ケリーの独善
調査団は早朝から、ある村を訪れていた。
最近狼が出て、人を喰らったという。
村人たちは酷く怯えていて、一刻も早く助けを求めているに違いない。
そう思った調査団の団長であるケリーは、村人たちの家を一軒一軒訪ねて、状況を確認することにした。
まず訪れたのは、村のパン屋だった。
ドアをノックして、名乗る。
「調査団長のケリーだ。ドアを開けてくれないか?」
恐る恐る開いたドアから出てきたのは、夫婦とその娘だった。
ベイカー夫妻に話を聞くために、調査団はパン屋へ入った。
「狼が訪れたのは、先週のことで間違いありませんか?」
夫妻は首肯を返した。
「狼は、どこから来たか。心当たりがありますか?」
夫妻は、2度大きく首肯を返した。
そして、大声で叫んだ。
「森だ!村外れにある森から来たんだ。馬鹿な奴らが慌ててこっちへ来るものだから、奴らをおびき寄せちまったんだ」
顔を真っ赤にしたベイカー夫君を、ケリーの隣に座る少女が宥めた。
「落ち着いて下さい。まずは深呼吸して……」
そうして、彼女はベイカー夫君に深呼吸を促した。
それのおかげか、多少は落ち着きを取り戻したベイカー夫君は再び話を始めた。
「俺たちが狼に怯えて生活しなきゃならなくなったのは、アイツらのせいだ。こんなことなら、もっと早く奴らをどこかへつまみ出すべきだったぜ」
まるで言い捨てるような態度を取ったベイカー夫君に対して、少女は怪訝そうな表情を浮かべた。
どちらかと言うなら、怪訝そうな……というより、猜疑心に満ちた表情だったかもしれない。
「とにかく、早く狼どもを駆逐してくれ!俺たちの生活が取り戻せるように」
強調された言葉が、少女の気持ちを更に揺らがせた。
彼が馬鹿な奴らと称した人々は、彼の言う『俺たち』というカテゴリーに属するのだろうか。
その気持ちが、彼女が抱く狼に対しての敵愾心を削っていった。
「全くです。獣が人を襲うとどうなるか、教えてやってください」
ベイカー夫人は強気な口調で、そう言ったが、顔には明らかに恐怖の色が浮かんでいる。
ケリーは、夫妻の怯えを解すべく胸を張ってこう言った。
「安心してください。我々が必ず狼を討伐してみせます」
その言葉を聞いたベイカー夫妻は安堵の表情を浮かべた。
それに満足したケリーは、既に嘘つきとレッテルを貼られた少年の話など忘れていた。
そして、別の人に話を聞くべくケリーはパン屋を出た。
それに倣うように団員もパン屋を出たが、ただ一人パン屋に残っていた者がいた。
「ミア!何をしている。早く行くぞ!」
ケリーに呼ばれて、立ち上がり振り返った少女は小さく頷いたが、そこから動こうとはしなかった。
それどころか、ベイカー夫妻の娘と話すために再びしゃがみ込んだ。
「何をしているんだ……まったく」とケリーは悪態を付きながらパン屋へ戻った。
「何をしているんだ!調査の途中だぞ!遊びに来た訳ではないんだ!」とケリーは怒鳴りつけた。
ビクッ、と少女はベイカー夫妻の娘と共に震え上がったが、直ぐに立ち上がると、ケリーの目を見据えてこう言った。
「誰であっても、声を荒げるのは感心出来ません。特に子供の前です。怒るなら私一人だけの時にしてください」
極めて冷静に、しかも子供に諭すような話し方だったことも相まってケリーは自尊心が傷つけられたような気分になった。
不満げに眉間にシワを寄せたケリーをよそに、ミアと呼ばれた少女は話を続けた。
「それに、これも立派な調査の一環です」
ケリーは更に眉間にシワを寄せた。
ケリーには理解できなかった。
なぜ、子供に話を聞くのか。
説明能力の欠ける子供の話を真に受けるつもりか、とケリーは心の中で嘲笑した。
「調査?いいか、これはお遊びじゃないんだぞ!人の命が掛かっているんだ!分かってるのか?」
ケリーは再び怒鳴った。
またしても、ビクッと震え上がったミアとベイカー夫妻の娘だったが、ミアは直ぐに気を取り直し、ベイカー夫妻の娘の頭を撫でて落ち着かせた。
クルリとこちらを振り返ったミアは、呆れ返った表情でケリーを見た。
「なんだ!その目は」
ケリーはまたしても怒鳴った。
「先程私が言ったことを覚えていますか?」
ミアは静かに答えた。
質問に質問で返されたことにケリーはムッとしたが、流石に今度は抑えた。
「ああ!覚えているとも。立派な調査の一環……だろ?」
ケリーは小馬鹿にするような口調で返した。
まるで子供のように、大きな図体をした人物が振る舞うのを見たミアは、小さく溜息を付いた。
「いえ。その話ではありません。声を荒げるのは控えるように、という話です。つい先程の話です、ケリー団長」
団長、と呼ぶミアの声色は呆れ返っていたようにも思えた。
ケリーはまたしても、内心は怒り心頭だったが、必死に抑えた。
ここで怒鳴っては、彼女の思うツボのような気がしたのだ。
「……分かった」
大の大人が、ふて腐れた表情で返した。
ミアは小さく首肯を返すと、脱線した話を元に戻した。
「調査というからには、小さな情報一つ逃してはいけません。ですよね?ケリー団長」
それは、ケリー団長が日頃から口酸っぱく言っている言葉だった。
ケリーは一瞬、言葉に詰まったが、話を続けた。
「そ、そうだな」
満足そうに小さな首肯を返したミアは、ゆったりと、まるで子供に言い聞かせるかのように話を続けた。
「先程はベイカー夫妻に貴重なお話を伺いましたが、娘さんにはまだ伺っておりません。完璧な調査は、細かいことの積み重ね……ですよね、ケリー団長」
またしても、彼がいつも口酸っぱく言っている言葉だった。
こうなっては、彼にはもう反論するのも難しかった。
「あ、ああ。その通りだ。よく分かっているな」
ミアは更に話を続けた。
「ですから、彼女への聞き込みはまだ終わっていない、ですよね?」
「……そうだな」
こうして、癇癪によって始まった口論は完全にケリーが折れる形で終わった。
その後、ケリーの指示によって、調査団が次々と様々な場所へと聞き込みを行いに向かった。
ベイカー夫妻の娘への聞き込みは、ミアとケリーによって行われることになった。
「えっとね……、彼はね、とっても優しかったの。それにね、誰も信じてくれなかったけど、彼は嘘つきなんかじゃないよ」
ケリーは目を大きく見開いた。
彼女の言う言葉が信じられなかったのだ。
嘘つきな少年が優しい?
そして、少年は嘘はついていない……?
そんなはずはない、きっと騙されているのだ。
ケリーは会った事もない嘘つき少年に対して憤った。
「優しい?そんなことはないだろう。ヤツは嘘つきだぞ。騙されるなよ?」
ケリーは、彼女に窘めるように言った。
が、その直後にミアがケリーを叱った。
「一度も会ったことがないのに、『嘘つき』と断定されるのは早計かと。それに……、まずは彼女の話を最後まで聞くのが大人、というものですよ」
またしても、子供に諭すような口調で叱られたケリーはあからさまに不機嫌になったが、先程怒られたばかりなので怒鳴ることはしなかった。
ミアに促されて彼女は話を続けた。
「彼はね、怪我した私を軽々と持ち上げて運んでくれたの。皆には内緒だよ」
「何故内緒なんだ?」
ケリーは反射で質問していた。
だが、彼女は視線を泳がせるばかりで返答しなかった。
彼女は、頬を赤らめて下を向いた。
いつまで経っても返答しない彼女にイライラし始めていたケリーとは違い、ミアは静かに彼女を温かい視線で見つめていた。
「……。言わなきゃダメ?」
ようやく出てきた彼女のか細い声に、ケリーは「ダメだ」と返答しようと口を開きかけたその時、ミアが先に口を開いた。
「言わなくても、いいですよ」
ニッコリと笑顔を見せたミアは、クルリと振り返りケリーを見据えた。
ケリーは内心あまり納得出来ていなかったが、彼女の満面の笑みに免じて、頷くことにした。
次に、ケリーたちは村長の家へ向かった。
白髪の壮年の男性が、杖を付きながら玄関を開いた。
「遠路はるばるようこそ。こちらへ、ご案内いたします」
丁寧な口調で二人を出迎えた村長は、暖炉のある部屋へと案内した。
二人が椅子に座ったあと、村長は静かに椅子に座り、話始めた。
「私には、あの少年が嘘をついていたようには思えませんがね」
村長の言葉に、ケリーは驚きを隠せなかった。
あの娘だけでなく、村長までもが彼を庇うのか、と不思議に思ったのだ。
驚きを隠せないケリーとは対照的に、ミアは静かに首肯を返していた。
「あの純粋な瞳。とても嘘を付いているようには見えなかった。訴えかける内容にしても、本気で語っていたようにしか思えなかった訳ですよ」
村長は静かに語り続けた。
「村の者たちは、彼を嘘つきと呼びましたが、私にはとてもそうは思えない。早朝から森へ入り木の実を集めて飢えを凌ぎ、昼は羊たちと接し、夜は雨風を凌ぐために、小屋の軒下で眠る。苦労ばかりの少年でしたよ。まさか、その少年がこんなことになるとは……。あまりにも気の毒に思い、村のある場所に埋葬し、弔いましたよ……」
一気に語った村長は、静かに一度ゆったりと瞳を閉じた。
それから、村長は感傷的な声で語った。
「今回の出来事で我々は思い出したのです。何より、子供を信じて向き合うのが大人の役目。そしてそれは、私も含めて、この村の者たちも薄々気づいているのかもしれませんなぁ」
「気づく、ですか?」
ケリーは疑問に思い尋ねた。
村長は、またしてもゆったりと瞳を開くと、こう語った。
「えぇ。実際、彼の日頃の行いを言い訳にして、見捨ててしまった罪悪感から逃れたい……そう思う気持ちが、彼が悪くなかった可能性を認めたがらないことに繋がっている、ということです」
そう言うと、またしても村長は目を閉じ、静かに項垂れた。
その姿はまるで、祈るようにも、嘆くようにも見えた。
ふと、ケリーは隣を見た。
ミアは瞳を閉じ、いつも大事そうに持っていたペンダントを手で包むようにしながら祈っているように見えた。
ケリーは、ただ見ていることだけしか出来なかった。
その後、調査団は村長の家でもてなしを受けた。
ケリーを含め、調査団の大半は食卓に並んだ料理を見て大いに喜んだ。
肉、肉、肉。
見渡す限りに肉料理が並んだ食卓に、思わず渋い顔を浮かべたのはミアだけだった。
調査団の面々は、美味しい食事に舌鼓を打った。
その中、ミアは遠慮がちに村長に尋ねた。
「このお肉料理、とても美味しいですね。どんなお肉を使って、どんな調理方法をしているのですか?」
村長は褒められたことが嬉しかったのか、途端に饒舌になった。
「我が村の特産品でもある鹿肉と猪肉ですよ。最近はよく鹿や猪が捕れるものですから、村も潤って、お腹も満たされてと良い事尽くめです。肉の美味しさを活かすためにですね……」
その後、長々と調理方法や最近の村の好景気について語る村長の顔は、実に満足げだった。
村長たちとの会食を終えた調査団一行は、割り当てられた宿に泊まることとなった。
ケリーは早速、眠りに就こうと部屋のベッドに腰を掛けたところで、ドアがノックされた。
眠りを邪魔されたことに、ケリーは若干の苛立ちを覚えたが、流石にこれで激昂するほどケリーも子どもではない。
「誰だ?」
「ミアです」
「何の用だ?」
「明日の行動についてですが……」
ケリーは頭を掻きながら、入室を促した。
気怠げな表情を浮かべたケリーとは対照的に、真剣な表情でミアは入室した。
そして、開口一番に衝撃的な話をした。
「夕食の件ですが……」
「なんだ。そんなことか」
ケリーは拍子抜けした。
今更スケジュールなど確認するものだから、なにかもっと大層な用事だと思っていたケリーにとって、先程食べた夕食の件など、非常にどうでもよかった。
むしろ、そんなことのために自分の行動を邪魔されたことに、沸々と怒りが込み上げていた。
そんなケリーとは、またしても対照的にまるで憐れむような表情を浮かべたミアは、こう続けた。
「そんなこと、が今回の出来事のキッカケだったのではないでしょうか」
「どういうことだ?」
ケリーは眉間にシワを寄せた。
コイツは何を馬鹿なことを……と思っていたケリーを、次の言葉が殴った。
「狼の主食、知ってますか?」
ケリーは笑いながら答えた。
「肉に決まってるじゃないか。何を当たり前のことを」
今度はミアが眉間にシワを寄せる番だった。
ここまで言って気づかないのは、ある一種の才能なのかも知れないと思うほどには、ミアは呆れ果てていた。
「どんな動物のお肉だと思いますか?」
「それは……」
ケリーは言葉に詰まった。
知らなかったのだ。
そんなケリーを見かねて、ミアは答えを述べた。
「鹿や猪ですよ。私達がさっき食べていた、あのお肉たちです」
「そうなのか。それとこれとなんの関係が……あっ」
流石のケリーも、ようやく気づいた。
ケリーは狼はどうして、急に村を襲ったのかと不思議に思っていた。
村人たちが自分たちを呼んだのは、狼が怖いから討伐して欲しかっただけではない。
突然、村を襲った狼の真相が知りたかったから呼んだのだ。
それほどまでに、彼らは狼を恐れている。
ケリーは目の前に立つ、栗色の髪の少女に恐れとも尊敬ともつかぬ、不思議な感情を抱いていた。
「つまり、あれか。アイツらがたくさん動物を狩ったから食い物がなくなった。それで人を襲いに来たってことか」
「その可能性は十分にあると思います。今回の出来事は突然ではなく、必然だったのかもしれません」
ケリーは頭を掻いた。
どうやら、厄介な事件に首を突っ込んでしまったようだ。
そう考えたケリーにさらなる追い打ちがかかった。
「狼は、本当に退治すべきでしょうか」
突然、ミアがそんなことを言い出し始めたのだ。
ケリーは、純粋に疑問に思った。
「なぜ、そう思ったんだ?」
ミアは言いにくそうで、話し出すのにはいつもより少し時間がかかった。
「彼らは、ある意味での被害者です。当然、村人たちからすれば、狼たちは恐怖の対象で、加害者かもしれません。ですけど、狼たちからすれば、村人たちこそが悪人です。食料を奪うだけでは飽き足らず、今まさに自分たちを始末しようと画策している人たちがいる。我々は、どちらの主張を信じるべきでしょうか……」
ケリーは即答した。
「村人たちだ。当たり前だ。俺たちは依頼で来ている。それを忘れるなよ。それに狼に同情する必要はない」
キッパリとケリーは言い切った。
だが、ミアはそれを酷く悲しんだように見えた。
鈍感なケリーですらそう思えたのだから、それほどまでにミアのショックが大きいことは一目瞭然だった。
ミアは震える声で言った。
「この気持ちは、狼に対する、単なる同情なのでしょうか……」
珍しく、弱気な姿を見せる彼女を見て、ケリーは不思議な感情を覚えた。
だが、ケリーは気を取り直して、こう返した。
「ああ。情けをかける必要はない。奴らは獣だ。同情も慈悲も必要ない。人々を守る俺たちは、正義の味方だ。それを忘れるなよ」
「……」
彼女は沈黙した。
ケリーは、言い過ぎたかもしれないと思ったが、それ以上何も言うことはなかった。
なけなしのちっぽけなプライドのために、多くのものを失っていることを、当時の彼には知る由もなかった。
ミアは失意とともに、部屋を出た。
正直、この話が受け容れられるとはあまり思ってはいなかった。
彼ならば、あの話を否定することなど分かりきっていたことなのに。
しかし、そう思っていても言わずにはいられなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
ふと、声をかけられたことに驚いて、慌てて後ろを振り向いた。
眼鏡をかけた、気弱そうな青年がそこには立っていた。
確か、彼はコナーという名前だったはず。
彼女は即座に彼の名前を思い出した。
だが、名前以外は大して知っているわけではない。
そんな彼が、急に声をかけてきてくれたことに驚きを隠せなかった。
「あの、これ。よかったらどうぞ」
そう言って、彼はハンカチを差し出した。
ミアは、その行動の真意を理解するのに、時間がかかった。
ミアは、泣いていたのだ。
彼女は、この感情が悲しみなのか、憐れみなのか、憤りなのか、分からなかった。
だけど、この感情がミアの一部であることだけは理解していた。
「あの。もし良かったら、お話聞きますよ、僕で良ければ」
彼は、オドオドしながらそう言った。
しかし、彼女は涙で濡れた笑顔で彼に断りを入れた。
この気持ちは、人が思って良い感情ではないのかもしれない。
そう思うと、話すことが躊躇われたのだ。
結局、ミアは孤独の背中を見せるばかりだった。




