シーン2:手繰られる運命(2)
楓の後を慌てて付いていった僕は、楓に何と言って釈明すればいいのか分からない。
流れる沈黙。並んで歩いているけれど、会話は無い。
よく分からないけれど、僕が悪いのだろう。何故か、そう思えた。
だから、僕はもう一度謝ろうとしたんだ・・・・・・だが僕が意を決して言葉を発しようとしたその時、僕らに声を掛ける人がいた。
「ねえ・・・喧嘩は駄目よ?」
それは、先ほどの美女だった。
鈴を転がしたかのような透き通り響く声に、僕も楓も胸が跳ねるように高鳴る。
「い、いえ・・・喧嘩なんて・・・」
そう楓が慌てて取り繕うと、女性は笑って言った。
「ふふ、駄目よ?こんなに可愛いあなたが、暴力を振るうなんて」
「う“」
痛いところを突かれたのか、楓が言葉を失う。
すると、今度は僕に向かってたしなめるかのように。
「あなたも、もっと彼女の気持ちを分かってあげないと駄目よ?」
「は、はい・・・」
不思議なことに、彼女の言葉に反論する気は起きない・・・そういう独特の雰囲気を持った人だった。
「分かってくれた、二人とも?」
「は、はい・・・」
返事は、同時。それはとても自然だった。
「ふふ、良かった」
――天女の微笑み。
そうとしか形容できない、それほど彼女の笑顔は美しかった。だって同じ女である楓さえも、ほうっ・・・と見とれていたのだから。
「ねえ、ところで・・・ものは相談だけど」
突然そう切り出した。
その表情は先ほどまでの大人の余裕溢れるものとは打って変わって、どこかまだ可愛らしさの残るいたずらっぽい笑顔。
「な、なんでしょう?」
見とれていたことが気付かれないように平静を保とうとする楓、多少声が裏返っていたのだが。
それに気付いているのかいないのか、女性はそのまま続ける。
「一緒にそこの喫茶店に入らない?」
「は?」
なんとも急なご提案。しかもその声の調子は今さっき出会ったばかりの見知らぬ他人に対してではなく、まるで仲の良いクラスメイトに気軽に掛ける様で。かつ、これほどの美女には少々そぐわなく親指でくいっと、とある一軒の店を指差した。
「実はね、噂でそこの喫茶店のケーキがすごく美味しいって聞いたんだけど、一人で入るのは・・・流行りの喫茶店に女一人でケーキだなんて、はたから見たら『あちゃ~』って感じでしょ?こうして知り合ったのも何かの縁だし・・・どう?」
まったく予想だにしなかった。気さくにも程があるような物言い、しかし彼女が言うとサマになっているから不思議だ。
だけどこんな急には、いくら楓でも・・・・・・と思ったのだが、彼女は急に目を爛々と輝かせて答えた。
「甘味所・菜の花ですか!?もちろんご一緒させていただきます!」
「ホントに?」
「はい!あそこ、ずっと行きたいな~って思ってたんですけど、やっぱり私も一人で行くのは気が引けてて・・・『これ』をはじめ、何故か私の周りには甘いものが苦手な人が多くて困ってたんです」
『これ』言われた。
そういえば何度か誘われたな・・・断固拒否したけど。だっていくら相手が楓だとはいえ、あんなファンシーな喫茶店に女の子と二人で入ったら何を言われることやら、だ。
「あら・・・じゃあ、私の提案はむしろ好都合だったのかしら?」
「ええ!・・・麻人君も、いい加減観念してよね?」
「あ、甘いもの苦手なんだけど・・・」
僕がそう答えると、女性はくすくすと笑って僕の額をつん、とその白くて長く綺麗な指で突いた。そこまでの距離に近づかれて、しかもそんなことをされて顔を真っ赤にしていた僕に向かって言う。
「イイ男は、女性の要求に無条件で絶対的に問答無用で即答するものよ?」
かなり唯我独尊的な発言ではあるのだが、その微笑みを否定することの出来る男がいようか、いやいない。
「だ~って、さ」
「く・・・」
最強の味方を得て、いつも以上に小悪魔的な笑顔を浮かべる楓。これに逆らったら後で何をされるか分からない・・・たぶん夏休みは病院で過ごすことになるだろう。もう僕の選択肢は一つしか残されていないんだな、と覚悟を決めた。
「・・・行かせて頂きます」
「やったぁ♪」
女性二人、はしゃいできゃいきゃいと手を取り合う。
微笑ましい光景なのだが、素直に喜べない・・・はずだったのだが。
「うちの学校でも、すっごく話題なんですよ~♪」
「へえ、それは楽しみだわ♪」
二人とも、嬉しそうだな。
ま、それならいいか・・・そう思っていると、ふと女性が何かを思い出したかのように手をポン、と叩いた。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね?」
「あ・・・なんかあんまりに話が合うからすっかり忘れていましたっ」
そう、確かにこの二人は本当に昔からの友達のように仲良く話していた。たとえるのなら、仲のいい近所のお姉さんと話しているかのような。
名前も知らずに不思議ではある。
いや・・・本当に不思議なのは”僕”だ。
”彼女”に対し、何かを感じていた。それは運命的な何かのような。双子だけが持つと言われる不思議な感覚のような。全くの赤の他人のはずなのに、どうしてか。
―――まるで、神様によって作り出されたアダムとイヴであるかのように。
何か・・・・・・そう、”同じ何か”を持っている気がしていた。
「鈴鳴楓です。それで『これ』は・・・」
「だから『これ』言うなって。霧島麻人です。よろしく」
僕らのやりとりが面白くて仕方が無いのか、女性はまた微笑みを見せる。
「ふふ・・・本当に仲が良いのね。私は桜坂 神楽よ。よろしくね」
「えっと、桜坂さん・・・?」
「神楽でいいわ。その代わり私も、楓に麻人と、呼ばせてもらうわね」
こうして、僕らは神楽さんと知り合った。
この出会いが偶然か否かは分からない。
しかし、全てはこの時から始まっていた――それだけは、間違いなかった。




