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先輩とストレート

 生徒会の仕事は地味で華やかさとはかけ離れている。

 校舎内外の整備に始まって、服装検査に季節のイベントによって発足される特別委員会のフォロー。


 けっして花形にはなれないチームだけれど、部活動が盛んで文武ともに煌びやかな戦績を誇る一般生徒から一目置かれているのは、生徒会が行う各部活動の備品管理チェックと活動実績チェックが部活動の評価につながるからだ。

 どんなに試合や賞の成績がよくとも、この学校では普段の活動内容、大切な道具の管理、なにより素行が悪ければ学校側は容赦なく来年度の活動予算を減らし練習場所を取り上げる。


 ――己を律せない者はいずれ勝者の栄光のすえに傲慢に飲み込まれる。


 そう言ったのはモチロン


「すげー! 三打者連続三球三振だ!!」


 今、なぜか野球部のマウンドに引っ張られている逆城先輩である。


 野球部のチキチキ抜き打ち部室チェックをしに来たのに、なぜあのお人はプレイボールしているんだろう。逆城先輩を見た途端「ちょっと投げて!」と野球部の人達に連行されて、おかげで部室チェックは私ともう一人の一年生でするしかない。


 だってのに!!


「はぁ、逆城先輩……神! 美しさが……! ああ! 汗をぬぐう様すら美しい!」


 播磨くんは部室の窓から見えるマウンドの逆城先輩を隠し撮ることに夢中だ。

 幼顔をなんとか補強しようと短髪に剃り込みを校則に違反しない程度に入れた播磨くんは、逆城先輩が大好きだ。恋愛として好きかどうかは聞いてない、興味もないし変にかかわって面倒くさいことになるのがイヤだから。


「ちょっと仕事してよ、逆城先輩なんていっつも見れるでしょ」

「ふごふご怒るなって、あとでハチミツやるから」

「あたしゃ熊か!」


 くっさい部室の点検がハチミツ程度じゃ割に合わない、キングサーモンも追加を要求したい。


「あーぁ、先輩も球遊びしてないでさっさと戻ってきてくんないかなぁ」

「今、エースとやり合ってる。一回打たれたけどファールになって……よっしゃぁワンストライク!! 逆城先輩パネェっす!! あぁ……どうせならユニホーム着てマウンドに立って欲しかった」


 すげーどうでもいい。


「暇なとき頼みゃいいじゃん、機嫌のいいときならコスプレしてくれるかもしんないし」

「お前は男同士の付き合いってのをわかってねぇんだよ、女子みたいに気軽に頼め……遠州灘(とおとうみ)が頼めばいいんだ!」

「ぜったいやぁだ!」

「あ、スリーアウトとった」


 窓の向こうでバットを持っていた野球部員が崩れ落ちた。

逆城先輩に監督が駆け寄ってなにかを熱心に話しかけていたけれどそれを遮った逆城先輩はグローブを外しながら自分がたった今討ち取った部員に駆け寄ってなにかを話してる。



「ごめん、チェック終わった?」


 帰ってきた先輩はとても申し訳なさそうにしていた、当然である。

 播磨くんがきらっきらの笑顔で答えた。


「はい! バッチリです!」

「せんぱーい! 播磨くんはなぁんにもしてませんでしたぁ、ぜーんぶ私がやりましたぁ」

「僕が率先してやらなきゃなのにゴメン」

「ほんとっすよー」


 先輩は申し訳なそうにしながら私が一人で書き終えた部室チェックの用紙を確認した。

 播磨くんは逆城先輩の前で尻尾を振った子犬のように興奮を爆発させている。


「先輩すごいっす! 現役野球部相手に三者三振! エースまでスリーアウト取るなんてやっぱり神がかってますね!」

「ああ、うん。ちょっと出ようか」


 播磨くんにまったく悪気はないんだろうけど、それを野球部の部室で言うのはマズイ。いつ部員が帰ってくるかわからない。


 部活棟から逃げるように退散した私達だったけど、逆城先輩がうっかりしてましたって感じでため息をついた。


「チェック用紙、野球部の監督のサイン忘れてた……播磨、行ってきてもらってもいいかな? 僕、いまちょっと監督と話したくなくて」

「任せてくださいっす!」


 子犬から忠犬に早変わりした播磨くんが先輩からバインダーを受け取るとダッシュでもと来た道を走っていった。


「さ、あとは播磨に任せて俺たちは少しサボらせてもらおうか」

「笑顔でひでえこと言うじゃないですか」

「ジュースおごるよ」

「ゴチんなります!」


 さっすが逆城先輩、後輩へのケアを忘れない。

 運動場から体育館に続く外廊下にある自販機で逆城先輩はビックリゆずっぽんハチミツサイダーを買ってくれた。これは他とは二十円も値段がちがうのだ。


 そうだ、ケアって言えば……


「先輩、野球部の人となに話してたんですか?」

「ん?」


 スポーツ飲料を飲んでいた逆城先輩が乱暴に体操服の袖口で口元をぬぐった、きっと播磨くんなんかからしたらそういう仕草もパネェっすな感じなんだろうに、見れなくてザマアミロ。


「ほら、三振取ったエースの」


 気にするな、キミは強かった。久々に本気を出したよ、とかフォロー入れたのかな。


「インコースに弱すぎるって言っておいた」

「指導したんかい!!!」


 あんた先生でもましてや野球部員でもないでしょう。


「エース、怒ってんじゃないっすか」

「別にかまわないよ」


 先輩はグッとスポーツ飲料を煽った。

 反った喉仏が上下するのに合わせて中身がドンドン減っていく、先輩らしくない荒っぽい飲み方。


 別にかまわないって……


「先輩、ちょっと怒ってます?」


 なんて、この人にかぎってそりゃないな。


「うん、怒ってる」


 怒ってるんかい!


「え? それは、やっぱり、いきなりボール投げさせられて?」


 俺様をいいように使うんじゃねえ! てきな。


「……遠州灘さんと播磨を、2人きりにさせてしまったから……かな」


 そう言うと、ジッと空っぽのペットボトルを見つめたまま、逆城先輩は黙ってしまった。

 なぜか意味のよくわからない沈黙が数拍流れる。


「いや、でも……2人でも実質1人作業でしたからね」


 そんな気にするこっちゃねぇですよって、フォローしたつもりだったけれど逆城先輩はペットボトルをぐしゃりと握り締めてブンッとゴミ箱に投げ捨てた。

 小さくなったペットボトルは軽い音を立てて跳ね返り、廊下に転がった。


「あちゃー、外しちゃいましたね」

「……入ってたら」


 先輩はなんだか不気味なほど冷静だった。


「アレが入ってたら、遠州灘さん俺のお願い叶えてくれた?」

「え、嫌ですよ」


 なんでゴミをゴミ箱に捨てたくらいでお気軽に願いを叶えなきゃいけないの。


「公共マナー守った程度でご褒美要求とか欲張りすぎるでしょう」

「ぶはっ」


 私の返答に先輩はなぜか吹き出した。この人でもそんな風に笑うんだ。


「ははは、確かに……その通りだ」


 何がおかしいのかわからないけど、さっきの不機嫌な感じの先輩は霧散して私のよく知ってる逆城先輩に戻った。


「男と2人きりにならないでね、遠州灘さん」

「いや、今現在2人きりですが?」

「俺はいいんだよ」

「はぁ」


 男としてカウントするなってことかな、言われなくともしませんよ。


「意味わかってないね」

「いや、ちゃんと理解しました。不純異性交遊には気を付けます」


 生徒会の一員たるもの、一般生徒に示しをつけられるような意識の高さを持てと言うことだろう、たぶん。


「しようよ、不純異性交遊」

「先輩まだなんか機嫌悪いです?」


 悪の道に陥れたいのだろうか。


「打ち返しやすい球を投げてるはずなんだけどなぁ」

「いきなり野球の話題ですか」

「そのうちちゃんと思い知らせるから、覚悟してね」

「野球を?」

 

 そういうのは播磨くんあたりにしてあげて下さい、きっと喜ぶから。


(そういえば、先輩が私に叶えて欲しいお願いってなんだろう)


 それは、ちょっとだけ興味深いな。










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― 新着の感想 ―
[良い点] どストレートなのに! 残念、そこは遠洲灘さんのストライクゾーンじゃないようです、先輩。 だんだん先輩を応援したくなってきました。 変態なのに、一途だから。
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