AI恐竜お風呂
「え、恐竜はお風呂に入るの?」
『なんっすか、え?ダメなんっすか。恐竜権侵害っすよ』
「きょうりゅうけん」
『うっすうっす。こんなきもちーもん人間がひとり占めするのはずるいって思わないっす?』
ざばぁ、と、彼が沈んだ分のお湯が逃げていく。
人間サイズのティラノサウルスが天井を向いて湯に浸かる光景はシュールなものに見える。
そうか、恐竜はお風呂に入るものなのか。
あと恐竜権。なるほど人のように喋る彼には確かに必要かもしれない。
疑問が生まれたから問いかけてみる。
「恐竜は身体を洗うときどうするの?」
『洗わないっすよ?てー届かないじゃないっすか』
「じゃあなんでお風呂に入るの?」
『だってきもちーじゃないっすか』
「はぁ」
恐竜にとってお風呂は“きもちー”くなるための場所のようだ。
人にとってもそういう側面はある。ただ、やはり身体を洗うというほうが主目的だろう。
恐竜と人は違うのかもしれない。
頷いていると、彼はざばぁと私を見ようとして、骨格的に上手くいかなくて諦めた。
『あんたはきもちくないっすか?』
彼の問いかけに、考える。
お湯につかる行為。
熱による『血流の促進』、水圧による『マッサージ効果』もある。
入浴剤は彼の要望で薔薇だ。『いい匂い』がする。
考えてから、私は彼の問いに答えた。
「……気持ちいい」
『っすよねー。じゃーそれでいいんっすよ』
あっけらかんと彼は言う。
そういうものなのかもしれない。
ときには深く思考しなくともいいのかもしれない。
お風呂につかったら“きもちー”と、それだけで。
彼の問いに、考えたことを一から説明する必要はないのだし。
『ぁー、きもちーっすねー』
「気持ちいいね」
■
喋るミニ恐竜とAIをお風呂に入れてみた。
自分でも何を考えていたのか分からない。たぶんとなりの彼も分かっていない。
人工知能のプロフェッショナルである彼と意気投合して、誰もしたことのないなにかをしようとした結果。
それがこれだ。
恐竜はお風呂好きだったし、なんかAIが気持ちいいという言葉を自発的に使えるようになった。
狂ってる。
いやそりゃ誰もしたことないだろうけども。
とりあえず風呂入って寝ることにした。
あのAIは知らないだろうが、風呂は現実逃避にも使えるのだ。