先輩とペン
家族の中で太っているのは私だけだ。
ママもパパもスリムだし兄貴もガタイはいいけど太ってるって感じゃない。シルエットからして家族の中で私だけが小さい頃からデブで、本当に血が繋がってるのか疑いたくなるけど、父方のおばあちゃんはふっくらとしているのでそっちの遺伝なのだろう。
気にしてないってわけではないし、私だってスラッとしたスレンダー美人になりたいけど、無理なものは無理。
それになにより、食べることが大好きだから、いっぱい食べられるこの身体はきっと運命なのだと思う。
(あっ)
七冊目の料理ノートに図書館にあったレシピ集を書き写していたとき、パキッと微細な振動と共にシャーペンの芯が折れた。
(芯がない)
カチカチカチカチ、不毛なノック音しかしない。他のシャーペンに変えようってペンケースを探したとき、スッとノートの上に見慣れぬシャーペンが置かれた。
「はい、どうぞ」
知っている声に顔をあげると、前の席にいつの間にか逆城先輩が本を読んで座ってた。
「……ビックたぁ」
「俺、そんなに存在感ない?」
「あ、いや、そんなこたぁないっすよ。いつからいたんですか?」
「10分ほど前から、あんまり真剣にノートを取っているから、座ったらいつ気がつくだろうって思ってね」
「知ってますか、昼休みって1日に一回しかないんすよ、つまり貴重ってこと。ご飯ですら3回チャンスあるのに」
「有意義な過ごし方だろう」
先輩はそう言って私の芯が切れたシャーペンを手に取るとくるくると手の中で回し始めた。
「いや、あの、返してくださいよ。飴の次は文房具パクるつもりですか」
「そのペンはとても書きやすいよ」
節くれだって骨の形がわかる先輩の長い指が器用に私の100円のペンを回し続ける。ハンドスピナーばりの回転だ、いや、もしかしたらアレはペンじゃなくてハンドスピナーだったのかもしれない。
「元は筆屋だったらしい老舗メーカーの今年のヒット商品なんだ、持ち手に負担の掛からない親切設計、理学療法士監修で手の動きに合わせた合理的なフォルムを採用し、グリップ部分は某欧米高級自動車のハンドルと同じ素材、滑らかに紙の上を滑らせられて書き味も字の書き上がりも違う」
はぁ? 自慢でしょうか?
なにこれ、使えってこと?
試しに書きかけのレシピをノートに綴る。
「あ、ホントに書きやすい」
「だろう?」
「はぇ、ペンひとつでも違うもんっすねぇ」
きっとお値段もお高いんだろうなぁ、なんて思っていると、先輩は読んでいた本を閉じ、私のシャーペンを口許に当てて静かに笑った。
「じゃ、またね。遠州灘さん」
「お高級なペンをお忘れっすよ」
「わらしべ長者って知ってる?」
「はい?」
流れるような自然な仕草で逆城先輩は私のペンを自分の学生服の胸ポケットに挿した。
「欲しかったら、コレよりいいものと交換だよ」
にっこりと笑って逆城先輩は図書室から出ていった。
私に残ったのは大手メーカーの理学療法士が自動車云々の……とにかくあんな100円のペンとは雲泥の差の良品。
(いや、わらしべってるの私の方じゃね?)
何がしたかったんだろう。