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パンドラの箱 ~黄昏に踊る鎮魂歌~  作者: るびん
Episode2:Pray of Marionette
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シーン4:エスペランサ、再び(2)

「・・・麻人君」


 楓の家の前で、彼女は今までとは少しトーンの違う声で僕の名を告げる。


「何、楓?」


 僕がそう尋ねると、楓は少しだけうつむいた後、僕の目をしっかりと見つめて言う。


「浮気は、駄目だからね」

「・・・はい?」

「それじゃね!バイバイ!」

「ちょ、ちょっと楓!?」


 楓は脱兎のごとく家の中へと走り去ってしまった。あまりに突然のことに僕は追いかけて問い詰めることも出来なかったのだが。一体どういうことだろうか?呆然とその場に立ち尽くす僕。


「女の子って、やっぱり分からない」


 僕がそう首をかしげたのも当然だろう?けれどここで考え込んでいても、答えが出るわけではない。

 正直、こうやってもやもやの残ったままにしておくのは好きじゃないんだが、いかんせん楓の気持ちは楓本人にしか分からないだろう。帰るしかない、結局僕の結論はそんな当たり前のものだった。


 それにしても、神楽さん――本当にまた会うことがあるのだろうか?

 もしそれが現実のものになるのならば・・・その時には何事も起こりませんように。

 あの事件が解決してから、一度もその首をもたげていない”あれ”が再び僕に干渉しないように。

 もう、笑顔が一つも失われることがないように・・・僕はひそかに願った。


「・・・・・・っ!?」


 それは、僕が家のドアを開けようとした瞬間だった。



 無残にも体を引き裂かれる感触。

 まだ息のある状態で、何度も、何度も。

 声を上げることすらままならぬ、すさまじい激痛。

 世界がどんどん色を失ってゆく。

 ・・・誰かが、笑っていた。

 およそ人のものとは思えぬ、歪んだ表情。

 顔を返り血で真っ赤に染めたまま、嬉しそうに。

 しかしどこか苦しそうに笑っている。

 ああ、なんて可哀想な人なんだろう・・・

 最後に脳裏に去来したのは、そんな思いだった。



「冗談じゃ、ない・・・っ!」


 僕がパンドラによって与えられた不思議な力、”エスペランサ”。それは少し先の不吉な未来が垣間見える、というもの。

 かつての事件・・・その時に見えたものは人の死に行く様だった。


 しかし、今度はそれだけではない。

 まるで死に行く相手と自分がリンクしたような・・・そんな痛みすら感じた。

 自分が引き裂かれている・・・そんな感触。

 その痛みを感じながら、また同時に第三者としてそれを眺める自分がいる奇妙な感覚。

 辺りが自分のもので赤く染まる・・・それを感じた。


 ガスッ!


 僕は、壁を殴った。

 そうでもしないと、理性と意識を保てなかったからだ。


「けほっ、けほっ・・・」


 思わず吐いた。

 そして痛みと苦しみのために、大量の冷や汗が全身を一気に伝う。

 あれは・・・誰だ?どこかで見た事のある人だった。それも、ごく最近。

 何とか平静を取り戻そうとしながら同時に見えた人物が誰なのかを考える。

 もし、僕が今まで人が死に行く様を一度も見たことが無かったのならば、間違いなくパニックになっていただろう。しかし、僕はかつての事件のせいでそれを何度も経験した。


 ・・・親しい人物の死でさえ、も。


 だからと言うべきか、比較的早く冷静になって思い出すことが出来たんだ。


「そうだ・・・彼女は、喫茶店で隣のテーブルの・・・・・・」


 そうだ、”切り裂きジャック21”の話をしていた女性だ。

 はっきりとその姿が思い起こされた。


「なんて、のんびりしてる場合じゃない!」


 タイムリミットは僅か10分。

 これまでと違う衝撃により吐いていたことなどで、すでに5分は経過しているだろう。

 幸い、あの場所には見覚えがある。だが・・・走っても5分で辿り着けるかどうか?


「でも、行くしかない!」


 不吉な未来を見せて、それを僕の手で変えるチャンスをくれるのが”希望”を意味する”エスペランサ”。再びそのエスペランサが発動したことが何を意味するのかは、この時の僕には知る由も無かった。

 それでも、今僕がするべきことは一つ、急いで見えた場所に向かい、止めること。

 だから、僕は走った。ひたすらに、その場所に向かって。


 それはあくまで、新たなる悲劇の幕開けに過ぎないにもかかわらず―――。


「あとはそこを曲がって・・・!」


 正直、走り出してから何分が経過したのかは分からない、時計を見る時間すらも惜しかったからだ。

 そして、角を曲がって都会の喧騒から離れたその場所に辿り着いた僕が目にしたものは。


「!?」


 顔だけでなく、その体を余すところ無く真っ赤に染めた男。いや、その雰囲気からまだ少年と言った方がいいのかもしれない、僕よりも背が低くずいぶん細く華奢とも言えそうな男。

 しかしその瞳は、僕などとは比べ物にならないほど、まるで猛獣のそれのようにギラギラと闇に映えていた。


「遅かった・・・・・・?」


 そして男の足元に横たわる女性。

 無残としか言いようの無い、酷く切り裂かれた体。辺りを真っ赤に染め上げた彼女は、素人の僕が見ても絶命しているのは一目瞭然であった。


「・・・っ!」


 僕に気付いた男は、慌てて逃げようとする。


「させるかっ!」


 普通からしたら危険・・・いや、無謀かもしれない僕の行動。

 相手は何人もの人を残酷に殺害している殺人鬼なのだ、とてもではないが僕は勇敢と呼ばれやしないだろう。それでも、彼を追いかけることを僕は選択した。

 正義感なんかじゃない。


 ――それは”僕が”しなければいけない気がしたから。


 不思議と、そんな気がしたんだ。


「・・・・・・っ!?」


 彼は僕が追いかけてきたことに心底驚いたようだった。

 それは、いくら顔が返り血で真っ赤に染まっていて判別出来なくとも何故か分かる。


「・・・・・・?」


 さらに彼は焦っているためかよたついて走っており、その距離はみるみる詰まる。

 だから、あっという間に追いつくことが出来て。


「たあっ!」


 走る勢いのまま、男に飛び掛る。


「っ!?」


 カランッ!


 その衝撃で男は刃物を落とした。


 ――いける。


 先の通り体格は僕の方が勝っているから、凶器さえ無ければこのまま現行犯逮捕出来る。

 そう思ったのだが―――


 ガツンッ!


「!?」


 ―――後ろから、誰かに棒のようなもので頭を強く殴られた。


「そんな・・・一人じゃなかったのか・・・・・・?」


 完全に自分の下でもがいている男に意識を集中していたため、背後の気配にまったく気付かずにその一撃をモロに受けてしまった。

 徐々に意識が暗闇に沈んでいく。


「く、くそ・・・っ・・・・・・」


 薄れ行く意識の中、なんとかして振り返った僕の視界には、不思議な・・・・・・まるで人形のような表情の女性が映ったような気がしたのだった。


「・・・殺すな」

「・・・・・・?」

「この少年は、殺さなくていい」

「どうしてですか?」

「どうしても、だ」

「・・・分かりました。あなたがそう言うのならば、私はそれに従います」

「・・・・・・ああ」


 意識が途絶える間際、聞こえた二人の会話。

 どうして?切り裂きジャック21は、冷酷な殺人鬼じゃなかったのか?

 なのに、一体何故僕を?

 それに・・・・・・どこかで聞いたことのあるような声。

 思い出せない。でも、絶対にどこかで・・・・・・・・・・・・・・・。

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