第一章「辺境の開拓地」 8話
翌日は父さん達が休みの日なので午前中はジョルジュ家の庭で天地流の鍛錬をして、午後は蜜蓋の処理をする。
蜜蓋を70度位に熱して溶かし不純物を取り除いて再び固めるだけだけど、魔法で色々な不純物を一度に取り除くのは難しいから湯煎状態にして、きれいにした麻布で濾して固まる間に魔法で形を整えた。
これで蜜蝋が完成……した処に、
「フィンリー、おかあさんが夕食を食べに来なさいって」
アメリア姉さんが知らせてくれた。
「ありがとう、姉さん」
「昨日兄さんが蜂蜜を取って来たから今夜はごちそうよ!」
「すごいなぁ楽しみだよ。少しだけど、この肉を先に届けてもらえるかな。カテリナと後で行くから。この前近場の森に鹿が出たんだ」
夕食に使おうと思って処理した鹿肉を渡した。
「分ったわ。じゃあ後でね」
蜜蝋は木蝋と同じような用途に使える。
融点が少し高いので使い分けたり、成分の違いで効能に差があって、混ぜて使ったりもできる。
保存して使い道を考えよう。
夕方には美味しい料理が僕達を待っていてくれた。
父さん達の休み毎に僕は焼き物に取り組んでいた。
この世界にもガラス製品は流通しているが、パノンではガラス工房は王都にしかないので欲しい物はなかなか手に入らない。
色んな物を加工や保存したいので磁器を手作りする事にしたんだ。
領地の端の堆積層を丹念に調べると白い陶磁石らしき物が見つかったのだけどそれからが大変で、何度もチャレンジしては失敗を繰り返して、最近ようやく成功した。
聡の雑学と魔法があるので砕石も成形も焼成も作業の方法はわかるのだけれど、やはり生地作りや焼成の温度や時間に微妙なコツがあってなかなか上手くいかなかった。
特に焼成については時間が掛かるので魔法だけでは体力と気力が続かなくて、簡単な物だけど窯を造らないと駄目だった。
魔法で温度を上げるのではなく薪の燃焼を魔法で管理する事で魔力の節約を図ったのだけど、魔法で上げる温度と違って薪が燃える温度の管理はコツを掴むのにかなりの時間が必要だった。
素焼きと本焼きの温度は大きな差があるので、それぞれ薪の補充や空気の動かし方も全く違う。
試行錯誤の繰り返しと云うのをフィンリーとして生まれて初めて味わったので、成功した時は本当に嬉しかった。
偶然に出来た訳では無いから再現性は万全だけれど、聡の記録と違って忘れる事もあるのでポイントはしっかり書きつけておいた。
密封性のある容器が欲しいだけなので絵付けは必要が無い。が、そのうち絵付けも試してみないとね。
こうしてようやく欲しかった白磁の容器が出来上がった。
「今日はまた新しい事に挑戦だ」
「何するの?」
「もし成功したらカテリナはとっても喜ぶと思うんだ」
『わくわく』カテリナの瞳が輝いている。
「これに三分の一位バナナを入れて……うん、次にそこの蜂蜜を全部入れてね」
カテリナが慎重な顔つきで作業を進める。
「そっちの湯冷ましを口の近くまで注いで……木栓できっちり蓋をしてくれ」
「出来たよ」
「よし、これで終わり」
「へっ……これで終わりなの?」
拍子抜けのカテリナ。
磁器で作った口が狭めの容器と、蜜蝋で目地を潰した軟質木のぴったりした蓋。
後で使う磁器製のボールや擦り合わせの磁器蓋など道具を揃えるのに時間が掛かったけれど、実際の作業は簡単で・・正直なところ後は運任せなのだ。
「毎日蓋を開けて中身を確認して欲しいんだ。」
カテリナが頷く。
「青や白のカビが出来たら失敗だからしっかり見てね。問題が無ければ蓋をして良く振って戻しておく。これだけだから。」
「分かった。忘れないようにしなきゃ。」
作業に使う容器類が揃ったので、天然酵母作りに取り組む事にしました。
ガラス容器を手に入れるのは難しいし白磁もこの国には無さそうなので、一所懸命頑張ったのは……。
兎にも角にも『柔らかいパンが食べたいんです!』
作業を始めて五日目森の探索から昼に帰ってきて、それから夕方まで温操系で容器を冷やした。
クリナで汚れを落とし加熱消毒したボールに粗めに挽いた小麦粉と容器の上澄み液を半々に入れて消毒した匙で混ぜ合わす。
蓋をして深夜まで放置すると生地が倍ほどに膨らんだ。
もう一度酵母液と小麦粉を追加して混ぜる。
朝まで放置しまた膨らんだ生地に更に追加で混ぜ、昼にはボール一杯のパン生地が出来上がった。
残った酵母液には蜂蜜と湯冷ましを継ぎ足しておく。
「今日は探索をやめて、うちのパン窯にパンを焼きに行こう」
「うん、どんなパンが焼けるんだろうねぇ?すっごく楽しみだよ」
「そうだな。上手く焼ければいいね」
*
「こんにちは」
「あら、お久し振りね。フィンリー坊ちゃん。今日はこちらですか?」
「はい、たまにはこっちで皆と食べようかと思って」
通いの奥さんが帰るところに挨拶をして家に入るとアメリア姉さんが食堂に居た。
「フィンリー今日はどうしたの?お父さんやお母さんが居ない時に帰るなんて珍しいじゃない」
「あっ姉さん居たんだね。丁度良いや、一緒にパンを焼かないか」
「パンなら今から焼こうとしていたところだけど……」
「この生地を使うんだよ」
包んでいた麻布を開いてボール一杯のパン生地を見せる。
「何だかいつもの生地と違うけれど、大丈夫なの?」
「まあね、やってみてのお楽しみだよ」
『細工は流々仕上げを御覧じろ』って言っても通じやしないだろう。
「なんだ、このパンは!」
その日の夕食で一口パンを齧った父さんが大声を上げた。
不思議そうな母さんと兄さんもパンを食べて目を丸くする。
「すごいでしょ。私焼き上がりを食べて止まらなくなるところだったわ」
「こんなの食べた事がないよ」
クルスも声を上げる。
カテリナは喋るどころでは無く食べるのに夢中だ。
「何故こんなに柔らかくて美味しいの?」
「フィンリーが持ってきた生地を焼いたのよ。焼き加減も教えてくれたわ」
焼き加減は試していないので聡の知識頼りだったが、姉さんが今までのパン焼きの経験を教えてくれなければ失敗したかも知れない。
アメリア姉さんは料理が好きで今までの生地でも色々と試していたみたいで、温度と時間の関係について緻密な情報を教えてくれた。
長男と云いこの人と云い、僕はなんて素敵な兄弟を持ったんだろう。
「生地の作り方を工夫してみたんだ。作り方と道具は姉さんに引き継いであるから、また作ってくれると思うよ」
「失敗してもがっかりしないでね」
「僕も何度も失敗したからね。ちゃんと出来上がるまで苦労したよ」
初めてで成功したとは言えないので少し嘘をついてしまった。
でも容器に費やした時間と努力はその斜め上を行くので、それくらいは勘弁して欲しい。
たっぷり焼いたふっくらパンを囲んだ夕食に全員の顔がほころぶ。
会話も弾んで何度もパンの話をする内に、ついお菓子レシピまでポロポロと漏らしてしまった。
パウンドケーキ、スポンジケーキ、クッキー、ビスケット、パイ、タルト、ドーナッツ、プリン、ゼリー等々。
話すとそれが切っ掛けで聡の知識が蘇ってつい話し過ぎてしまった。
もちろんこんなのが出来たらいいなって話にしたので皆は夢物語として聞き流していたけれど、姉さんだけが一つ一つにすごく喰いついて来たのが少し気になっていた。
後日、姉さんが『生クリーム』とか『ゼラチン』とか『ショートニング』とか会うたびに訊いて来るようになった。
僕と作ったふっくらパンの衝撃があまりに強かったらしくて、僕が漏らした一言一言を夢物語と思えずに覚えていたみたいだ。
確かにあのパンの後でああ云う話をすれば可能性を感じても仕方が無い。
関心が無い人には夢想と思われても興味がある事は忘れないものなんだね。
姉さんは僕が語ったお菓子レシピの実現を考えているんだろう。
弟としてはチートにならない範囲で協力できればいいなと思った。
最後までお読みいただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。




