シーン7:凪にゆられて(2)
「どうぞ、ここが君たちの部屋だよ」
「・・・スイートルーム?」
「はは、さすがにそれは無理」
博也さんはそう言ったけれど、見渡す限りそれ以外に言いようの無いほど豪華で、僕と望は部屋に入ることさえも躊躇していた。
「どうしたの?」
「あ、いえ・・・」
博也さんに促されておずおずと部屋へと足を踏み入れる僕ら。
うわ・・・足元のカーペットがふわふわだ。
「それじゃ、何かあったらそこの内線電話で連絡してね。ごゆっくり」
そう告げて部屋を出て行く博也さん。
「・・・すごいな、ここ」
「うん、別世界みたい」
僕も望も、語彙力を失ってしまっている。だがそれが素直な感想だろう、いや作者に豪華な部屋のイメージが浮かばないからという訳じゃなく。とはいえ、いつまでも呆けているわけにはいかないので、荷物を降ろし、ベッドに腰を掛けた。
「うわ・・・っ!?」
ありえないくらい弾む。一体いくらするんだ、このベッド。
すると、妙にいやらしい表情をして望が言う。
「本当は鈴鳴と同じ部屋が良かったんだろ?」
「はぁ?」
何が言いたいのかは、いくら僕でも分かる。
「けど・・・まだ高校生だし、色々まずいからなぁ。まあ、我慢しろや」
「えーと、どこを折られたい?鎖骨は折りやすいんだっけ?あ、歯でもいいぞ?」
「あははははは、ジョークだ。とりあえず、その振り上げた手を下ろせ、な?」
全く、この馬鹿は・・・ま、僕らのやりとりは、大体こういった感じなんだけどね。
そうやっていつも通りふざけあって、望が顔を真っ青にしている中、ドアをノックする音が聞こえた。
コンコンコン。
「はい?」
「私たちよー。お昼食べに行こー」
その声は楓、おそらく明菜も隣にいるだろう。
馬鹿やっているうちに、もうそんな時間になっていたのか。
「ち・・・命拾いしたね、望」
「命かよ!?」
「だけど、昼食まで用意してくれるなんて珍しいね?」
「うん。でも、本当はどっちでもいいんだって。外に食べにいってもいいし、ホテルで食べてもいいのよ。選べるみたいなんだけど、今日は疲れてるでしょ?だったら外で当てもなく探すよりもこのほうがいいかな、って勝手に決めちゃったんだけど・・・」
そう言うのは明菜、さすがに配慮が行き届いている。
それには誰も文句はないだろう、顔を見合わせてほほ笑んだ後、食堂へと向かった。
「・・・・・・」
まあ言うまでもないが、やはりそこも豪華で言葉を失うわけだ。
それで、運ばれてくる料理も当然スゴイ。
「なんかね、シェフは五つ星をもらったレストランからの引き抜きなんだって」
五つ・・・おいおい、あるのかそんなの。
「うわ・・・すっごく美味しい・・・・・・」
すでに食べ始めている楓。食い意地なら誰にも負けないだろう、行儀悪いなあ。一応は美少女ということで、学校でも人気あるのに。
すると、それをたしなめてくれるありがたいお声が一つ。
「こら、楓・・・いただきます、を言ってないでしょ?」
「え?」
背後から(ちなみに楓は僕の隣に座っている)掛けられたどこか聞き覚えのある声。
僕らはそろって振り向く。
「あ・・・・・・っ!?」
そこにいたのは、驚きの人物だった。
「神楽さん・・・・・・っ!?」
そうーーー桜坂神楽さん、その人だった。
「こんにちは。まさか、こんなところで会うなんてね」
「うそ、すごい偶然・・・」
「お、おい。誰だよ?」
そうこっそり僕に尋ねるのは当然、望。
若干挙動不審のようにも見えるのも、神楽さんほどの美人を前にしたら仕方の無いことだろう。
「桜坂神楽さん。この間知り合ったんだ」
「へ、へぇ・・・無茶苦茶美人だな・・・」
自然と漏れるのも仕方の無い望のその言葉に、少しムッとした表情を浮かべたのは明菜。
あれ、この反応ってひょっとして・・・?
「私たちもね、久しぶりに旅行でもと思って。まあ近場なのだけど、ここは自然も多いし、休息にはいいかなって」
「たち・・・?誰か一緒にいるんですか?」
「ええ。私の家で働いてくれている子よ。ほら、自己紹介して」
すると、突然目の前に・・・いや、ずっといたのかもしれないが誰もが全然気付けなかった女性が一歩前に出て言った。
まるで西洋のアンティーク人形のように透き通った青い目、腰まで届きそうなブロンドの髪、そしてどこか現実味の無い空気をまとっていた彼女は、抑揚の無い淡々とした声で。
「・・・『リディア・アリストゥーン』と申します。よろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げる。
感情の無いそれはそう、まるでーーーーーー
”マリオネット”
神楽さんに呼ばれるまで微動だにせず気配さえも無かったから、僕にはそう思えてしまった。
その挨拶を見た神楽さんは少しだけ溜め息をつき、笑いながら言った。
「ごめんなさいね。この子、私以外の人にはなかなか心を開かなくって、いつもこんな感じなのよ」
「い、いえ。でも、使用人がいるってことは、神楽さんの家ってお金持ちなんですか?ここに宿泊できる時点でそうなのかな・・・?」
楓がそんな疑問を口にする。
そういえば、神楽さんの着ているブラウスは僕が見ても分かるくらい生地のいいものだ。長袖とはいえ、風通しもよく、暑いことは無いだろう。この間会った時もそうだった、露出の少ない・・・いやそれどころか夏なのにも関わらず、長袖にロングスカートで、体型さえも分からないくらい、ゆったりしたもので。けれどその姿はまさに『お嬢様』だった。若干、中身は気さくだったりしてそれらしくないけれど。
「別に、古くからある家ってだけよ。大したことじゃないわ」
それはどこか寂し気な言葉のような気がした。
しかしそれは僕の気のせいなのだろう、神楽さんの表情は穏やかな微笑みをたたえたままだった。
「ま・・・これから数日、ヨロシクね」
そう言って神楽さんはウインクをしてリディアさんと去っていってしまった。
なんか今日は意外な人と会う日だなあ。
「ところがワンパターンな作者がために、もう一度それはあるのですわ」
ですわ?はて、とても聞き覚えのあるこの口調の主は。
「ごきげんよう、霧島君、鈴鳴さん」
「れ、れれ・・・蓮理さんっ!?どうして!?」
ああ、やっぱり。我らが生徒会副会長、島崎 連理さんだ。
意外にも冷静な僕とすごく驚いた楓に対して、くすっと微笑んでみせた蓮理さん。
「招待されましたの。お父様が刑事局長でしたもので」
あれ、そんな設定だったっけ?
「細かいことを気にしたら負けですことよ」
自信満々な瞳・・・相変わらず、無敵なお方で。
「じゃあ、警部も来ているんですか?」
「お兄様も招待されたのですけれど、例の事件で忙しくて来られませんでしたの。ですから私も一人では寂しいですので、ご一緒してよろしいかしら?」
「え、ええ、まあ・・・」
少しだけ楓は不満そうに答えたけれど、どうしてだろう?
そして望が、またしてもこっそり尋ねてきた。
「な、なあ・・・この人、副会長だよな?いつの間に親しくなったんだ?」
「ん?まあ、この間の事件の時にね」
「・・・どうしておまえばっかり美人と知り合いに・・・」
「は?」
おまえ、それを口に出して言うなって。
じとー・・・やっぱり、明菜の視線が痛い。
あーあ、僕は知らないぞ。




