シーン25:瞳の先(2)
「蓮理さん、待って!」
「っ!」
蓮理さんは声にならない声を上げながら走り続ける。
目的地なんてあるはずも無い、ひたすら恐怖から逃げるためだけに走り続けているのだ。
走り続けていればどこか明るい所に出られると思っているのか、それとも“何か”から逃げようとしているのかは分からないけれど。
「はあっ、はあっ! くそっ、速い!」
蓮理さんの足が速いのは知っている。
けど今は夜で足元はよく見えないし、正気も失っている。
その上さらに彼女は真っ直ぐ走れておらず、右へ左へとブレながら走っているのだ。
逆に僕は懐中電灯という灯りを持ち、理性がある上に男だ。
普通ならば……いや、いくら蓮理さんの運動能力が人並み外れていようとも追いつけると思っていたのだ。
ところが、その距離は縮まるところか少しずつ開いていっている。
僕の足が遅いわけではない。
むしろ前に説明したとおり平均よりは上だ。
だのに――
「み、見失うっ!?」
懐中電灯の光の届く範囲で目視できる限界ギリギリだった。
もう蓮理さんの後ろ姿は目を凝らしてやっと確認できるくらいで。
博也さんの言葉を思い出す。
“迷ったら二度と出てこれないかもしれない”
それだけではない、食事の席などでも言っていた……この島にはところどころ崖や深い川があって、グループ管理下になるまでは行方不明者が出たこともある、と。
だから博也さんも仕掛けは普通の大人ならばただの余興で済んでしまうものにしている。
もちろん僕らが混乱して道から外れることが無いように、だろう。
だが、蓮理さんは博也さんの予想を越えていた。
普通の人は恐怖に直面したとき、それが些細なものならば身がすくみその場に留まるなり、悲鳴を上げて座り込む程度だろう。
しかし人間というものは極限状態に至ると何をしでかすか分からない。
よく耳にするものに、本当の恐怖に会ったときに泣くでも喚くでもなくただ笑ってしまう、というものがある。
つまり、常識で考えられる反応と相反しているのだ。
そう考えると蓮理さんが走り出したのにも納得がいく。
ある程度までの恐怖までならば僕にしがみつくなりなんなりして、恐怖から逃れようとしていた。
だが極限を越えたその時、それとは逆に僕から離れて、より恐怖をあおるはずの完全なる暗闇の奥へと向かっていってしまったのだ。
もしこのまま彼女を見失ってしまったら……。
ふと、蓮理さんが笑顔でキツイことを言っている姿が浮かんで。
そして消えそうに――
「諦めないで!」
聞こえた声。
前にもどこかで聞いたような、幼さの残るその声。
「まだ、彼女はそこにいるでしょう!?」
そうだ。
まだ蓮理さんは走り続けているんだ。
消えてなどいない。
かすかにだけど、彼女の後ろ姿は確かに。
いる。まだ、間に合う。
そう、諦めない限り。
最後の最後まで――
「――希望は、残ってる!」
二つの声が重なった、その時。
「ひぁっ!?」
不幸中の幸いか初めて役に立った……博也さんの仕掛けが、だ。
蓮理さんの駆ける眼前に、突如現れた白いシーツで覆われたデク人形。
完全に不意だったのだろう、蓮理さんはそれで腰が抜けてしまったようで、走る勢いのまま思いっきり転んでしまった。
「蓮理さん!」
すぐに起き上がらない彼女の元へと慌てて駆け寄る。
そして、保護というと聞こえは悪いが、これでもう大丈夫だ。
ホッとして転んだままの蓮理さんをゆっくり抱き起こした。
「……ほら、なんとかなった。こんなこと言うと非現実的って思われるかもしれないけど、っていうか私自身が非現実的だけどね、諦めなければ希望は消えたりしないのよ。だってね、希望は最後の最後まで残っているものなのだから――たとえ、それがどんなにチャチでボロくさい小箱の底だとしても」
◇
「大丈夫ですか、蓮理さん?」
黙ったままの蓮理さんにそっと尋ねる……もちろん、脅かさないためだ。
しかし蓮理さんは無言でうつむいたまま。
「蓮理さん?」
もう一度、名前を呼んだ。
震えもなかったので、ひょっとすると頭でも打って気を失っているかもしれない、そう思ったのだが。
「う……」
反応があった。
どうやら意識はあるようで、もう一度名前を呼んでみようと試みる。
「蓮理さ……」
だが、それは予想もしないことによって阻まれるのだ。
「うわああぁ~~んっ!」
「!?」
突然の大泣き、まるで幼い子供がするような。
大粒の涙をボロボロこぼしながら、こちらが耳を塞がざるを得ないほどに激しく泣きじゃくった。
「れ、蓮理さんっ!?」
「うわああぁぁ~~んっ!」
「れ、蓮理さん! もう大丈夫だから落ち着いて……」
頭が割れそうなほど激しい泣き声。
手のつけようがない、それはまさにこのことだった。
「お願いだから落ち着い……」
「もう嫌や~っ! うち、家に帰りたい~~っっ!」
「……はい?」




