シーン20:はじまりの足音(4)
「はい、あーん♪」
「ちょ、ちょっと神楽さん!?」
昼食の時間。
定番であるカレーライス(すごく美味しい)なんだけど、僕は楓とお姉ちゃんに挟まれている格好になっているから大変だ。
「あーら楓、どうかした?」
「どうかしたもなにも、なにやってるんですか!?」
完全にテンパッてる楓に対し、お姉ちゃんは余裕だ。
彼女の反応をいちいち面白がっている。
「見て分からない? 可愛い弟に、御飯を食べさせてるのよ」
「普通は姉弟でそんな風に食べさせません!」
「ふふん、楓ったら嫉妬? 私たちは姉弟なのよ?」
「う…………で、でも……」
とりあえず僕らが一緒にいたことと、ここにいる間は姉弟の関係でいることの説明はしたものの、今度はこれだ。
「ほらほら、どうしたの?」
「あうぁぅ……」
完全にお姉ちゃんに遊ばれている楓。さっきから、ずっとこうやっていじめられているのだ。
さすがにそろそろ助けてやらないと可哀相か、楓がお姉ちゃんを嫌いになっても困るし。
「ほらお姉ちゃん、そのくらいにしておかないとカレー冷めるよ?楓も……僕の分を少しあげるからさ、許してあげて」
「優しいわねー、麻人♪」
お姉ちゃんが笑顔で僕の頭を撫でた。いやいや、僕は高校生なんですけど。
「うぅ……ありがとう、麻人君。じゃあ、これだけもらうわ」
そう言って僕のカレーの大部分を持っていこうとする楓。って、ちょっと待て!
「と、取りすぎっ!」
「ふーんだ、私を腹ペコキャラにしたのは麻人君でしょー!」
ガツガツガツと、半ばヤケ気味に食べる楓。女の子ってストレスがたまるとよく食べるって聞くけど、どうやら彼女も多分に漏れないみたいだ。
というかカレーどうしよう……成長期にこれっぽっちじゃお腹空いてしまうんですが。
「あらあら……罪作りね、麻人ったら」
「これは完全にお姉ちゃんのせいだって……」
僕って常に女難の相が出ているんじゃなかろうか。
「ねーねー、私もお姉ちゃんって呼んでいい?」
そう目をキラキラさせてお姉ちゃんに尋ねたのは、さぎり。
まあ、僕の妹だからある意味それは必然だけど。
「もちろんよ。さぎり、あーん♪」
「あーん♪」
時々、こいつはホントに頭がいいのか疑わしくなる。
「……まるで家族ごっこですわね」
「ふふ。神楽のあんな表情、初めて見ました」
溜め息交じりの蓮理さんと、感慨深げなリディアさん。
さりげにリディアさんは髪が少し焦げてる……もちろん、瑠流ちゃんの仕業だ。
で、当の瑠流ちゃんはというと。
「まだズキズキするのです……」
「自業自得だろ、瑠流」
ビーチバレー決勝戦は、意外な形で幕を閉じた。
ことごとく攻撃がかわされる上に、人間離れした動きにさすがの瑠流ちゃんも徐々に追い詰められていく。
そこで瑠流ちゃんは最終兵器を取り出した。エネルギーを溜めただけで地響きがするという、とんでもないものだそうな。
さすがにそれを直接当てたら洒落にならないので、地面に向けて放った。だが、そのすさまじい爆風で辺りが何も見えなくなったのがいけなかった。
瑠流ちゃん自身ですら何も見えなくなったどころか、リディアさんも視界がふさがれてしまったのだ。
だからリディアさんの放ったアタックは意図せず、きょろきょろ彼女の姿を探していた瑠流ちゃんの後頭部を直撃。
いくら瑠流ちゃんといえど耐久力は普通の女の子と変わらないから、しばらく気絶していた。
よって、リディアさんの優勝となったわけだ……すごく申し訳無さそうにおろおろしてたけど。
「げほっ、げほっ!」
「ああほら、そんなに慌てて食べるから……はい、水。いくら好物だからってゆっくり食べなきゃ体に悪いよ?」
「すまんな、竹内……迷惑掛ける」
「気にしないでいいよ。私、世話焼くの好きだから」
「そ、そうか……」
望をかいがいしく世話する明菜、なんかいい感じだな……頑張れ。
「あ、こらっ!にんじんも食べなさい!」
「いいだろ、嫌いなんだから」
「駄目!ほら、小さく切ってあげたから食べる!」
「ちぇ、分かったよ……」
うーん、西村さんと有本さんのやりとり、対照的に見えるけど、どこか明菜と望に通ずるものがある気がするなあ。
「私たちは普通でいようね?」
「それは無理だと思うよ、姉さん」
「どうして?」
「だって、姉さん自体が普通じゃ無……痛い痛い、つねらないで」
香さんと優斗さん、この二人の関係は……なんだろう、すごく既視感が。
「何、麻人君?」
「い、いや、なんでもないよ……」
思わず未だ拗ねた様子でカレーをがっついていた楓をじっと見てしまった。
……だって、ねぇ?
「結構美味しいね、東」
「ああ。でも、百合の作ったカレーの方が美味しいけどな」
意外なことに、天外さんと白須谷さんは思ったよりいちゃついたりしていなかった。
さすがに命の危険を感じたのか、瑠流ちゃんの前では控えるようにしたみたいだ。
「こういう賑やかな食事も、悪くないですわね」
「ええ、本当に」
妙に仲良くなってしまった蓮理さんとリディアさん。
お互いに基本的に傍観者というか、見守る姿勢のところが共感できたのだろうか。
なんか落ち着いていて、それでいてのほほんとした空気が流れている。
「これは、バカンス終了後は仕事場にこもることになりそうね、ふふ……」
「せやな~、これだけ個性あるんばっかやと、次から次へネタが浮かんでくるなあ……」
どんな話を書く気なんだろう、二人の表情がすごく怖い。
どうやら如月さんと砂寺さんは小説について考えている時、こういうちょっと怖い笑い方をするみたいだ……気をつけましょう。
「みんな、食べながらでいいから聞いてくれるかな?」
頃合いを見て、博也さんが切り出す。
「この後の予定なんだけど、みんなはさっきまでみたいに浜で遊んでいてくれないかな? 危険なところには行かないように見ていてくれるよう明菜に頼んであるけど、あまり沖までは行かないようにお願い」
「博也さんは?」
「僕はちょっと夜の準備があってね、外させてもらうよ」
「夜の準備?」
はて、なんの準備だろう。しかも夜?
そんな風にみんな同じように首をかしげていると、明菜が口を開く。
「ふふ……夏の夜の風物詩といったら?」
「花火?」
「惜しいわね、さぎりちゃん。確かにそれもそうだけど、違うの」
そうすると、残るは一つな訳で。
「ひょっとして、肝試し?」
ガシャーンッ!
楓が答えるとほとんど同時に、食器が激しく落ちる音が聞こえた。
僕らはその音の方をそろって振り向く。
その先は、まさかの人物だった。
「……蓮理さん?」
「あ、あら私ったら……ご、ごめんあそばせ」
何かおかしい。
言葉遣いが少し違うし、いつものような自信に溢れた高圧的なものではない。
……えっと、これって。
「蓮理さん、ひょっとして……?」
「な、なんですの?あ……ええと……わ、私、食べ終わりましたことですし歯を磨いてきますわね!」
そう早口で告げると早々に立ち去ってしまった。
僕と楓はその姿を唖然として見送り、顔を見合わせる。
「ねえ、蓮理さんって……」
「あの蓮理さんが?まさか、ね……」
しかしさきほどの蓮理さんの慌てようは、それしか考えられないだろう。
…………ちょっとだけ、夜が楽しみになった。




