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パンドラの箱 ~黄昏に踊る鎮魂歌~  作者: るびん
Episode2:Pray of Marionette
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シーン18:はじまりの足音(2)

 背筋に電気が走った。僕にはその姿が想像出来てしまったからだ。

 かつて、人が焼け死ぬ様をエスペランサに見せられたことがある。

 それはとても残酷で、とても非情で。死にゆく際の、あの苦痛の表情。

 未だにそれは忘れられない。


 ――その悪夢を、神月さんも。


「突然行方不明になってね、捜索願を出して一週間もしないで見つかったわ。人気の無い、森の奥に埋められていたらしいの」


 まるで人事のように、いや、それをまるで物語のように語る神楽さん。

 その瞳は、どこを見ているのだろうか?

 その美しい笑顔ばかりで彩られている彼女は、何を思っているのだろうか?

 悲しいから? 悲しすぎて感覚が麻痺しているのか?

 神楽さんは、ずっと笑顔で語っている。


 酷く透明な笑顔、で。


「酷かったわ……顔の判別は愚か、骨までバラバラになっていて、”DNA鑑定”でやっと神月と分かったくらいなんだから」


 想像すら難いほどの事実。

 しかしその後の神楽さんの言葉は、切ないを通り越していた。


「だけどね、涙は出なかった」


 驚いた。

 最愛の弟さんが無残に亡くなったのに、どうして?

 僕が心底驚いていたのが神楽さんにも分かったのか、声を出さない微笑みを見せた。


「どうしてかしら……泣くよりも、笑ったのよね、私…………」

「え……?」


 笑う?

 どうして?

 こんなに悲しい事はほかに無いのに?


 だけど、その意味は神楽さんが続けた言葉で分かった。


「泣けなかった、と言う方が正しいかしら? だって、それが本当に神月かどうかなんて、書類でしか分からないのよ? あまりに馬鹿げているくらい非現実的過ぎてね、自分でもよく分からないけれど、どうしてか私は……ただ、笑っていた。そう、ひたすらに笑っていた」


 何故か、そう言った神楽さんの表情はあまりに悲愴に満ちていた。

 笑顔……彼女の美しい顔は、未だに笑顔のままなのに。

 僕は、こんなにも『悲しい笑顔』を見たことは無かったから――。


「ちょっ、ちょっと麻人っ!? なんで泣いてるのよ!?」

「…………?」


 指摘されて、初めて気付いた。

 いつの間にか、僕の目からは涙が零れ落ちていた――それはまるで、神楽さんの代わりに、とでも言うかのように。

 ぽろぽろ、ぽろぽろ……と。


「もう、男の子がそう簡単に泣かないでよね」


 少し困ったように微笑みながら、ポケットから取り出したハンカチで僕の涙を拭ってくれる。

 そのハンカチからは、とてもいい匂いがした。


「麻人は、神月と同じくらい優しい子なのね…………ありがとう」


 そう言った時の神楽さんの笑顔は、いつものそれだった。

 いや、ひょっとするといつもよりも眩しい。


「それからはね、親戚とかがギャアギャアうるさかったんだけど、鬱陶しいから全部無理矢理黙らせたわ」


 自慢げに胸を張った。

 そういえば、香さんが神楽さんの実力はすごいって言っていたっけ。


「ま……麻人だから正直に言うけど、ホントは一人だったらやばかったわ。でも、リディアがいてくれたからね。あの子が秘書の仕事から雑務から、まるで私がもう一人いるような働きっぷりを見せてくれたの。おかげさまで、今では軌道に乗ってこうして一休み出来るくらいにはなったわ。とはいえ、多少は仕事を持ってきてはいるのだけど」


 大げさに演技染みた溜め息をつく神楽さん。

 けれどその瞳は、向こうでみんなと遊んでいるリディアさんを見つめていた。

 余程信頼しているのだろう、それを見ただけでその思いが分かった。


「リディアさんがいてくれて、本当によかったですね」

「ホントにねぇ。一人だったら、仕事よりもまず……”孤独”に押しつぶされていたでしょうね」


 カラカラと笑った。

 なんか、こういうのっていいな、と思う。

 愛とか友情などではなく、けれど揺るぎない信頼のある不思議なつながり。

 それがあるから、神楽さんはいつも笑顔でいられるのだろう、きっと。


「……ね、麻人。ちょっとお願い聞いてくれるかしら?」


 そこまで話したところで、不意にそう問いかけられる。

 なんだろう、妙に瞳がキラキラと輝いていますよ?

 それを見た僕はどこか不安に駆られるけれど、それが断る理由になるはずも無く。


「はあ……僕に出来ることなら構いませんけれど?」


 僕がそう答えると、神楽さんはいたずらっぽく笑って。


「それじゃあ、ここにいる間だけでいいから、私の弟になってくれない?」

「…………はい?」


 あまりに突拍子の無い、無さ過ぎる。思わず僕は間抜け面で固まってしまう。

 しかし、当の神楽さんはなんとも楽しそうだ。


「決まり、決まりっ♪ さあ、呼んで御覧なさい。お姉ちゃん、と!」

「な、なんでですか?」

「こらこら……何よ、その他人行儀な言葉遣いは? ほら、言って!」

「お……お姉ちゃん……」

「声が小さぁーい!」


 こっちの言い分なんて完全無視だ。というか、了解してないのに……。

 僕がそうやってなかなかもう一度呼ぶ事が出来ないでいると、神楽さんはビシッと人差し指を僕に向けて言った。


「ほらほらどうしたの、弟よ!」


 もうこうなったらヤケだ、なるようになれ。

 僕は意を決して彼女を『姉』として、叫ぶように呼んだ。


「お姉ちゃん!」

「よーしよし。んもう、その照れた顔……可愛いなあ、麻人♪」


 そんな風にして満足気に、そしてこれ以上無いほど嬉しそうに微笑んで僕の鼻先を指でつん、とその綺麗な指先で突く。

 やっぱり神楽さ……いや、お姉ちゃんも変な人だ。


 けれど、不思議なことに先ほどまであった――島に閉じ込められ、これから何か起こるかもしれない、という不安感は綺麗さっぱり無くなっていた。

 とにかく、時々リディアさんが様子を見に戻ってきたりしたが、僕らはこうやってお昼ごはんまでのんびり姉弟水入らず(?)で過ごしていたんだ。

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