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転載・転生・妄想ノート

 この辛く苦しい学校生活を乗り切るために、ある対策を思いついた。

 転生、人生2週目、タイムスリップ、強くてnew game……

 要するに、僕は一度死んで再び少年時代からやり直しているという設定だ。


 何をバカなと、そう思うだろう?


 確かに、転生したと思い込んだところで受験はあるし、大人は嫌いだし、スクールカーストは下の方だし、彼女ができるわけでもないし。

 だが、だからこそ自分の中で設定を考えて転生前のディティールを詰めていき自分の中で余裕を生み出すのだ。


 これはもうすでに経験している。

 また同じことをするまで。

 僕は精神的に成熟している。


 この虚構によって生み出された余裕が、焦燥感やら日々の苛立ちやらを抑えてくれる。ゆえに、ぼんやりと思うのではなく、転生したと思い込めるほど詳細に設定していくのだ。

 もちろん、それを口に出すと痛々しい妄想癖野郎認定されるのは想像に難くないので、あくまでも「設定」、書きつづったノートは自宅の机の引き出しの最奥に隠す。

 数少ない友人にも絶対に教えない。

 自分が転生した人間だと教えるなんてリスキーなこと、するキャラもあんまりいないし。

 そう考えると転生したという事実を披露するのがいかに危険か、より設定に厚みを持たせられるというものだ。


 なるべく普通に見えるよう過ごすのが大事だ。

 そうしてここがミソなのだが、今の自分とあまり乖離したスキルやチートを盛らない事。

 能力を盛れば盛るほど現実の不出来さを目の当たりにして辛くなるからだ。と言うか辛くなった。特に身体能力方面はだめだ。


 そこまで小さくまとめるとつまらない設定にならなかって?


 そこで、世界設定と人生の方を作り込むのだ。

 己が考えた世界なら、己の考えた主人公を如何様にも活躍させられる。魔力とか人脈とか、そういう積み重ねとか後天的なもので幅を持たせる。


 これが僕の日々のストレス解消並びに回避方法だ。

 思いついたのは小学6年生、以後順調に設定を書き溜め、ついにはノート6冊分くらいにはなった。

 生活にハリが出来るとか、悩みから解放されたとか、そういう劇的な効果はないけれど。

 僕を支える趣味だといえる程度には、このもう一つの僕の人生を創作することに楽しみを見出していた。


 そんなわけで、僕は授業を受けながらも脳内でひっそりと「転生前」の設定を考えていた。

 今詰めている設定は……恥ずかしいけど転生前の僕のヒロインとの恋愛だ。


 転生前の設定はようやく17歳のディティールを考える段階だ。そろそろ恋愛結婚をしてもいいはず……現実の僕には相変わらず何のイベントもないが。

 この後も怒涛の展開を粗く考えているが、まあそれは追々詰めていけばいい。

 ちなみに僕はいま16歳だが、転生前の僕は16歳にして雷撃魔法の基礎理論を打ち上げ国に一つしかない魔法大学校に招聘されるという快挙を成し遂げる、期待の魔法使いと称されていた。

 転生前の僕はその大学である少女と出会い、いろいろな事件を経て恋仲になるのだが……

 最近このヒロインとなる女の子がうまく動いてくれないのだ。


 シャーペンの先でノートをこつこつと叩いて書いているふりをしながら、もう一度整理する。

 世界設定から見直すとおかしなことになるので、"僕"とその女の子をクローズアップする。


 "僕"ことビクト・L・ショーリーは、魔法を研究する男の子だ。

 地方の商家の次男で、産まれてすぐに文字の読み書きが出来るほどの秀才っぷりを見せつけるが、運動はまるでだめで体力もない。いつもツンと澄ましているので友達もろくに居なかった。

 幼いころから魔導書を読み解き独学で研究をしていたが、独学なのですぐに壁にぶつかってしまう。挫折の期間だ。

 見かねた両親が雇ったのが、人生の師となる魔術師ボイド。彼は超凄い魔術師なのだが異端扱いで魔術師協会を追われ万年金欠で……とまあ運命のいたずらですごい人がやってきてビクトに魔法の考え方と扱い方の基礎を教えてくれる。3年ほど教わることになるのだが、この3年の勉強と修行によってビクトは魔術師としての才能が本格的に開花することとなり――先ほど説明した雷撃魔法の基礎理論を引っ提げて魔法大学へ入学することになるのだ。

 性格は負けず嫌いで努力家だが、それを表に出すことを嫌い基本平然としているためスカしていると勘違いされることもしばしば。

 特にビクトは背丈に恵まれなかったのを気にして、背が低いなりに自信に溢れた雰囲気を纏っていたいと心がけていたのもあり、それはそれは鼻につくやつなのだろう。頑張れ僕。

 そんなビクトだが、しかし根は優しく、口調こそぶっきらぼうでも面倒見がよい。これは師の影響が過分にある。

 とまあ説明が長くなってしまったが、概ね僕の性分と理想がいい塩梅で混ざった前世である。

 ド派手な設定ではないが、だからこそ今の僕と精神が地続きであると思えるキャラクターに仕上がっていると自負している。


 一方でヒロインはというと、生まれつき魔力の総量が多すぎて物心つくまで村の呪いの子としてまともな育てられ方をしてこなかったちょっとかわいそうな設定だ。

 名をリュリュ・フォトン。

 主人公と同い年だが、まともな教育や師匠と受けられず悩み苦しんだヒロインとして、対になるように作った。フォトンという名字も自分で付けたくらいには不憫である。

 村から拾われ大学へ行くことになるのだが、あくまでも魔力総量目当てで連れて来られた実験動物扱いであるにもかかわらず、きちんとした衣食住が保証されていることに感謝していた。

 大学に入ったビクトは彼女を見かけ、その儚げで危うい雰囲気が気になって(ここで一目ぼれにするか、未だに悩ましい問題ある設定だ)声をかけたところ上記の過去を知り、怒ったビクトは師匠直伝の魔力操作を教える傍ら、制御装置である銀の腕輪を造ってあげたりと親身に接したことで慕われるようになる。

 性格は出会った頃は従順的だったが、ビクトとの触れ合いの中で自己肯定を養い、生来の頑固でいたずら好きな性格が顔を出しよく笑うようになった。

 膨大な魔力を制御できるようになった今現在は、ビクトの研究に文字通り献身的に協力している。

 銀の腕輪は装飾スキルがまるでないビクトにとって難しすぎたため、蔦草をイメージしたつもりがミミズがのたくったようなかなりダサくてへちょいものとなっている。が、むしろそれを誇らしげに見せつける様に七分袖の服を好んで着ている可愛い一面もある。

 ……とまあこんな感じである。

 正直、自分の中の理想的な女の子をアウトプットした感が否めず、恥ずかしい。

 今まで読んできた、見てきた作品から色々と拝借しているのも事実だ。

 そりゃそうだ、恋愛なんてしたこと無い僕に普通の女の子の設定なんて思いつけるはずがない。


 で、だ。

 それで二人はこのままふ、夫婦……になるのは決めているし、そうなる下地もしっかり出来ていると思っている。

 思っているのだが、どうもここ最近、この女の子との会話や日常風景を設定しようとするとリュリュが勝手に動き出してしまう。

 ……決して精神が分裂したとかそういうアレではない。

 ただ何と言うか、こちらがこうしようと考えた筋道にケチを付けたり、非難するような姿が勝手に湧いてくるのだ。

 もう少しわかり易く説明すると……僕としてはもう一人ヒロインを増やしたいなあとか、もうちょっとモテても良いんじゃないか、とか健全な男の妄想をしようとすると、じっとりとした目でこちらを寂しげに見つめるリュリュの圧を感じる……ようになった。

 育った環境のせいでビクトを強く非難しないし拗ねて八つ当たりなんてこともしない、寂しさと不安と嫉妬とがないまぜになった、私だけを見てと言わんばかりの視線。

 まるで気配のようにそれを感じるのだ。

 ありえない。

 ありえないけど、さりとてビクト=僕(設定)である以上罪悪感を抱いているのもまた事実で。

 でもこれは僕の、僕が日々を過ごすための大事な設定なのだ。妥協はしたくない。

 そんな訳で、どうしたものかなあ……とここ2週間ほど展開に詰まっている。


 授業を受けているふりをするためにシャーペンをテキトーに走らせていたので、ノートには文字とも線とも見える落書きで半分ほど埋まっている。

 んー……ビクトが贈った腕輪の模様はこんな感じだろうなあ。

 魔法一筋の彼(僕である)が、初めて人のために作った魔法道具。

 装飾を頼めるツテもなくて、不器用なのは重々承知でデザインしたそれを、リュリュは大泣きしながら受け取ってくれた。そのぐしゃぐしゃの涙と笑顔に、自分の今までの努力はこのためにあったんだとさえ思った。

 うう。これで他の女の子に目移りしてリュリュを裏切るのはかなり酷い男なんじゃないか、僕は。

 でもこのまますんなり結婚というのもドラマがなさすぎて面白くない。

 ビクトの人生は75歳まである壮大なサーガなのだ。

 そんな僕の前世が、今の僕と同じくらいの年齢の僕が特に波乱なく所帯を持つのはどう考えても勿体ない。結婚すれば数年は冒険しなくなるだろうし。

 いっそ魔法大学の職員として、協会の仕事もしつつ日々を過ごすというのもアリなのだろうか。

 師匠のボイドを追放した魔術師協会を暴く話も人生に入れたいとは思っているし。


 これが俗に言うマリッジブルーなのだろうか。

 いざ結婚するぞという段階になって、したいことや不安で悩みふさぎ込んでしまうという、アレ。

 ――違うか。


 やれやれと頭を振って、まあ思いつくまで悩みながら考えようと顔を上げて、僕はギョッとした。 

 いつの間にか授業が終わり、どころか教室がガランとしている。


 「あれ? 古文の授業は?」


 静かな教室に、僕の間抜けなつぶやきが響く。

 また目を開けて寝むりこけ、そのままほったらかしにされたのか。 

 古文の授業の次は化学なので、つまりは教室移動で皆居ないわけだ。

 なるほどなるほど。

 またやってしまった。


 教室後方のロッカーから化学の教科書を取り出すべく、やれやれと立ち上がろうとして、僕は止まった。

 うねうねとノートに走る線を眺めていると、ふいにアイディアが浮かんできた。

 それは、ある魔方陣。

 なぜか、それが脳内で徐々にくっきりと像になっていく。

 これがアイディアが降ってくるという奴だろうか。


 ……もう授業は始まっているんだしサボってもいいか。

 さっと切り替えた僕はすぐにノートを広げてその魔方陣を形にすべくシャーペンを走らせた。

 A4では大きさが足らず、結局ロッカーへ向かいA3ノートを取り出し広げる。机いっぱいに広げたそれに無我夢中で魔方陣を描いていく。

 なんだろうこれは。凄いぞ僕は。

 延々と前世の設定を考えていると、ふとした拍子にとめどなくアイディアが溢れてくることはこれまでも何度かあった。お風呂とか布団中とか、そういう場所でも湧いてきたり。

 今湧いているアイディアは、それらの物よりも何倍も脳が刺激を受けているようにさえ感じる。

 興奮している。

 大枠の形を描いて、今度は隙間を縫うように小さな図形や魔方陣をさらに重ねて複雑多岐に展開させていく。

 気付いたら30分はも経過していて、僕は慌てて筆記用具とノートを掴むと教室を抜け出した。

 授業中なのでバレないようコソコソと、屋上……の階段踊り場へ移動する。

 ここなら、授業が終わってもすぐに人が来ることはない。昼休みまでに魔方陣を書き上げる。

 あとは、もう好きなだけ凝る。

 細かく書き込んでいく。

 イメージ通りの線、図形がどんどん出力されていく。

 ノートの余白ギリギリまで書き込んで、黒く塗りつぶすように細部を詰めていく。


 何度目かのチャイムが鳴って、僕はようやく満足してシャーペンを置いた。

 多分、お昼……だと思う。

 まあ、いい。

 僕はようやく完成した、ノートに広がる魔方陣をしげしげと眺める。一度も書き損じることなく、複雑かつ緻密に繋がる魔方陣になった。なかなかに傑作だ。よくもまあたった数時間で完成できたものだ。

  

 ――あとは、魔力を流すだけで発動する。


 そこまで考えて、あれ?と首を傾げた。

 そんな設定作ったっけ。

 何に使う魔方陣なのかもわからないのに、はっきり意味があると確信している自分がいる。

 書き上げてハイになっているだけだろう。


 僕は教室に戻るために両手で拝むようにノートを閉じて、

 そのまま、

 そのまま、

 己の魔力を流し込んだ。


 この魔方陣はノートを閉じて使用するものだ。

 任意のページに魔力を流し込む精密動作が必要である。

 まあ、俺にかかれば容易いことだ。

 とは言え万全を期すため、綴じ紐が見えるちょうど真ん中のページに魔方陣を描いた。

 魔力が、俺の書いた魔方陣という溝を満たすようにゆっくりと流し込まれていく。

 焦る必要はない。焦って大量の魔力を一度に流し込むと、最悪は魔方陣を破壊してしまう。

 ぼんやりと光るノートを眺めながら、俺は逸る気を静める。

 約束を果たすのにずいぶんと時間がかかってしまった。

 死の間際、またいつかと再会を願った。

 後に遺してしまった俺の不甲斐なさと言ったら……悔やんでも悔やみきれない。

 彼女が肌見放さずずっと付けてくれていたあの銀の腕輪を思い出して、俺は居ても立っても居られなくなってしまった。

 とめどなく溢れ出す彼女との思い出。

 会いたい。

 ただその一心で魔方陣を描き上げた。

 この魔方陣は、召喚するためのもの。

 物質は不可能でも魂という概念ならば世界を越え定着させることが可能だと、俺自身で証明した。

 今まで記憶の混濁に苦しめられたが、このところ大分馴染んできた。

 それもこれも回顧録のお陰だ。あの書き物のお陰で前世の自分を見失わずに済んだ。

 そして今回の魔法陣生成と魔力精錬で、俺の意識がついに覚醒した。

 もうじき俺の意識と記憶が完全に戻ることだろう。

 ともかく、実験は成功した。あとは実行あるのみ。

 それがこの魔方陣。

 魔力を隅々まで流し込み終わると、自動で陣が展開し込めた術が発動する。

 瞬間、閃光が踊り場に満ちた。

 ノートが発火する。

 ――成功だ。

 俺は嬉しさのあまり、年甲斐もなくはしゃぎたくなった。寸でのところで我慢する。

 後は彼女の魂と波長が近い肉体に定着するのを待つだけ。

 ――俺は必ずリュリュを見つける。再会するのだ。

 その為にも、一先ずは静かに日常を過ごさねば。

 こちらの世界は魔法が発達していない代わりに科学技術や倫理規範が比べ物にならないほど発展している。

 学生の身では動きづらいが、ルールさえ守っていれば少なくとも自由は保証されている。

 今はまだ学校で勉学する時間である。

 帰宅後、魂の探知魔法を練れば良い。

 ふう、と一息ついてから俺は教室へと戻るべく目を閉じた。


 僕がノート燃やしたところを誰かに見られなくてよかった。

 こっそりと悪いことをして一皮むけたような気がして(火遊びをしたわけではないが)、僕は少しだけ晴れやかな気持ちになった。

 魔方陣がうまく発動して本当に良かった。

 授業をさぼった甲斐もあるというものだ。

 発動後すぐに耐え切れず自壊したのはもったいなかったなあ。写真でも撮っておけばよかった。あれはそれくらい渾身の出来だったのに。

 思えば僕はあまり大きな成功体験をしてこなかった。

 ずっと転生前の記憶を頼りに己を律してきた。

 この世界でははしゃいでも仕方がない、諦めのような姿勢。

 でも、それは間違いなのだ。

 現に、前世の僕は少年時代に周りと馴染めなくても一人努力を続けて偉業を成し遂げた。

 この世界で生きていくことを、覚悟すべきなのだ。

 これからも僕自身の記憶をまとめた回顧録は書き続けていく。

 でもその記録は縋るためのものではない。

 ただの思い出であり、記録なのだ。

 生きる糧になっても、それだけを見て生きていくことは出来ない。


 そろそろ僕はビクトであることを自覚すべきなのだ。

 彼なら思い出の世界で自分を慰めるようなことはせず何処までも足掻く。

 記憶の中の彼――僕はそうだった。

 そう思い始めると、ドンドン自信が溢れてくるのを感じた。

 根拠のない自信ではない。

 努力が裏切らないことも成功した体験も、すべて事実だから。

 とは言え、急に意識を変えるのは難しい……

 

 「そうだ、すぐ出来ることあった」 

 

 最初の一歩として自分のことを"俺"と呼ぶのもいいかもしれない。

 小さくほくそえんで、僕――いや俺、は踊り場を後にした。


拙作お読みいただきありがとうございました。

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