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パンドラの箱 ~黄昏に踊る鎮魂歌~  作者: るびん
Episode2:Pray of Marionette
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シーン24:瞳の先(1)

 

「あぅあぅあぅ……」


 この情けない言葉にならないような台詞が誰のものだかお分かりだろうか?

 何を隠そう、蓮理さんだ。あのいつも冷静で強気で聡明で、これ以上完璧な人は見たことが無いというくらいのパーフェクトな蓮理さんだ。

 その彼女が、とてもお見せ出来ない程に瞳を涙で満たし、しまりの無い口元を僕らにさらけ出している。


 僕にしがみついたままガタガタと震えは止まらず、すでに支え無しに立っていることすらもままならない。

 それはまるで幼子そのもので、僕とお姉ちゃんが大丈夫だといくら言ってもぶんぶん首を振って泣きついてくる。


「れ、蓮理さん。全部博也さんの仕掛けた人工的なものですから、怖がることは無いんですよ?」


 ここまで至るにいくつもあった肝試しの仕掛けに、論理的思考を好む蓮理さんに合わせた励ましを試みた。


「……っ!」


 しかしやはり首をぶんぶん振って、もう声すら出ていない。

 今度は、反対側に回って蓮理さんを僕とで挟むようにしていたお姉ちゃんが優しく、そして力強く語り掛ける。


「蓮理、私たちを見て。どんなお化けが現れたって私たちがぶっとばすから大丈夫よ!」


 実にお姉ちゃんらしい励まし方だったのだけど、蓮理さんの怯え方は尋常ではなく目を固く閉じたままついにその足が止まってしまった。


「れ、蓮理さん……」

「これは、ただごとじゃないわね」

「え?」


 不意に、お姉ちゃんが気になる物言いをした。


「どういうこと?」


 その意味はまだまだ経験不足の若輩者である僕に分かるはずも無く、尋ねる。

 するとお姉ちゃんは真面目な表情で答えた。


「うん……あくまでも想像の範疇でしかないけど、きっと蓮理は過去に何かあったのよ」

「過去?」

「それが何なのかはこの子自身にしか分からないけど、たぶん間違いない。何かに怯えるってのは、確かにある程度誰にでもあるものよ。けれどここまで怯えるなんて、何らかの原因無くしてはまず有り得ないわ」

「原因……蓮理さんに?」

「ええ、おそらくは幼い頃にね。それがこの子の理性から何から全てを恐怖で支配してしまっている。その原因を取り除かないことには、どうしようもないわね」

「そんな……」


 蓮理さんの過去、彼女がそれを誰かに語ることなどあるはずも無く、したがってここまで怯える原因も分からない。

 それが分からないことには、それを取り除くなど出来るはずも無い、そして勝手に蓮理さんを完璧だと決め付けていたと初めて気付いた。

 いくら蓮理さんといえど、やはり普通となんら変わりの無い18の女の子なのだ。

 なのに、今こうして震え泣きながら自分にしがみついている彼女に何もしてやれない、それが無性に悔しくて仕方が無くて。


 だから、僕の口から出た言葉は。


「ごめん、蓮理さん」


 そんな、何も出来ない自分の無力さを謝罪するものだった。


「……?」


 その僕の言葉に、一瞬だけ蓮理さんの瞳に理性の光が戻った。

 なのだけど、次の瞬間それは再び色を失う。


 べちゃっ!


「ひっ!?」


 それは肝試しにはお約束ともいえる、こんにゃくだった。

 当然博也さんの仕掛けた一つであり、余興にしか過ぎない大人であれば笑い事で済んでしまうであろう子供じみた仕掛けだったのだが、今の蓮理さんにはそれでは済まない。


「い……いやあああぁぁっ!」

「蓮理さんっ!?」


 華奢な体のどこからそんな声を出すことが出来たのか分からないほどの、耳をつんざく大きな叫び声と共に。


「蓮理っ!? 待ちなさいっ!」


 脱兎のごとく暗闇の中へ一目散に駆け出してしまった。

 完全に正気を失っていて、僕らの静止の声は全く届いていない。


「や、やばいっ!」

「麻人、追い掛けなさいっ!」

「うんっ!」


 暗闇へ消えそうになる蓮理さんの後ろ姿を必死で追い出す。

 でも、お姉ちゃんをこの闇の中に一人放り出すことにも気が引けた。


「私は大丈夫だから、早くっ!」

「分かった!」


 お姉ちゃんは、自分の走る速度に合わせたら蓮理さんを見失ってしまうと思ったのか、僕が振り返るより早くそう急かす。

 だから僕は、とにかく蓮理さんを追い掛けることに専念したんだ。


 ◇


 暗い。

 覆う木々によって月明かりすら差さない漆黒。

 視界に入るのはひたすらの闇。

 情報は、耳に届く風に揺れた葉の擦れる音。

 生息しているであろう動物たちの息遣い。

 そして、自分自身の手と足の感覚。

 それだけが、確かに自分がここにいると伝える。

 いや、今はもう一つ。


「……そうか」


 “彼女”が伝えた。

 本人にその意識は無いかもしれない。

 だが、そういう命令を与えてあるのだ。

 だから自然にそれは届く。


 ――マリオネットが糸で操られるそのままに。


「いつからだろう」


 不意に木々の隙間から、まるで木漏れ日のように僅かに姿を見せた月明かり。

 それを、闇に慣れきっていた目を細めながら仰いでつぶやく。


「月を美しいと感じなくなったのは?」


 暗闇は、もう暗闇ではなかった。他のものにとっては暗闇であるのかもしれないが。

 しかし、“僕”にとっては今が昼間のように感じられるほど、はっきりすべてが見える。

 迷わず道を逸れた。

 いや、すでに逸れていることは疑うまでも無い。

 何故ならば……


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