シーン17:はじまりの足音(1)
「ふゎ、眠い…………」
クルーザー爆発の件であまり眠ることの出来なかった僕は皆が浜辺ではしゃぐ中、一人少し離れた木陰に腰を下ろし目を擦っていた。寝癖も残っていて、みっともないかもしれない、ちょっとブラコン気味なさぎりにしっかりしろと怒られることだろう。
「もう、麻人君てば変なところで神経質なんだから……ほら、そんな顔も皆と遊べば、しゃんとするよ!」
そう言って水着姿の楓が僕の手を引っ張っていこうとするけれど、当の僕には遊ぶ体力さえも残っていない。寝不足ってこんなに辛いんだと初めて知った。
いや、授業中とかはいつでも眠いんだけど、それはただやる気が無いだけなんだよ、うん。
それはいいとして、楓には悪いけど、とても遊ぶ気分にはなれない。
「ごめん……僕はここでもう少しゆっくりしてるよ」
「むぅ……分かったわ。まだ日はあるから、今晩はしっかり寝るのよ?」
「うん」
というかですね、普通に遊ぶのならまだいいんだけど、この間みたいに気絶でもしたら復活できる自信は無いから、今は。
けれど、一人でこうしてるのも暇だ、どうしよう?
「あーあ……寂しそうだったわね、今の楓の表情」
「神楽さん、リディアさん…………」
やはり今日も神楽さんは長袖着用。
リディアさんは少し大きめの日傘を持って、神楽さんに影を作ってあげている。
肌が弱いってのも大変だ。
「あ、どうして海で遊べないのにこんなトコに来たんだ、って顔してる」
「……はい」
やはり僕は分かりやすいのか、神楽さんにさえも考えていることを当てられてしまった。
ちょっと溜め息だ。
すると、くすっと微笑んで神楽さんは言った。
「私たちの目当てはね、こっちよ」
そう言って指差した先は大森林、というか山。
なんか熊でも出そうだ。
「明日からの予定はあそこでのキャンプなのよ、知ってた?」
そういえば、そんなような話を明菜から聞いた気がする。
「木々によって日差しは和らげられるからね、真夏でも日傘無しで大丈夫なのよ……とは言え、さすがに肌をさらすとキツイけどね」
「それでも、お顔や首筋、手にはオイルを塗っていただきますよ?」
「はいはい。まったく……過保護ね、リディアは」
まるで母親が子供に注意しているみたいなリディアさんと、微笑む神楽さん。
うーん、やっぱり二人共桁外れに綺麗だ。彼女らが雑誌の表紙を飾れば売り切れ必死だね、僕も買うよ。
「そういえば、リディアさんはやっぱり水着なんですね?」
「そうよ。本人は私に付きっきりでいるつもりなんだけど、せめて気分だけでもと思って着てもらってるの」
とはいえ、せっかく水着を着ているのにこうして木陰にいるだけというのもアレだろう。
僕は、ふと思いついた提案をしてみる。
「それなら、僕が日傘を持っていますから、リディアさんはみんなと遊んできたらどうです?」
「え……?」
珍しく、リディアさんが表情を変えた。
「あら、ナイスアイディアね麻人。でも、いいのかしら?」
「構いませんよ。どうせ僕も暇だったんだし。力仕事は元来、男がするものですしね」
「で、ですが……」
僕の言葉に、困った顔で神楽さんをうかがうリディアさん。しまったな、困らせるつもりは無かったんだけど。
すると、神楽さんが微笑んでリディアさんの肩をぽんと軽く叩く。
「行ってらっしゃいな、リディア。せっかく麻人がこう言ってくれてるんだから……大丈夫よ、あの子達ならすぐに受け入れてくれるわ」
「神楽がそう言うなら……すみません、お願いしますね、霧島様」
「へ……あ、はい」
霧島様だって……ちょっと驚いた、お店とか以外でそんな風に呼ばれたのは初めてだ。
そしてリディアさんは僕に日傘を手渡すと、少しだけ笑顔を見せて皆の方へと小走りで駆けていく。
――どこか不思議な笑顔だった。
嬉しいとか困惑とかではなく……そう、例えるのなら何かを見つけた。もしくは、信頼いや『期待』か?
どうしてそんな風に感じたのかは、自分でも分からないけれど。
「後で楓にはちゃんと言っておかないとね」
リディアさんを見送ると、不意に神楽さんがそんな言葉を口にする。
ん、どうしてここで楓の名前が出てくるの?
「何をですか?」
「こうなった経緯」
「?」
神楽さんの言葉はよく分からなくて、僕は首を傾げた。
すると彼女は溜め息をつく。
「ホント……楓も苦労するわね」
「?」
今度はくすくすと笑い出す。やっぱりその意味は僕には分かるはずも無いのだ。
そしてひとしきり笑い終えると、今度は急に真面目な顔で見つめられた。
「まあいいわ。それで麻人、何か私に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「え……?」
聞きたいこと?
何のことだろう、すぐには思い当たらない。
「……自覚無し、か。しょうがないわね、じゃあ私から話してあげる」
神楽さんは急に遠くを見るような、少し寂しげな表情になって話し出した。
「一年前になるわね、お父様が亡くなったのは」
その言葉で何の話かすぐに分かった。
そう、僕はずっと気になっていたのだ。どうして神楽さんがいつも笑顔でいられるのか、が。
クルーザーの上で香さんの言葉から不意に知ってしまった、神楽さんの置かれている現実。
もしそれが僕だったならば、気が狂いそうなほどの非情なリアル。
その渦中にさらされているにもかかわらず、香さんが話すまでそんなそぶりは少しも見せなかった。
どうしてそんな平静を装えるのか……それが僕にはどうしても分からなくて。
「古いとは言え、そんなに昔からある家じゃなかったんだけど、お祖父様がスゴイ人でね、一代で財を築いたのよ。もちろん、跡を継いだお父様も優秀だった。ただ、お父様は体が弱くて……風邪をこじらせてあっさり逝っちゃったわ」
笑顔で……まるでそれが冗談であるかのように言う神楽さん――どうして?
「でも、幸い跡継ぎはいたから……私の双子の弟なんだけど、”神月”っていってね。我が弟ながら、頑張り屋さんで優しい、いい子だったわ。私たちは小さい頃にお母様を病気で亡くしてるし、お父様も仕事で忙しかったから、いつも二人でいたの。神月ったらね、いつもいつも、お姉ちゃんに絶対苦労させたりしないなんて、生意気にも言っていたのよ。部活をしたりもせず、彼女の一人さえも作らずに、ひたすら勉強して経営学を学んだりして。ホントに…………可愛い弟だったわ」
しかしその言葉は全部『過去形』……それが意味することは、僕にでも分かる。
「なのに、いきなりあんな形で私を置いていくなんてね」
「あんな形、って……?」
聞いてはいけない。
そう頭では分かっているのだが、口は憎らしいほど勝手に動いてしまった。
神楽さんは、少しだけうつむいて間を置くと、静かに言った。
「…………無残な、焼死体で見つかったのよ」




