シーン28:瞳の先(5)
どれほどそうしていたのかは分からない。
けれどそこはまだ肝試しコースの途中だったから、次のグループはおろかお姉ちゃんがまだ来ないところを見ると、それほど時間は経っていなかったのだろう。
だけど、それがとても大切な時間だったのは間違いなかった。
「ん?」
「どうしたん、兄様?」
「蓮理、怪我してるじゃないか」
その瞳は幼い光を灯しているけれど、やっと落ち着いてきた蓮理は膝をすりむいていた。
恥ずかしげながら、僕も余裕はなかったようで今更そのことに気付いたのだ。
「うに、ちょっと痛い」
「ほら見せてごらん……さっき転んだ時にすりむいたんだね」
どこか手当てしやすいところはないか、そう辺りを見回すと。
「あ、ここって」
「お稲荷さんや」
そう、全く気付かなかったがそこはまぎれもなく中継地点のお稲荷さんだったのだ。
そこに懐中電灯を向けると、ロウソクが四本あった。
それは、先の二つのグループが無事にここを通過していたことを示している。
「ちょうどいいや」
僕はミニ救急セットに何故か入っていたマッチを取り出し、それでロウソクに火をつけた。
光は淡く、けれどしっかりと周囲を照らしてくれる。
「よし、これで傷がよく見える。さ、蓮理。そこに座って」
「……兄様」
「ん?」
振り向いた先で蓮理は、その場に座り込んだままで両手をこちらに伸ばしていた。
「どうしたの? そこじゃ暗くて手当てできないよ?」
「立てへんよ?」
自分でもそれがどうしてなのか分からないようで、首を傾げていた。
そういえば、そもそも転んだのは腰が抜けたからだったっけ。
「はは、仕方ないな」
そして何故彼女が両手を差し出していたのかも、同時に気付いた。
昔、さぎりがよくしていた……抱っこして、のポーズだ。
歩き疲れた時とかに必ずと言ってもいいほどしていたから、見慣れた格好である。
僕は苦笑いをして、普段ならば蓮理を抱き上げるなんて、恥ずかしくてとても出来ないのだけど、今の彼女は妹……それも歳の離れた、なのだからそれは当然のように。
「よっ、と。軽いなー、蓮理」
「だってうち、兄様と違って“おしとやか”やもーん」
「あはは、そっか」
幼児退行とはよく言ったものだが、そうではなくてこれが本来の彼女なのではないか……そう思えてならない。
家族に甘える――ずっと、本当に長い間、したかったであろうこと。
だから今の彼女の表情は、とても安らいだ笑顔だった。
「ちょっと染みるけど、我慢してね」
「痛いの嫌や」
「そんなこと言うと、今日のおやつ無しだよ?」
「あーん兄様、勘弁して~」
我ながら妹の扱いには慣れたもので、稲荷の階段状になっている所に蓮理を降ろして手当てを始める。
ところが、その間も彼女はずっと僕の服を掴んで離そうとしない。
それでは手当てはしにくいのだけど、僕は振りほどく事無く、そのままにして手当てをしていた。
「……なあ、兄様?」
「ん、何?」
「兄様、優しいな」
蓮理は唐突にそう言った。
あまりに唐突だったけど、僕は彼女の手当てを続けながら答える。
「そう?」
「うん、優しい。うちがわがまま言っても、怒らずに甘えさせてくれるもん」
僕は手当てを続けているから蓮理の表情は見えなかったが、何故かそう言った声はどこか寂しげに……いや、切なげに聞こえた。
だから僕は、彼女を本当の妹であるかのように思って答える。
「それは、蓮理のことが大好きだからだよ」
「え?」
蓮理は僕の言葉の意味が分からないようだった。
僕は手当てを続けながら、しかし微笑んで言う。
「それが家族であれ、何であれ……大好きな人にわがままを言われたり甘えられたりするのは不思議なことに嬉しいものなんだ。損得なんていう単純なものじゃなくて……僕もよく分からないけど、その人も自分を大好きなんだと心で感じられるから、かな? あはは、うまく言えないや。でも、それは優しいとかじゃなくてさ、やっぱり蓮理が大好きだからなんだよ。それは間違いない。だから、もっと甘えてくれていいよ……さすがに年がら年中、とかはちょっと困るけどね」
少しだけ、間が空いた。
「うん……優しいね、兄様」
「?」
分かっているのかいないのか……いや、確かに自分でも何を言っているのかよく分からなかったけれど、蓮理は何度も優しいという言葉を繰り返し、嬉しそうに頷いていた。
「……やっぱり、諦め切れませんわ」
「え、何?」
不意に蓮理がボソッと呟いた言葉は聞き取れなかった。




