第一章「辺境の開拓地」 2話
3.第一章「辺境の開拓地」 2話
そうこうしてひと月程過ぎたある日
「&#$%*@・$」
いままで全く分からなかった言葉が『おはよう』と意味を持って聞こえた。
オルディエが掛けた声にエルナスも『おはよう』と返している。
ようやくフィンリーの頭と聡の意識がこの世界の言葉を理解したようだ。
ちなみに自分のことを俺と呼ぶのは止めて僕にしようと思う。
元は爺さんでも今は子供だからね。
朝食の片づけを終えたオルディエがエルナスを呼んで何かを教えだした。
「今朝も魔法の鍛錬をしましょうね。いつものように魔力野から魔力を全身に回していくのよ」
「うん、がんばるよ」
「アメリアもやってみる?魔法を使いたいと気持ちを込めると頭の中に熱を感じるところが出来るの。それが魔力野でね、次はその中の魔力を捕まえるのよ」
「よくわかんない」
アメリアはまだ理解が及ばない様だ。
「エルナスも4つになるまで出来なかったから、やっぱりアメリアにはまだ早いのね。」
『えっ、魔法の鍛錬!』これは聞き逃せないぞ。
耳をそばだてて聴き入る。
アメリアには判らなくても僕には斧篠聡の意識があるんだ。
オルディエが言ったように魔法を使いたいと気持ちを込めてみる。
頭の中の熱いところ? 確かに頭の中というのが今ひとつ感じにくいかも。
でも僕は魔法を使いたくてこの世界に転生させてもらったんだ。
魔法を使いたい気持ちは誰にも負けない筈。
一心に『魔法を使いたい』と気持ちを込める……と、斧篠聡の意識全体が熱くなってきた。
『へっ?』魔力野って頭の一部だよね。
何で全部熱くなる?
あれぇ、ひょっとして斧篠聡は魔力野に居るのか。
そういえば斧篠聡が頭全部を占めていたら、もっとスムーズにフィンリーの体を感じられていたのかも知れない。
自分が居るところから脳全体に魔力を拡げようと頑張ってみる。
魔力野からの出口は何となく判ったけど、ほとんど絞まった状態で出ていく隙間も無い。
これを拡げる事から始めないと駄目なようだ。
エルナスやアメリアの事を考えると自然にここが開くのは4歳位なのかな。
僕が中から頑張ればもっと早く鍛錬を始められるかも知れない。
とにかく頑張ってみよう。
それからまたひと月、眼もはっきり見えるようになった。
オルディエは銀髪直毛で色白、かなりの美人に思える。
ランドルフはオルディエより頭一つ背が高い瘦せマッチョで黒髪、割と男前の部類だろう。
僕はと云えば、あれほど硬かった魔力野の出口が少しずつ柔らかくなってきた。
今朝もエルナスの鍛錬を見ながら出口に向かって力を籠める。
〈魔力〉の扱いもようやく少しは判ってきたように思う。
いつも通りにどんどん魔力を籠めていく。
バァン!と大きな破裂音が……響いたような気がした。
頭の中なので実際に音はしていないけど、意識全体が大きく振るえた。
とうとう魔力野の出口が開いたのだ。
様子を見ながら頭の中に出て行く。
と云っても精神の話なので実際に脳みその中を動いている訳ではない。
『ああ、意識が体に馴染んで行く』
体の感覚がリアルに感じられる。
目も耳もこれまでとは格段にはっきりしてきたし、無意識にしろ意識してにしろ体中の筋肉を自在に動かす事ができるようになった。
聡の精神が解放されたので赤ン坊ではない体の使い方もできるのだけど、骨や筋肉も未発達だから故障するのが落ちで、それでは元も子もない。
周りを驚かせてもいけないから、体がしっかりするまでは自重して魔法の鍛錬を頑張る事にしよう。
それから見様見真似で魔法の鍛錬を続けて僕は2歳になった。
喋り始めや這い這い、伝い歩きなど、出来ることを初めてするように見せるのも難しかった。
だけど、それよりもそれぞれの時期をどうするか分からず悩んでしまったが、その度に斧篠聡の雑学が蘇って大過なくこなす事ができた。
聡の記憶には連続性が無い。
普通の記憶のように芋蔓式に思い出すのではなくて、それぞれの記憶にきっかけが必要なようだ。
神様が『斧篠聡の記憶』と言った時はてっきり死んだ当時に覚えていた事だけが残るんだと思っていたけれど、実は聡が生涯で見聞きした事全てが残っているみたいだ。
人付き合いを避けなければならなかった聡は、持て余す孤独な時間の大方を雑学や科学知識等の情報を見聞きする事に費やしていたので、膨大な情報を『知って』いる。
死ぬ前にはすっかり忘れていたそれらの知識もきっかけが有れば蘇るようだ。
アメリア姉さんは4歳で魔法の鍛錬を始めた。
エルナス兄さんの時に見ていたので珍しくもないけれど、実は魔法の鍛錬と同時に文字の勉強が始まる。
呪文や陣図の習得に必要なだけではなく、もちろん貴族としての必須知識だ。
兄さんの時は遠くて見る事が出来なかったが、今は何気に覗き込んでも叱られはしない。
姉さんは反復練習が必要なようだったが僕は一目見るだけで覚える事が出来たので姉さんの勉強が進むのが待ち遠しかった。
エルナス兄さんが6歳になって剣術の鍛錬が始まった。
お父さんもお母さんも家の傍では剣の鍛錬をしないので剣の鍛錬をみるのはこれが初めてだった。
物珍しさに食い入るように見ていると突然、道場で古武術の所作で形を演じる壮年の男性が記憶に浮かび上がった。
天地流古武術院主天地昇龍、改名前は斧篠昇、聡の伯父さんだ。
保育園時代に相次いで両親を亡くした聡を昇伯父さんが引き取り小学校卒業まで育ててくれた。
豪放磊落で優しい伯父さんを聡は大好きだったので、伯父さんが極めようとしていた古武術を一挙手一投足、鍛錬の準備から、体捌き・武具の扱いまで目を皿のようにして脳裏に焼き付けて、伯父さんのようになろうと頑張った。
でも悲しい事に父親ではなく母の血を濃く受け継いだ聡は運動能力に全く恵まれておらず、脳裏に焼き付けた『おじさん』の姿を再現するどころかその真似事すらできなかった。
一滴の酒も飲まなかった昇が肝硬変で倒れて入院するまでに二人が過ごした時間はとても濃密で何物にも代えがたい物だったが、伯父さんが亡くなった日、聡は天地流の記憶全てを封印した。
フィンリーに転生した聡が思い出した昇伯父さんは『気』について良く語っていた。
「聡、人の体にも戦いの場にも『気』は必ず存在するんだ。天地流と現代武道の違いは『気』をその根本とするかどうかだ。天地流は所作と形の全てに気の流れが組み入れられた古武術の中でも稀有な流派なんだ。『気』はよほど特殊な者でない限りほんの僅かしか感じる事は出来ないがな、その僅かな物が最後の勝敗を分ける事は決して珍しくない。実際儂はその僅かな差で何度も勝ちを拾ったぞ。もしもだ、『気』が溢れた世界があるとして、その世界に行けば天地流は無敵だ!」
伯父さんが語った『気』と魔力や魔法は関係があるのではないだろうか? もしも関係があるとすればこの世界で『天地流』は無敵ではないのだろうか。
たとえそうではないとしても、今剣を持っているお父さんよりも記憶の中の無手の伯父さんの方が遥かに強いのは明らかなので、僕は天地流を頑張っていこうと心に決めた。
試しに裏庭で天地流の基本の形を演じてみて、驚いた! 2歳児の体で伯父さんの形が再現できる。
聡はどんなに努力しても出来なかったのに……何事においても才能とか相性とかって本当に大事なんだよなぁ。
この後直ぐに弟が産まれてクルスと名付けられた。
ルマナ系のお母さんの血筋を感じるとても可愛らしい赤ん坊だ。
僕が生まれた時も同じだったとエルナス兄さんに後で聞いたが、母さんが産気付くとお父さんが産婆さんを呼びに走るところからてんやわんやの大騒ぎになった。
初産の時は産婆さんも近所に待機してくれたりするらしいが、二番目以降はそんな気遣いはしてもらえず、どこも似たような騒ぎになるようだ。
そんな中で産まれた血の繋がった身内を初めてこの目で見た時に、僕は聡の65年の人生も含めて経験したことのない大きな感動を覚えた自分に驚いていた。
よくよく考えると聡の人生では目下の身内など出来た事がなかったのだ。
今までは僕が一番下で周囲の耳目を集めていたけれど、クルスの誕生によってそれが一気に彼へと移った。
年に似合わずひねこびた僕は全く可愛げのない子供だったから、クルスが皆に可愛がられるのはごく当たり前の成り行きだった。
これからはクルスのおかげで魔法や天地流の鍛錬がやり易くなりそうです。
最後までお読みいただきありがとうございました。まだまだ続きますので、これからもよろしくお願いします




