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第一章「辺境の開拓地」 25話

いよいよこの25話を以って第一章終了でございます。さて、フィンリーは王都往きでいい人ばかりの環境から脱して無双したりするのか?しないのか?まずは第一章最終話をどうぞ。

 目の前のトラ君は僕の事を測りかねているようだ。そりゃあそうだろうね。

彼は魔窟の魔物さえ除けば、おそらくこの国で一番強い獣だ。

人であろうが獣だろうが、彼の前に出て怯えない者など会った事が無い筈だ。

たとえそれが同族の虎であってもそうなのに、この目の前のちびっ子は怯えるどころか彼を値踏みしようとしているのだから、訳が分からないだろう。


 実のところトラ君よりも気になってしようが無い事があるのだ。

うっすらと身に纏った魔法、魔力からして防御力やパワーアップにさほど影響しない程度の魔法だ。これが随分と馴染む。

『何に?』……もちろん『天地流に』です。


~聡さんの解説タイム:面倒な人は読み飛ばしてね~

 うちの家族の魔法を見ていても判るように、魔法は身に纏えるレベルまでコントロールできないのが普通だ。

フィンリーもこれを試すまではそうだった。

例えば空創系と云えば、『①身体の前に板状のシールドを出す②身体を筒状のシールドで囲む③シールドを半球状にして対象全体を覆う④自分から離れた所をシールドで守る⑤シールドで小さな空間を作って熱や電位を閉じ込める⑥空間に魔法の特性そのものを閉じ込める』が全てとされているそうだ。

これが全て出来れば──他の魔法全部でも良いのだが──高位貴族レベルと呼ばれるらしい。

ちなみにうちの家族はこれら全てができる。

ただし僕以外は⑥を発動して空操系と組み合わせて使えば魔力がだいぶ少なくなる。

①から⑥で数字が大きいものの方が魔法の消費量が大きいのだ。

今フィンリーがやっているように『身に纏う』事の難易度は⑤や⑥の比ではない。

ところが現実には僅かな魔力消費で維持できているわけで、難易度と発動魔力量の関係が大きく変化している。

その変化には何が『キー』になっているのだろう。

僕が思うにそれは『気』だ。

あっ、別にキーと気を掛けている訳では無くてね。

「気が溢れた世界に行けば天地流は無敵だぞ!」と言って破顔した昇伯父さんを思い出す。

天地流のかたと所作の緩急に一体化した『気』は、この世界の魔法をコントロールする『キー』なんだと思う。

実際(僕からすれば)僅かな魔力で身に纏った魔法は期待以上の効果を生み出している。

天地流の所作に準じた挙動は魔法が後押しをして必要最低限の力で最大の効果を発揮出来るように導かれる……うーん言葉は難しい、魔法に導かれるんじゃないな。

天地流の所作により『気』として扱われた魔力が淀みなく正しい道筋を流れ、その結果として最大限の効果が発揮される……こんな感じかな。

 おそらく天地流は聡の世界には僅かしか存在しない『魔力』を『気』として捉え、それを最大限に活かすために昇伯父さんが様々な古武道の『最適』を練り上げた『魔力制御体系』だったのだろう。

~解説タイム終了~


「グアーウルルゥ」

一瞬気を逸らした僕に焦れたトラ君が唸り声を上げ、間合いを詰めた。

あぁ、ひっそりと近付けば効果的があったかも知れないけど、声を上げちゃあね。

僕は近寄るトラ君の鼻先を仗で押さえ、それを支点にぐるんとトラ君を跳び越え……その尻を仗で思い切り引っ叩いた。


『向こうに行ったらダァメだよ!』

何だかやたらと調子が良い。

やはり魔法と天地流の相性は最高みたいだ。

したたかに尻を叩かれたトラ君は僕の方に向き直る。ダメージは無いだろうけど痛いには違いないよね。

これで皆の方から視線を逸らす事ができた。

魔法のパワーで急所を突いて瀕死にさせてから生操系魔法で復活させて楽しようかと思っていたけど、ちょっと方針を変える事にした。


 実のところ虎は不器用なのだ。

狩りの手段は『近付いて飛び掛かり前足で抑え込む』ほぼこれしかない。

猫が鼠や虫を捕まえるやり方と基本的に変わらない。あとは前足で叩く位。

圧倒的な力とスピードの差がある場合はそれでもいいのだろうけど、実際のところ狩りの成功率は1割強と云ったところらしい。

なら、それを0割にして見せましょう。

気を付けるのは前足と口、それと巨体に伸し掛かられないようにすれば良いだけだ。


 トラ君が飛び掛かる。僕は飛び退かない。

天地流の足捌きと所作でするりと前足を掻い潜った、その目の前にある巨大な横顔の鼻先を上から仗でぶっ叩く。

こちらに向き直るついでに前足で叩きに来るところを躱してまた鼻面を叩く。

「ギァンッ」

痛いよね、鼻は鍛えようがないからなぁ。


 大きく跳び付いて抱え込もうする巨体の下を屈んで低く滑るように斜め後ろへ足を運んでトラ君の反対側、斜め前方へ出たところでブゥンと鼻を前から横叩き。

トラ君は僕を抑え込めなかった瞬間に鼻先を後ろに逃がす様に首を竦めたのだが、前から迫る仗は避けられなかった。

意地に成ったように飛び掛かってくるのを今度は後ろに下がってまだ止まりきっていない鼻先へ力を込めた仗を突き出す。

「グァルゥ」

仗の先がめり込んだのか鼻先が切れて血が出だした。


 まだ諦め切れないのか飛び掛かりざまに左右の前足を斜め振りに叩きつけに来る。

ここで下がるのは悪手に成るかと、斜め前に移動しながら先に来た左前足の巨大な猫パンチをグッと押さえた仗の力で飛び上がりトラ君の肩に乗って……頭越しに真上から鼻を叩いた。


 遂に嫌気が差したのか僕が肩から飛び降りるとトラ君は後退る。

念の為に鼻先を掠める様に仗をぶんぶん唸らせると体を回し僕を背にして歩みだした。

もちろん馬車の皆を背にするように飛び降りたのも計算の上だ。

首だけで振り返ったトラ君の瞳がやけに寂しげに見えた。


 空腹に耐えかねて狙った獲物でもない、機嫌を損ねた虫けらを捻り潰してやる積りが手も無くやられっ放し。

勘定が合わない事、はなはだしいわなぁ。

でも諦めてくれないと殺す事になったかも知れないし。

うん、去ってくれて本当に良かった。

本能的に僕が本気を出して無い事も悟ったようだし、鼻先を何度もかすめたから僕の臭いも覚えたと思う。

そういう意味で野生動物は結構賢いのだ。


 トラ君の姿が完全に視界から消えるのを待って僕は馬車の方を振り返った。

馬はどこかに逃げたようだ。馬から放り出した男は馬車の方へ後退あとずさってへたり込んでいる。

「大丈夫ですか?」

歩み寄って声を掛けた。「…………」

彼を放り出してからまだ数分も経っていない。

目の前で起きたことが理解できていないようだ。

とりあえず彼は放置して僕は馬車の方を向いた。


「もう大丈夫です!ここまで来てくださぁい」

 馬車が傍に留まったので御者に話し掛ける。

「馬が逃げたみたいで……彼は乗れますか?」

「客席は満員だからね、私の横で良ければ」

「料金が高くて払えなかったので親戚に馬を借りたのです」

男が初めて口を利いた。

「途中からだし、御者席だ。払えるだけで良いよ」

おお、話が分かる。


「遠目で良く見えなかったけど、どうやって追っ払ったのですか?」

 馬車の窓から顔をだした若い商人が話し掛けてくる。

「それよりも、馬まで跳びましたよね」

御者だ。

魔導学院に入学するのだから魔法を秘密にする必要はない……人並みに見えさえすれば。

「時間が無いので魔法で跳んだのですが、あれで魔力が残り少なくなって。あとはこれが頼りでしたよ」

仗を撫でる。

「あの山の主を追い払うなんて、聞いた事も見た事も無い!」

別の乗客が声を上げた。

「虎は攻撃のパターンが少ないので何とか躱す事ができました。チクチク嫌がらせをしていたら嫌気が差したみたいです」

全部本当の事だ。

天地流と魔法の事は話さないけどね。

「虎は案外賢いのでもうこの馬車は襲いませんよ。予定通りに進みましょう」


 山中の中継地から翌朝の馬車に乗ったのは昨日の乗客では僕だけだった。

御者も交代している。

御者は担当が違うんだろうけど、乗客の皆はトラ君騒ぎのせいで直ぐに出る気になれなかったのかな。

トラ君の件が噂になるとは思うけど、個人の特定は難しいだろうし無視していれば大丈夫……と思いたい。

その後の行程に特別な事は起きず、予定通りに僕はクムネ侯爵館の街に着いた。

侯爵領主館所在地だけあってそれなりに立派な街並みで『流石にジグマ伯爵邸の街に比べれば多少の風情は感じられるなあ』まあ、それだけの印象だった。


 順調に王都へと近付いている。

『さあ、明後日には王都!』の予定だ。

いつもお読みいただきありがとうございます。

閑話を挟もうかとも考えましたが、明日はこのまま2章に突入いたします。

2章では予定通りフィンリーが王都での学院生活を始めます。

物語の展開が遅くで申し訳ありません。

是非ともお付き合いの程よろしくお願いいたします。 


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