第一章「辺境の開拓地」 7話
「母さん、これ森で採れたから……」
バナナとココヤシをうちに持って来た。
バナナはあの辺りの自生種かも。
ココヤシは波に乗って流れ着いた椰子の実が育った海岸から,気の遠くなるような長い時間を掛けて川伝いに上ってきたんだろうな。
「ありがとう。だけどあまり森の奥まで入ったらダメよ」
「うん、気を付けるよ」
蜜蜂用の巣箱を見に行ったついでにもう少し奥まで入ると川が見つかった。
いつも僕が罠を仕掛けているうちの領地を流れる川とは別の流れようだ。
そこそこの川幅なので海までそう遠くないような気がする。
川岸は小石交じりの砂地で森の樹木が途切れる辺りにバナナの木が入り混じって生えており、砂地にココヤシが点々と生え育っている。
熟す直前のバナナを選んで採り、椰子の実は落ちているのを拾った。
バナナや椰子の実は流通する事が少なくて珍しいのだが温暖なこの国に無い訳ではなく、母さんも戸惑う事なく受け取ってくれる。
ここは聡が居た世界に比べて四季の差が少ない。
この辺りだと真夏が30度強で真冬が10度台半ばという感じだ。
他の国もそうだとしたら地軸の傾きが地球より少ないのだろうか。
そのお陰でこの森には温帯から亜熱帯のさまざまな植物が自生している。
「バナナで晩御飯が増えるから今日はカテリナちゃんを連れて食べに来るといいわ」
「そうするよ、ありがとう」
カテリナを呼びにジョルジュ家に戻る。
「カテリナ、今夜はあっちでご飯だ。バナナも出るらしい」
「はぁい。楽しみね」
「だね。……そうだ、巣箱の周りに蜂が居たのは気が付いた?」
「うん、一度入って飛んで行ったね」
「上手くいって女王蜂の分蜂を呼んでくれれば良いんだけどなあ」
翌週見に行くと巣箱には蜜蜂が群れていた。
「やったね、フィンリー!」
「やったよ、カテリナ」
ちょっと感動して、おうむ返しになってしまった。
偵察に来たハチ君が女王の分蜂を呼び込んでくれたようだ。
遠目に確認だけして蜂たちが落ち着くまでは近付かないようにした。
このまま居付いてくれれば三ヶ月も待たずに蜂蜜が手に入るだろう。
少し日が過ぎると巣箱の様子も落ち着いたので近付いてみる。
特に問題無さそうだけど警戒している様子も伺える。
森は一年中何かの花がいっぱい咲いているし当面お世話する事も無いけれど、慣れてもらおうと二日に一度は顔を出すようにした。
大型の蜂は天敵の可能性があるので見かけると瞬殺している。
天敵に出くわす事も少なく、働き蜂達ものびのびと蜜を集めているみたいだ。
帰り際にハゼノキを見つけた。
ウルシは沢山あったが雑学程度では扱いづらいのでカテリナに『この木を見たら触っちゃだめだよ』と言って放置していた。
ハゼノキの実はウルシより扱いが簡単でウルシの実より多くの蝋が採れる。
ライトの魔法があるので蠟燭の需要は多くないが、ハゼの蝋は化粧品や石鹼の材料とか薬の基材にも使える優れものなのだ。
自生地をチェックしておいて実が生ったら収穫に回ってもいいな。
*
「ほら、前みたいな感じで出来るかな?」
ある日の朝ジョルジュ家の裏庭で、空創系のシールドで作った空間をカテリナに引き継ぐ。
「うん……大丈夫」
刀鍛冶の時に散々手伝って貰ったからお手の物だ。
「今日は何をするの?」
「炭を作るんだ。」
「炭ってなぁに?」
確かにこちらに来て炭を見た事がない。もしかするともっと寒い地方ではあるかも知れないが、ここでの燃料は薪で事が足りる。
「失敗するかも知れないから成功したら教えるよ。」
シールド空間には仗や巣箱を作った時の樫の残材を入れた。
まず、空間から抽創系で酸素を抜き取っていく。
あらかた抜き取ったら木材を温操系で加熱していく。
できれば備長炭みたいなのが欲しいので1000度以上、刀鍛冶の時より少しだけ低い位が目安だろう。
炭焼き窯では一週間以上掛けて作るのだけど、魔力と体力の限界があるので早めに温度を上げていく。
急な温度上昇で本来なら崩れてしまう木材を物操系で押し固めたまま炭化を進めた。
木材から出てくる蒸気を含んだ煙は冷やして木材から離れた位置に集めておく。
温操系を上げ下げ逆に使うのは難しかったが同じ方向で使い分けるよりは意識し易かった感じもする。
初めての事で作業は全て手探りだ。
鍛冶の時より少し低いと思えるところで2時間半ほど温度を維持して──単純に上げるよりこちらの方が微妙な調整が必要で大変だった──昼になったのを切りにして温度は放置に。
実際の炭焼きよりは酷く時間が短いが、その分温度はだいぶ高くなっていると思う。
こんなやり方は史上初だし失敗しても仕方無い。
「お昼にしようか、シールドこっちに引き取るからテーブルの上から持ってきて」
「はぁい」
何時間も空創系を維持してくれたカテリナが家へ作り置きのお昼を取りに走った。
「ずっと同じ事させて退屈だったろう。ごめんね」
「フィンリーが色々してるの見てたから全然そんな事なかったよ」
魔力の流れは目には見えないけれど天地流で感じられた筈だし、木材の様子も微妙に変化を重ねたから確かにそうかもね。
お昼は堅くても食べやすいように薄く切ったパンで挟んだ蒸し山鳥と葉野菜のサンドイッチだ。
薄いので数は沢山作った。
こちらには例の伯爵が居ないからサンドイッチと言う呼び名は無い。
殆どのパンが堅いので精々載せて食べるくらいで挟むことはほぼ無いだろう。
だから呼び名も無いので、誰でもわかるように呼ぶとすれば『パン挟み』かな。
ただ、現物を見ずに名前だけ聞いた人は、余程腹の減った人以外全員顔を顰めると思う。
「よくパンをこんなに薄く切ったね。」
確かにここらの刃物ではパンを薄く切るのはかなり難しい。
「実はクニミツで……天地流の太刀裁きを応用したんだ。」
「えーっ、ちゃんと手入れしてあげた?」
「今夜じっくりやるから大丈夫だよ。」
その後も空創系の空間を維持しながらカテリナの形を見て時間を過ごした。
夕方になり温度がほぼ下がりきったので空間を解除して、集めておいた液体を壺に、炭化した木材を籠に回収した。
木材は黒光りして打ち合わせるとカンカン音が鳴る炭になっていた。
大きさも不揃いで本物の備長炭とは行かないが売り物ではないし十分だと思う。
これで遠赤外線調理が簡単にできるようになる。
薪の火ではかなり難しい作業なのだ。
実は壺に集めた液体がもう一つの目的『木酢液』なのだ。
薄め方ひとつで農作業に色々な効用を発揮する。
これがあれば様々な森の植物を畑で栽培しやすくなるだろう。
色々試して、小麦畑が領地一杯になるまでにエルナス兄さんに教えてあげようと思う。
*
蜜蜂が巣を作り始めて2ヶ月余り、巣箱の中を覗くと巣板が蜜でいっぱいになっている様に思える。
働き蜂に退いてもらい、巣板を一つ取り出す。
こんな時も魔法は便利だ。
「カテリナ、桶を取って」
「はい」
巣板に蓋をしている蜜蓋を桶に削ぎ落していく。
もう一つの桶には蜂蜜を集めた。
これらの作業にも魔法を使うので特別な道具は要らない。
蜂蜜が桶八分目溜まったところで今日の作業は終了した。仕事ではないから効率は優先しない。
持ち帰った桶から蜂蜜を小さな壺に取り分ける。
蜜蓋の処置はまた今度にしよう。
「エルナス兄さん!」
蜂蜜の壺を持ってジョルジュ家を出ると兄さんが家に帰るのが見えたので呼び止めた。
「なんだい、フィンリー。」
立ち止まってくれたので壺を持って行く。
「蜂蜜が採れたんだ」
野生の一枚巣板から素人が採れるのは精々これくらいの量だ。
「おぉ、やったな。皆喜ぶぞ」
兄さんも嬉しそうだ。
「兄さんが採った事にしてくれないかな」
「お前が持って行かないのか?」
「色々届けてるからね。また増えると却って心配させるかも知れないだろ」
「分かった、そうしておくよ」
うん、理解のある良い兄さんだ。
お読みいただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
続けて読んでやろうと云う奇特でブクマがまだの御方。
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