シーン0:手を取ったもの
ここは、どこだ?いつも通り、夜の街を一人歩いていたのではなかったか?
確かに辺りは闇という名の黒に包まれている。しかし、これはただの闇ではない。僅かな先も・・・無論月明かりでさえをも全く見えない完全なる闇。都会の喧騒すら闇に溶けてしまったかの様に、この耳には全く届かない。
――ついに、自分は裁かれたのだろうか?
「違うわ」
誰だ?
「私は、パンドラ」
パンドラ?あの、神話に出てくる?
「そうよ」
はは、こりゃあいい。生きることも・・・死ぬことでさえも許されない者の前に現れたのは、同じように許されざる罪を犯した女神というわけか。なんとも滑稽だが、自分にはふさわしい。
「私は別に女神じゃないわ。それに、あなたとは違う。自分のした事に後悔はしていない」
そんな事はどうでもいいさ、罪を犯したことに変わりは無い。
「そこまで分かっていて、どうして罪を重ね続けるの?」
さあ?それは自身にも分からない。
「・・・悲しい人」
悲しい?
「ええ。本当は許されたいのに、それを必死で隠そうとしている」
なんだと?そんな馬鹿げた事を考えているはず無いだろう!?
自分がした事に後悔はしていない!
「じゃあ、何故泣いているの?」
―――泣いている?
「許して欲しい・・・助けて欲しい。そうやって泣いている。その泣き声を聞いて私は貴方の元へやって来たのよ」
馬鹿な。そんな人間の心なんて、とうに捨てた。
許しを求めるのなら・・・助けを求めるのならば、あの時にしている!
「そう。あなたはあの時からずっと・・・泣き叫んでいたの」
ずっと・・・?
それは違う。
あの時にそんな感情は全て捨て去った。
あれから一度だって泣いていない。
一度だって・・・そう、一度だって・・・・・・!
「自分では、気付かない。そこがあなたの最も悲しいところ」
・・・・・・・・・。
「今だって、無意識の奥底では助けて欲しいと泣きながら手を伸ばしているわ」
・・・うるさい。
「でも、表に表れるその表情はまるで人形。人の温かさは微塵も感じられない」
・・・うるさい。
「だけど、それさえも血の涙を流している・・・・・・」
うるさい、うるさいうるさい・・・うるさいっっっ!
「どんなに罵声を吐こうとも、それは泣き声と変わりない。そこまで助けを必要としているのに、どうしてそれを否定するの?」
そんなこと知るか!
そんなこと、そんなこと・・・っ!
「チャンスを、あげる」
―――チャンス?
「ええ。あまりに惨めで可哀想なあなたに、たった一つのチャンスをあげるわ」
意味が分からない。
「分かってしまったらそれこそ意味が無いわ。それにあなたが自分で気付き、受け入れること」
どういう・・・ことだ?
「そうすれば、あなたはきっと救われる」
救われる?そんな・・・そんなことがあるものか!
この、全てを失った自分に、救いなど・・・無い・・・・・・。
「全ては、あなた次第。あなたの行動次第で未来は変わる。そして・・・必ず救ってくれる人がいるから、大丈夫」
何を言っているんだ?
失ったものは取り戻せないのに?
罪を償うことさえ出来ないのに?
救ってくれる人・・・?そんなの、いるわけがない。
「それじゃ、ね。もうそろそろ二つの時間が動き始めるから」
ま、待て!おまえは一体?
「言わなかったっけ?私はパンドラ。そして、私が開けた箱から飛び出したのは人々の苦痛と災い。しかし、箱の底にはたった一つだけ残ったものがあった。それの名は、エスペランサ」
エスペランサ・・・希望?
「願わくは、あなたにとってエスペランサが救いとなりますように・・・・・・」
気が付くと、パンドラの姿は消えていた。そしていつも通りの夜が再びその息を吹き返す。
だが、一つだけ異なっていた。
はたから見たら、大したことじゃない変化。だが自分からしたら・・・ありえない変化。
目の前で見知らぬ女が、こちらの目をじっと見つめたまま立ちつくしていた。
それはそう、まるで―――マリオネット―――。




