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第一章「辺境の開拓地」 9話

 僕が8歳になって半年が過ぎた。

領地の開墾は進み準騎士爵領最後の募集がなされた。

ジョルジュ夫妻が我がベルナード家に領都からの召喚状を携えて帰って来た。

二人は何度か休みで戻った事はあるけれど、いつも数日間で最後が半年以上前だったからカテリナはさぞ甘えたいに違いない。

僕達家族がジョルジュさん達と入れ替わりで、陞爵の儀のために領都へ向かうのでカテリナは親子水入らずで過ごす事ができそうだ。


「フィンリー、ここを出るのは初めてだな」

「はい、少し緊張しています」

「ははは、お前の馬の鍛錬も兼ねて皆で馬を連ねようか」

「馬ですか。それは楽しみです」

「今日はえらく堅苦しい話し方だな」

「父上も永代貴族になられるから話し方を改めるようにと兄さんが」

「言われたばかりで……何をやってもそつがないな、お前は」


その日僕は初めて馬に乗った。

天地流には乗馬に関する所作も含まれており、所作と形の鍛錬で馬を操る筋肉や気の流れは鍛えられるが、与えてもらった馬の気心を知り万全だと思えるのに2日掛かった。

「もう大丈夫なのか」

その日の夜に『明日出れます』と言うと父上は呆れ顔だった。


 一日置いて2日後の朝、晴れて家宰になったジョルジュさん夫妻とカテリナや領内の皆に見送られて僕達は最初の目的地、小都市カサオを目指した。

弟のクルスは母上と兄さんの後ろに交互に乗る事になっている。

知り合いの領地を出会った人に挨拶しながら通り過ぎていく。

事情を知っていて皆、笑顔で送ってくれた。



 カサオまでは人の足でも一日で着ける距離なので馬も急がせる必要は無い。

「ここは眺めがいいわね」

姉上が気持ち良さげに声を上げた。

道は小高い丘を越えるところで四方に視界が開けている。

この辺りは畑作に向いていないのか、牛や羊が草を食む光景が延々と広がっている。

「牛や羊も可愛いよね」

クルスが姉さんに返した。

「麦畑もひと段落したし、領内の分だけでも育てたいですね」

兄さんが父上に問いかける。

「それもいいわね。考えてみない、貴方」

「うちはまだ森が近いから放牧は無理だな。獣が襲いに来ると領民に被害が出るかも知れない」

母上の後押しに父上が答えた。

「厩舎を増設して馬だけでなく牛も飼いましょう。乳牛が数頭いれば領民に乳は行き渡るでしょう」

僕が提案すると

「そうだな」

と父上が答えた。


「ホントに美味しいね。このパン、ミルクにすっごく合うよ」

クルスの独り言が明るい。

昼は姉さんが焼いた柔らかいパンと僕が用意して来た山鳥のローストだ。

放牧地で山鳥2羽の内1羽の半分を牛乳と交換してもらったので、栄養のバランスも悪くないと思う。

「やっぱり乳牛は絶対よね」

姉さんが押してくる。

「でも放牧じゃないと世話も大変だよ」

おぉ今日はクルスが能弁だ。

「領民も増えたし、シフトを組み替えれば大丈夫だよ」

とエルナス兄さん。

「そう、厩舎から出す時間も決めて皆で世話をすれば上手くいくと思うよ」

僕も後を押しておく。

「そうよそうよ、絶対大丈夫よ」

そうだね、姉さん。牛乳は洋菓子の基本だものね。



 そうこうしているうちにカサオの街が見えてきた。

見た事もない大きな街並みが目の前に広がっているけど、これでも小都市なのか。

もちろん聡が生きていた世界には比べるべくも無いけど、領内が何十家とか何百家とかで汲々としている開拓地を考えると思いが及ばないほどの大きさに思えた。


 城塞がある訳ではなく密集した建物が大きな塊を形作っている。

不思議だがその塊の外側には畑等の管理に使うと思われる小屋が建てられているだけだ。

「父上、街の外の耕作地に家や集落が無いのは何故でしょう?」

「この街は貴族ではなく一般の人々の代表が運営しているんだ。もちろん街が貴族に税を納めてはいるがな。周りの耕作地は個人でなく街の職員が管理しているからここには農家がない。人々は商店や工房を営むか街の職員になるらしい」

「こんな街は沢山あるんですか?」

兄さんが尋ねる。

「ジブリット家、カルテック家、アムラス家の辺境伯領ではそれぞれ幾つか似たような都市が在るようだな」

そうなのか、3辺境伯家はパノン家がこの島国に進出する前の支配層だったから、この街の在り方は昔のこの島国でのやり方だったのか。

それとも辺境なりの必要によって発生したものなのだろうか。

パノンが来るまでは都市国家がいくつも在ったと聞く。

王政では無かったようだから何らかの合議制がこの島国のやり方だった可能性も高いし、逆に何かの必要性に駆られてこうなったと考えても不合理には思えない。

王都に行けば何か資料が見つかるだろうか。

まあ、領内不干渉を約束されている辺境伯家だからこそ許される形なのは想像できる。

王政を絶対と思う人たちにとってはおそらく目障りな事この上ない筈だ。


 城郭が無いので当然門も無いが、街に入る道の傍らには守衛小屋があって衛兵が街への出入りを確認している。

噂に聞く都会の騎士然とした出で立ちでは無く、ごく普通の役人が腰に剣を下げているだけだ。

「領都に召喚されたベルナード家の者です。雑貨商のサマリーズに向かいたいのですが、どちらか分るでしょうか」

エルナス兄さんが衛兵に尋ねた。

「ご苦労様です。サマリーズはこの道を真っ直ぐに四辻目の右奥角になります」

「ありがとうございます」

サマリーズはジョルジュさんの実家の雑貨商だ。

大通りの中心に店があるようだ。


     *


「いらっしゃいませ!」

「テマードさんはいらっしゃいますか。ベルナード家の者です」


 店の奥から現れたテマードさんはジョルジュさんと同じマノル系金髪で40代の渋い小父さんだった。

「はい、ようこそお越しくださいました。ジョルジュから聞かされております。こちらへどうぞ」

テマードさんが店の奥へといざなった。

なかなか立派な店構えだ。

雑貨店と聞いていたけれど聡の知識で見ると小さな百貨店と云った風情を感じる。


「この都市ならそれぞれ専門店があるのだろうが、それらで扱うような商品も揃えておられる。専門店と張り合って商いが成り立つものですかな」


 父上が尋ねる。


「雑貨店から身を起こしましたので専門店と同じ商いは出来かねます。ただ、この世には様々な店と取引するより窓口一つを便利使いしたい方々もおられますので」

「なるほど、出自によってそれぞれそれなりの戦い方があるという事ですな」


 その日はサマリーズ裏手のテマード家にお邪魔した。

奥さんのコニーネさん、ジョルジュさんのお兄さん夫婦エムネスさんとテレナさん、甥のサムトス君も一緒で賑やかで楽しい夕食となった。

父上はテマードさんと仕事の苦労話で盛り上がっている。


 夕食の後サムトス君を寝かしつけたテレナさんが戻った後で父上が言った。

「私は我が領を育て出来るだけ早く発展させて、領民や家族を養って行かねばならないのです。そのためには領外との臨機応変な取引も欠かせないと思っている。私には思い付かないが息子達は小麦以外の産物や2次加工なども考えているようです。私や息子達の思いを実現するには我が領をよく理解して仲立ちをしてくれる商家が不可欠と考えています。ジョルジュの伝手というだけではなく貴方とは仕事の価値観も合いそうだ。是非、これから長い付き合いをお願いしたい」

「ご期待にお応えできるか自信はございませんが、精一杯努めますのでよろしくお願いいたします」


 こうして領地の未来について重要な話がまとまった。

そうですか、父上の領地はこれからどんどん発展する予定です。

個人商店としては立派な店構えだがこのままでは心許ないよね。

すると、僕の頭に『総合商社』の文字が浮かび上がった。


 よぉし、サマリーズにはこれを目指してもらいましょうかねぇ。

最後までお読みいただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

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