先輩と衣替え
冬制服から夏制服への衣替え期間の5日間、生徒会は毎朝玄関前に立って身だしなみのチェックをしなければならない。
服装が軽くなると風紀も乱れやすくなるからって理由だ。
「別にいいんじゃないっすかねぇ、乱交パーティーしよってんじゃないんだから」
「ねえ、それチェックされてるあたしらの前で言うこと?」
三年生、3人組のお姉さまたちからのお申し出はありがたくスルーさせてもらう、ていうかそもそも、皆様がアクセサリーだのワンポイントだの、おしゃれ番長選手権しはじめなきゃ朝っぱらからこんな業務はいらないのだ。
「かったるいなぁ~、もう」
「ねえ、ヤル気ないなら逆城くんに変わってよ。あたしら逆城くんとお話したくてワザワザ昨日ドンキまでアクセ買いにいったんだから」
「カー! まぁた逆城ファンかよぅ」
これで10人越え、やってらんないっての。
「逆城先輩はぁ、男子の服装検査担当なのでぇ、女子はチェックできましぇん」
「えぇ、やだ。呼んできて」
「そうそう、怖い先輩がいるって言ってきていいから」
「飴ちゃんあげようか?」
「先輩がたタフっすねぇ」
「だってさぁ!」
3人組は一斉にターゲットに顔を向けて、私もつられてそっちを見る。
先輩たちにトキメキの風が吹き、髪をかきあげていった。
ような、気がした。イメージ的に。
夏制服姿の逆城先輩は彼女たちにとって真夏のかき氷並みのオアシスだった。
「ああ、たまらん。逆城くんの夏服! 真っ白くてアイロン利いてて、アルプスの雪かってくらい眩しい!」
「半袖から見える二の腕が意外と男らしいのもツボだよね!」
「やっばい、孕む。男女4人ほど産めちゃいそう!」
「先輩がたコンプライアンスって知ってますぅ?」
私はよく知らないけど、違反するとネットリンチに合うことはわかる。
「ねぇ~、逆城くぅん~、逆城くんお願い~。青春の潤い~、お喋りしたいぃ」
「うちら学年も違うしタイプも逆城くんみたいな優等生が好まないってのはわかってんのよ」
「お付き合いしたいとは言わない、ただ近くで愛でたい匂いが嗅ぎたい」
はぁ、ウッゼェな逆城ファン。
てか、逆城先輩の存在が逆に仕事増やしてんじゃん。こちとら苦手な早起きして朝から働いてるっつの。
(クッソめんどくさい~……いっそ逆城先輩に押し付けて……)
あ、イイコト考えた。
「ハイ、じゃあ撮りまーす」
パシリ、スマホの画面に切り抜かれたのは夏制服を校則通り着用し買ったばかりのアクセサリーを脱ぎ捨てたお姉さまがたと逆城先輩。
即興提案、逆・北風と太陽!
制服を正しく着こなしている生徒は、希望すれば生徒会員と写真が撮れる(生徒会長即許可済み)
私、天才じゃない?
「キャー! 逆城くんありがとう!」
「写真、送って!すぐに!」
「じゃね、逆城くん! 生徒会頑張って!」
はしゃぎながら教室にむかうお姉さまがた。ほんと、なんつーか現金というかタフというか……
「はぁ、やっと行ってくれた」
「おつかれさま、遠州灘さん。女子は大変だね」
ニコニコの笑顔で先輩たちを見送った逆城先輩が労いのお言葉をくださった。
「ははははは」
(ほんと、誰かさんのおかげで朝から大変)
言わんけどもさ、逆城先輩だって好きでモテてるわけじゃないんだし。モテて損はないんだろうけど。
「たかが服装が替わった程度でみんな大袈裟なんですよ」
私は体型が体型だから、あんまり身体のラインがわかる服は好きじゃない、過ごしやすいから夏服はありがたいけどさ。
「俺は気持ちわかるな」
「はぁ?」
「衣替えだってわかってても、朝、一目見たときドキッとしたから」
この人でもそんなことがあるのか。そういえば好きな人がいるんだっけ。
「逆城先輩でも好きな女の子の薄着に心乱れちゃったりするんですかぁ?」
そんなの、全然想像できない。
「するよ」
白々しいなぁ。
「直視できないほど、胸が痛い」
乱れ
荒れ
鮮明に、
一瞬で網膜に焼き付く。
そんな声が聞こえた気がした。
「さか……」
名前を呼ぼうとした瞬間、パシリとシャッター音。
逆城先輩が自分のスマホで私とツーショットを撮ると、サッと背をむける。
「え、いやいやいや! なんで撮ったんです?!」
「だって俺、制服正しく着こなしてるし」
希望の生徒は生徒会員と写真が撮れる、とは言ったし許可もあるけど。
「もしかしてチェキさせたの怒ってます?!」
「明日も撮らせてもらおう」
「嫌ですよ! ていうか不意打ちやめてください! 絶対変な顔をしてる!」
なにかが起こりそうな夏の気配がすぐそこまで来ている。
◆◆◆◆◆◆◆◆
朝、早めに登校する。
皆が来る前に生徒会室を明け、準備をして待っていると、ぽつりぽつりとメンバーが揃ってきて。
「はょぅござぃまぁすぅ」
あくびをしながら、眠むたそうに目をこすって律儀に朝の挨拶をするキミの姿を見て。
眩しくて
着ている白がーー
むき出しの柔らかそうな二の腕がーー
シャツから透けて見える下着の肩紐にーー
ドクリ。
自分の肉の内側が、脈打つ。
(ああ、目に……毒だ)
抱きしめて貪ってしまいたくなった、初夏。