じりに肘を付いて言う。
「おまえな、見えたんじゃないのか?」
「そうですけど・・・その原因までは見えなくて・・・」
結構効率の悪い力なのかもしれない、このエスペランサというものは。
仕方ないな、というように説明を始める刑事さん。
この人、結構いい人かもしれない。
「相川巴は、何者かに呼び出されたのだそうだ」
「・・・んな露骨な」
「確かにな。しかし、だ。それが誰かははっきりとしない。手紙で呼び出された上、彼女はその相手が分かっていたのか、それを隠すかのようにして教室を出て行ったんだそうだ」
「・・・それだけ分かってて犯人が分からないんですか?」
呼び出した相手を相川さんが知っていたと言うのなら、彼女の身辺捜査をすればすぐにそれが誰なのか分かりそうなものだけど。
そう呆れた様に言った僕に少し怒ったようだ。
「ああ、全く。手紙も残ってなけりゃ、それらしい人物も理由らしい理由も見当たらない・・・ただ一つを除いては、な」
「何ですか?」
「・・・極秘だ」
くっ、ここまで引っ張っておいてそれは無いじゃないか。
こっちは頭を心配されることを承知でエスペランサのことを白状したのに。
悔しいからどうにかしてそれを聞き出そうと。
「ひょっとして昨日の自殺は実は殺人で、殺されたのは朝倉早紀さん。それで相川巴さんはその親友だった・・・とか?」
口からでまかせ、自分でも笑ってしまうほど適当だ。
そんな都合いいことなんてあるはずが・・・
「な、なんでそれを・・・・・・っ!?」
―――マジか。
じゃあ何か?
相川さんは犯人からの呼び出しに応じて話し合いに行って、殺されたっていうのか?
「おそらく、そうだろうな」
いい加減にしてくれ。
相川さんは犯人が分かっていて、説得でもしようと?
「ああ、俺たちはその線で調べている」
何なんだ、この三流推理モノみたいな展開は。
あまりに馬鹿げた展開に、思わず頭を抱えた。
・・・しかし、そこで。
「あれ・・・でも、雄一は?」
雄一とはつながりなどあるのか?
相川さんと朝倉さんは三年生だ、知り合う機会などなかなか無い。
そもそも知り合ったなら、あいつのことだから自慢するだろう。
事実、雄一は今朝『知り合いかもしれない』と言った。それが本当に朝倉さんのことだったのかも怪しいくらいだ。
なら、部活か?
「その二人は、部活動はどうしてたんですか?」
「相川巴の方は生徒会の活動で部活どころではなかったそうだ。朝倉早紀は・・・特に部活動はしていないな。俗に言う帰宅部というやつだ」
「そうですか・・・」
雄一は演劇部。
したがって、この点でも共通点は無い。
そんな風に二人して悩んでいると、再び扉がノックされる。
「・・・どうやら、今度も事故ではないようだ。崩れた機材を結んでいたはずの縄に、切込みが入れてあったそうだ」
「・・・・・・」
雄一も『誰かに殺された』ということになる。
朝、確かに僕とあいつは会話していたのに。
「あいつは馬鹿だけど、人に恨みを買うような奴じゃありません!」
雄一のことを誰よりもよく知っている僕。
だからこれだけは、力強く言った。血が滲むほど、強く拳を握りしめながら。
・・・・・・救えなかった親友のことを。
「ああ、分かった」
そんな僕の様子を見て、優しく大人らしい声で言ってくれた。
「今日はすまなかったな」
「いえ・・・」
疲れとショックから元気の無い僕の肩をポン、と叩く刑事さん。
その瞳はとても刑事とは思えないほど穏やかなものだった。
「俺は島崎 孝太。これでも一応警部だ」
「はあ・・・若いのにすごいんですね」
「それほどでもないさ、七光りもあるし。ん、そういえばお前の高校って・・・ま、まぁ、割と権限はあるから、何かあったら連絡をくれ」
「・・・え?」
唐突なそれはなんとも意外な言葉。
そうやって僕が言葉の真意を測れずにいると、島崎警部は豪快に笑って言った。
「なに、ロクに調べもせずにお前を容疑者扱いしてしまったからな」
「はあ」
もう気にしていないのだが。
「それに・・・本当に不吉な未来が見えると言うのなら、お前にはこれから何度か世話になるかも知れんからな」
「・・・・・・はい」
いい加減にして欲しい。
これ以上何も起きないでほしい。
これ以上、悪夢は続かないで・・・
しかし僕がどんなに祈ろうと、まだまだ終わらないのだ。
まるでそれは、パンドラの箱の底に最後まで残っていたエスペランサを覆い隠すかのように。