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相合傘した男女が結ばれる魔法の傘が、この学校のどこかにあるらしい。

作者: のい

だいぶ前に書いていたものを供養で投稿しときます。

その傘で相合傘をした男女は必ず結ばれる──そんな魔法のような傘が、この学園のどこかに存在しているらしい。


その名も、『愛愛傘』。


実際、誰と誰がその傘を使って付き合ったとか、実はあそこのカップルはあの傘を使って結ばれたとか。そんな噂は、学内に幾つも蔓延っているそう。


「へえ」


ある日の放課後、醒井(さめがい) みここは部室に来るなり、興奮を隠せない様子でそんな話をした。

僕は興味なしの態度を隠さず、適当な相槌を打つ。

しかし彼女は気にもしていないようで、話を続けた。


「なんでも、見た目は普通のビニール傘と変わらないらしいんです」


だけど、と醒井は透き通るような白さの人差し指を突き立てる。


「柄のところに、ウサギの紋様が彫られているんだとか。それが唯一見分ける方法です」


「ウサギねえ」


「はい、お互い向かい合うように座る一対のウサギの紋様だそうです」


「……どこでそんな噂仕入れてきたんだ」


「クラスの子達が教えてくれました。みここちゃんそういうの好きでしょ、って」


醒井がクラスメイトと仲良くできているというのは、先輩目線としては良かったと思うところだけれど。

彼女がそういう人間だと認知され始めているというのは如何なものか。


「で、その素敵な傘は学内のどこでお目にかかれるんだ」


観念したと言わんばかりにーー僕は読みかけの文庫本を閉じて、彼女のほうを向く。

向けた方向、すぐ目の前に醒井の整った顔があって、思わず僕は上体を反らして距離をとった。


「それが、その傘は神出鬼没だそうなんですよ」


醒井は一層瞳を輝かせる。


「なんの前触れもなく現れては、煙のように消えてしまうーー目撃場所は、昇降口の傘立てからプールの中、校長先生の机の上と、多岐に渡ります」



「そうか、それは残念だな」


そんな出現率の低いレアアイテム、恐らく僕らが普通に学校生活を送っていても、お目にかかることはないだろう。


「はい、残念ながら時間がかかりそうです。数日がかりになるかもしれません」


「うん、だから今回ばっかりは諦め……うん?」


今のは僕の聞き間違いだろうか。

顔を上げると、醒井は屈託のない笑顔を浮かべて、


「2人で一緒に頑張りましょう!まずは、昇降口から探してみましょうか」


と、言った。



骨董部。それが僕の所属する部活の名前だ。


主な活動内容は、「地域に根ざした伝統工芸品や歴史的価値のある品々について研究・分析し、文化の成り立ちを学ぶこと」ーーというのが、表向き。

しかし実際の活動としては、「得体の知れない不思議ないわくつきアイテムを集めること」。

骨董部の部室は古今東西の珍妙なアイテムで溢れかえり、さながら本物の骨董屋のような様相を呈している。


この部活がそんな風になってしまったのも、全ては彼女ーー骨董部の部長であり、僕を除いた唯一の部員である、醒井みここが原因である。


醒井みここ、高校一年。

艶やかな長い黒髪と、透き通るような白い肌、理知的な顔立ち。大人びた落ち着いた喋り方と大人しい性格からはお嬢様という印象を受けるし、実際に彼女は名家の出身である。

その一方でーー醒井みここという人間は、「超」がつくほどのミステリージャンキーで、この世界の不思議なもの・ことには目がないのである。


ゆえに。


彼女が「愛愛傘」なんて摩訶不思議なものを、みすみす見逃すわけもなく。


「──ないですねえ、昇降口には」


僕らが通う学園は、校舎が全部で三つあり、それぞれに一つずつ昇降口が設けられている。

そこに放置されている傘の柄を一本一本調べていく作業は決して容易くなく、部室を出発してから既に一時間が経過していた。


「やっぱり、自分から探しに行って見つかるものじゃないんじゃないか」


傘立てに放置された傘を一本一本かき分けている醒井の後ろ姿に声をかける。


「だけど、ずっと部室で待ちぼうけしてれば向こうから来てくれるものでもないでしょう」


醒井は手を止めて、こちらに向き直る。

腕時計で時刻を確認してから、ふうと息を吐いた。


「ですが、もう17時ですし……今日はこの辺でやめておきましょうか。昇降口は全部探しましたし」


明日は空き教室を見て回りましょう、と彼女はやる気を漲らせる。


「明日以降も探すのか……」


「当然です。そんな不思議なものがこの学校内にあるというのに、諦められるわけがありません」


件の傘は神出鬼没だというがーー今日昇降口になかったからといって、明日も昇降口にないとは限らないのではないか。

その場合、永遠に毎日探し回り、傘が現れる場所を引き当てられる日が来るのを待つしかないのではないか。


……その途方もなさと確率を考えると、気が遠くなる。


「……ていうか、その傘の噂って信憑性あるのか?」


「女子高生の話す噂に信憑性なんてあるわけないじゃないですか。この世で信用ならない生き物の一つですよ」


「お前は女子高生をなんだと思ってるんだ……そもそもお前もその生き物だろ」


醒井は答えず、部室へ帰りましょう、と言って歩き始める。

僕はその隣に並びながら、彼女を諭すように語りかける。


「そもそも、あくまで噂でしかないんだろ。実物をこの目で見たわけじゃない、写真があるているわけでもない。つまり、実在しているかはわからない」


それに、と僕は続ける。


「仮に見つかったとして、ウサギの刻印がされた傘が実在したとしてーーそれは何の変哲もない、ただのビニール傘かもしれないぜ。使った人間が結ばれたってのはただの偶然でさ。そもそも、一本の傘を共有できる男女なんて、それなりにそれなりの関係性が既に出来上がってるもんだと思うがね。偶然というより、必然に近いものを感じるよ」


畳みかけるように言い切って、横目で醒井の顔を窺った。

ここまで否定的な意見を述べて、彼女はどう思うだろうか──すんなり探すのを諦めてくれやしないだろうか。


いつもの骨董部の活動は、誰かが持ち込んだ物や、偶然見つかった物について調べたりするのが主だ。既に僕らの目の前にある骨董品について、あれこれ彼女とやるのは許せる。

しかし、実在するかもわからない噂程度の代物を探して、余計な労力と無駄な時間を費やすのはいささか利口とは言い難い。


「ふむ、確かにそうですね……」


醒井は少ししょぼくれた様子で、がくりと肩を落とした。


ああ、それでいい。そのままこの件を諦めて、大人しく部室にあるガラクタをいじくり回すことに専念すればいいのだ。

なんて、僕が一抹の淡い期待を抱いたところで──彼女はギラリと再び目を輝かせて、僕を見上げた。


「存在するかわからない傘、効果があるかわからない傘。どちらにしろそれは不思議ですね!調査のしがいがありますね!」



帰り道、僕はコンビニに寄った。

いくつか買い物を済ませ、外へ出る。


夏が終わり、秋が始まりかけた今日この頃。陽は既に傾いて、すっかり夜になっていた。

自転車に跨って、ペダルを漕ぎ出す。家路を急ぎながら、僕はぼんやりとこの数ヶ月間のことを思い出していた。



ーー「この世に不思議なことなど何もない」と誰かが言った。

全ての事象には原因があり、理由があり、筋道があり論理がある。理屈で説明できないものなど何もない。


醒井みここに出会うまで、僕はそう思っていた。


この世界には時に、常識や科学で太刀打ちできないものが存在する。


例えば、硝子玉に閉じ込められた少女。

例えば、行燈の光の中に生きる虎。


この数ヶ月間、僕が醒井みここと体験した数々の出来事や出会った骨董品の中には、「不思議」としか形容できないものも少なくなくて。


考えてみれば──僕が今ここに生きていることも、醒井みここが生きていることも。

僕らがこの街の片隅の、何の変哲もない普通の学校の、骨董部という小さな部活で出会ったことも。

一つ一つの事実が、どれも不思議と呼ぶに値するのではないだろうか。


この世に不思議でないことなどない。

醒井みここと出会って、僕はそう思い始めている。



「目撃情報があったそうだ」


翌日の放課後。

部室に入るなり僕が開口一番に言うと、醒井はきょとんとした顔で「ふぇ?」と鳴いた。


「愛愛傘だよ、昨日の。クラスのやつが話してるのを聞いたんだ」


ため息混じりに僕が言うと醒井は目の色を変え、音を立てて立ち上がる。


「本当ですかいつですかどこですか」


凄まじい勢いで詰め寄ってくる醒井から身を逸らしつつ、「校庭の外れにある倉庫だとさ」と答える。


「あそこの倉庫、体育の授業で使う器具が仕舞ってあるだろ。今日授業であの倉庫に入った生徒が、それらしき傘を見かけたって話題になってるらしいぜ」


「ふむ……そんなところにあるとは」


「神出鬼没だからな」


僕は鞄を近くの机に置いて、入ってきたばかりの部室から外へ出て、


「誰かに使われる前に捕まえに行こうぜ、2匹のウサギさんを」


と言った。



昇降口を出ると、湿り気を含んだ空気が体にまとわりついた。

空は一面灰色の雲に覆われている。予報では、夜から雨が降るらしい。


「よっ、と」


倉庫には鍵がかかっておらず、閂を抜くだけで容易く倉庫の扉は開いた。

埃とカビのにおいに少しむせながら、電灯のスイッチを入れる。

切れかけの蛍光灯が、雑多に押し込まれた器具を照らした。


「……もしかして、あれでしょうか」


入り口からキョロキョロと中を見回していた醒井が小さく声を上げて、倉庫の中のある一点を指さす。

その方向を見やると、授業で使われているマットや得点板などの奥、壁に立てかけられている一本のビニール傘が目についた。


醒井はまるで子供のように軽い足取りで、ひょいひょいと器具の合間を跳ねるように抜けて、傘の方へ近づいて行く。

彼女が動くたびにスカートの裾が揺れて、見えてはいけないものが見えそうになり、僕は思わず目を逸らした。


醒井は傘の元までたどり着いて、恭しい手つきで手に取る。

そのまま傘を様々な角度からしげしげ眺めて、しばらく黙り込んでから、


「……多分これ、だと思います」


ぽつりと自信なさげに呟いた。


「なんでそんな微妙な感じなんだ」


「だって、これ見てください」


行きとは打って変わり、とぼとぼと力ない足取りで戻ってくる醒井。

彼女は手元の傘を突き出して、僕の眼前に突きつける。


「……これウサギに見えます?」


と、傘の柄の部分の刻印を指さした。


なるほど、噂に聞いていた通り、何の変哲もなさそうなビニール傘の柄に、小さく一対の紋様が彫り込まれている。

球体が二つ積み重なった雪だるまのようなシルエットから、上向きに伸びる2本の棒。その形が並んで二つ。大きさもほとんど同じ。


「まあ、ウサギだな」


「……本当に?私にはそう見えません、というか何にも見えません」


憮然とした表情で呟く。


「これは例え話だが、月の表面のクレーターがウサギに見えるって日本では言うけど、海外では人だとかワニだとか諸説あるらしい」


それと同じようなもんだろ、と言いながら僕は柄の刻印を指でなぞる。

どこからどう見てもウサギだ。そうとしか見えない。


「うーん……」


暴論に納得しかねる様子の醒井は、何かを考え込むように刻印を指でなぞっていた。

それから少し時間が流れ、僕の横を通り抜けて屋外へ出る。そして、傘を勢いよく開いた。

先程まで曇っていた彼女の表情が変わる。にやにやと、不敵な笑みを浮かべて。


「ーーあー、なるほどです」


彼女は何かを理解したようで、ふんふんと満足げに唸った。


「どうした」


僕が声をかけても、なるほどなるほどと頷くばかりでなにも答えない。

彼女は何に気づいたのだろう。考えてみても思い当たる節はなく、痺れを切らした僕は、

後を追うように倉庫の外へ出た。

傘を開いたままその場に立ち尽くしている醒井の隣に並んで立つ。手元の傘に視線を落としても、何ら不自然な点は見当たらない。置いてけぼりにされた僕を嘲笑うように、2匹のウサギがこちらをみているような気がする。


「……あ」


ふわりと風が吹いて、鼻先を湿った匂いが掠めた。雨の匂いだ。

そう思った直後、ぽつりぽつりと音を立てながら、目の前に広がる校庭の地面が斑に色を変えていく。幸い、倉庫の庇の下に立つ僕らは雨粒に濡れることはない。


「雨ですね」


「予報では夜から、って話だったがな」


「天気予報なんて、よく外れますからねえ。自然とはまた、不思議なものですね」


なんて、暢気な会話をしているうちに、雨は次第に強さを増していく。

数分と経たないうちに本降りになった。激しい雨音が二人の間を満たす。


「ゲリラ豪雨だろ。少し待てば止む」


「だといいですけど」


それより、と僕は話を戻す。


「何に気づいたのか教えてくれないか」


醒井はふふと笑って、


「使ってみれば、先輩もわかるんじゃないですか」


「うーん……?」


言いながら、彼女は無理矢理僕の手に傘を握らせた。

そしてすぐ傍に寄り添うように近づいてくる。


「うん?」


状況が飲み込めない僕を他所に、


「じゃあ、部室へ戻りましょうか」


と微笑みを向ける。


「いや、見ての通り土砂降りだが。とても外出れんだろ」


話しているうちに、更に雨足は勢いを増している。

水捌けの悪い校庭には、既に幾つか水溜りが出来上がっていた。


「だから」


醒井は呆れたように、


「その傘使いましょうって言ってるんですよ」


と僕の手の傘を指差した。


「……えーっと」


僕は2匹のウサギに視線を落とす。

彼女はこの傘がなんなのか忘れたのか。僕らがなんのために、たかが一本のビニール傘を探し回っていたのか忘れたのか。

はたまた、この傘がまつわる噂や持つ効力を、なんらかの論拠に基づいて眉唾物だと結論づけたのかーーいや、まさか醒井みここが、不思議な出来事や不思議なものを、そんな現実主義者のように否定するわけもない。


彼女は、自ら経験しないと気が済まないたちなのだ。

身を持ってして不思議を味わい、不思議に巻き込まれ、不思議に包まれたい人間なのだ。


しかし、この傘にまつわる不思議を体験する、というのはーーまた別の問題が発生するわけで。


「な、なあ……お前、わかっててそれ言ってるのか」


「何をです?」


「だから、この傘を使った男女はーー」


段々と語尾が萎んでいくのが自分でもわかる。


「もう」


困惑しきった僕に呆れたように、醒井は小さく咳払いをしてから、


「察してくださいよ」


とか細い声で呟いた。


「え?」


「そういうことですよ」


「どういうことだ」


だから、と彼女は僕の腕をぐいと引っ張ってーー頬を紅潮させ、伏せ目がちに。


「先輩とだったら、ってことです」


と言った。


どきり、と心臓が一層大きな脈を打つ。

普段とは打って変わった、殊勝なその態度と表情に、僕は思わず息を呑んだ。


先輩とだったらーー相合傘してもいいということか。それともーー。


僕は何も言えず、しばらく黙り込む。その間も雨は降り続き、醒井はぼーっと外を眺めながら立っていた。僕はその横顔を見ることはできなかった。


どれくらいの時間が経っただろう。


僕は「はあ」とため息を吐いた。


「……ほら」


ぶっきらぼうにそう言って、醒井が濡れないよう、彼女の方へ傘を傾ける。

2人何も言わず並んで歩き始める。

高鳴っていく心臓の音は、傘に弾ける雨音でかき消された。



ぬかるんだ校庭を進み、次第に昇降口が見えてくる。

相合傘をしている間、僕らの間に会話はなかった。いつも交わしているしょうもない軽口も、頭の中に浮かんですらこなかった。


彼女の本心。

愛愛傘の真偽。

それから、僕の心情。


どれもこれも不透明で、不可視でーー不思議だ。


この世に不思議でないことなど何もない。


口の中でそう呟いたところで、傘立てに並ぶくたびれた傘たちが視界に入る。


ああ、わざわざ2人で相合傘しなくとも、1人があそこの傘を取りに来て、また戻ればよかったんじゃないかーーなんて、思い。

自分の手の中にある傘を見上げて、ようやくその違和感に気がついた。


「ーーようやく気づきました?先輩」


まるで、先程の殊勝な態度が嘘だったかのように。

いや、実際嘘だったのかもしれないが。


同じ傘の下で、醒井みここはいつも通りの厭らしい笑みを浮かべた。



「まだまだ詰めが甘いですね」


部室に戻るなり、醒井は言った。

窓の外を降る雨は幾分小降りになっている。

僕は先程まで使っていた傘ーー『愛愛傘』の水滴を拭き取って丁寧に畳みつつ答える。


「……なにが」


「それですよ」


と、僕の手の中の傘を指差す。


「先輩不器用ですね。もうちょい上手くやってくださいよ」


「だから、なにが」


「とぼけなくていいですよ──偽物でしょ、それ。先輩が作った」


ぐぅ、と自分の喉が鳴った。


「……いつから気づいてた?」


「まあ割と最初の段階で。面白いから黙ってましたけど」


醒井は傘を奪い取り、僕の眼前に突きつける。


「まず、ウサギ彫るの下手くそすぎます。ウサギに見えないですからこれ」


自分なりには上手くいったと思ったのだけれど。


ため息を吐いて、近くにあった椅子に腰掛ける。

疲れがぐっと襲ってきたような気がする。

そんな僕に追い討ちをかけるように、「それから」と醒井は続ける。


「先輩も気づいたみたいですけど、この傘ーー使われた形跡なかったじゃないですか。色んな人が相合傘して結ばれてきたって話が本当なら、もっと使い古されてないとおかしいですよ」


そうーー醒井が傘を開いて気づいた「何か」。

使ってみればわかる、といったのはまさしくその通りだ。

僕らがみつけた傘は、まるで新品。数々の噂との整合性がとれない。


「そんでもって、あんな授業でしか使わないような倉庫にあるって情報が入るのも、私たちが行くまでそこに放置されたままになってるのも、違和感ありすぎですよ。都合が良すぎるというか」


死体蹴り、と言わんばかりに彼女は不自然な点を指摘し尽くし、言い切ってから鼻息を吐いて、


「まだまだ詰めが甘いですね、先輩は」


と改めて言った。


「さしずめ、本物の愛愛傘を探すのが面倒だから、偽物を用意して見つかったことにしよう、なんてところじゃないですか」


「……正解」


そう──ことの顛末を、僕が仕組んだ一連の手順を説明するとこうである。


昨日の放課後、僕はコンビニに立ち寄った。そこで一本のビニール傘を購入。帰宅次第、頼りない想像力をフル回転させてそれっぽいウサギの刻印を傘の柄に彫り彫りし、今日の昼休みのうちに、例の倉庫へ傘を隠した。あとはご存じの通りである。


全ては実在するかもわからない「愛愛傘」などというものの捜索に時間をかけないため。

不思議アイテムをゆめゆめ諦めないであろう醒井に、捜索を打ち切らせる方法──それは、見つけてしまうことだ。


実在するかどうかわからないものに、偽物も本物もないのだから。


「全部お見通しですよ」


ちっちっと彼女は右手の人差し指を左右に振った。


「偽物だってわかってて、相合傘を提案したのか」


そして、僕とだったら……という言葉も、全て演技だったと。


「偽物には偽物を、ってことですよ」


残念でしたね、とあっかんべーをする醒井。


「ていうか、わざわざ新品買わなくてもその辺で拾った傘使うとか、考えようはいくらでもあったでしょう。そうしたらもう少し騙されたかもしれないのに、もう少し練って騙しにきてください。あと図工の腕も磨くように」


死体蹴りと言わんばかりに、ダメな部分を指摘してくる。

その全てがその通り、僕はぐうの音も出ずに項垂れていると


「まあ──そこまでするなら、先輩の熱意に免じて。今回の傘の件はあきらめましょう」


と言った。


「……え?いいの?」


「流石にここまで嫌がる人を捜索に巻き込めませんよ。一応、先輩がいてこその骨董部ですし」


そこまで無碍にはしませんし、私をどんな悪女だと思ってるんですか失礼な──ペットボトルのお茶を飲み干しながら、不満げにぶつぶつと呟く。


僕はぐったりと机に突っ伏して、ああよかった……と息を吐いた。

醒井は呆れきったように、「ま、恋愛成就の傘なんて、不思議レベル低めですし。この世はもっと不思議にあふれてますよ」と下校準備を始めた。


それに倣い、僕もさして広げていない荷物を片付けながら、


「そういえば、だけど」


と、ふと思いついたことを尋ねた。


「あの傘が僕が作ったもの偽物じゃなくて、実は本当に本物だったら、ってことは考えなかったのか」


相合傘をした男女を結びつける不思議な傘。

仮に、あの傘が本物だった場合、傘を共有した僕らは──結びつけられていることになるけれど。


「んー、まあ考えましたけど」


と、さして問題でもなさそうに、


「その時はその時じゃないですか」


と、不思議な後輩はいたずらに笑った。



これは後日談だけれど──数日後、例の倉庫の中から、ウサギの刻印がされた一本のビニール傘が見つかったとの噂が流れた。

無論、僕らがあの日使用した傘は部室にあり、倉庫から出てきた傘は全く別物であり。

その傘もまた使われた形跡がなく、そして人によっては解釈が異なる、ウサギに見える刻印が柄にされていたそうだ。


果たして、僕が仕組んだ傘は一体どちらの傘だったのか──そして、もう一本の傘の正体はなんなのか。


僕らが使用したのは、どちらの傘だったのか。


「まあ、その時はその時だよな」


と、僕は自嘲気味に笑った。

読んでいただきありがとうございました。

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