二人だけのお泊り会
「うーーん、見つからないな?」
あれから、俺たちは白石さんの家の鍵を探すため今日行った場所を探してみた。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
後ろでは白石さんが申し訳なさそうな顔をしている。そんな彼女を見ているとズキンと胸が痛んだ。
「そんなに気にしないで。誰にだってうっかりはあるんだしさ」
日中と違いへこんでいる白石さんとは話し辛い。俺はなるべく大した問題でもないように笑顔で励ますと。
「うん、ありがとうね」
白石さんに笑顔が戻った。
「それじゃあ次は交番に行ってみよう。もしかして拾った人が届けてくれてるかもしれないしさ」
俺は間髪入れずにそういうと彼女を連れて夜の街を歩くのだった。
「見つからなかったね……」
とぼとぼと夜道を歩く。心当たりがありそうな場所は一箇所を除いて全部回ったのだが、結局白石さんの家の鍵は出てこなかった。
「もしかして落としてなくて普段と違うポケットにいれてあるとかないかな?」
「それかも!?」
俺の言葉に白石さんは一時的に希望を取り戻すのだが……。
「やっぱりないや……」
全身をくまなくチェックしたが鍵は見当たらなかった。
スマホを見てみると時刻は21時を回っている。もう少ししたら俺たちの年齢で外を出歩いていたら補導される時刻だ。
「えっと、家の人が帰ってきたりとかは……?」
白石さんは首を横に振ると。
「家、お母さんが亡くなってて……」
「そうするとお父さんは?」
俺の言葉に白石さんは肩をピクリと震わせる。そしてぐっと唇を噛むと冷めた声を出す。
「…………父は今海外にいるから」
打つ手なしだ。ネットカフェに泊まろうにも条例により未成年の施設利用は保護者同伴でなければ22時まで。そもそも保護者と連絡が着くならこんな事態になっていないわけで……。
どうするべきか考えては却下してを繰り返す。
「あのさ……」
「ん? どうした?」
俺が悩んでいると白石さんが声を掛けてくる。
「これ以上はいいよ。日野君にこれ以上迷惑掛けるのもいやだし」
そう言って下を向きながら歩き出した。
「どうするつもりなの?」
彼女がどのようにこの状況を打破するのか俺は気になって質問すると。
「アパートの玄関前に座って時間を潰す。これだけ探して見つからなかったなら多分図書館で落とした可能性が高そうだから。明日になったらもう一度行ってみるよ」
今日一日一緒にいたのでわかる。彼女は空元気で笑っているのだ。
春先とはいえ5月だ。夜は割と冷える。玄関前で震えながら両手に息を吐きかけている白石さんの姿を想像してしまうと……。
「あ、あのさっ!」
「何? 日野君どうしたの?」
思ったより大きい声だったので、白石さんは吃驚すると眉をひそめた。
「じ、実は家いま由美が友達の家に泊まりに行っていて居ないんだ!」
「う、うん?」
最初に前提となる情報を出しておく。希望の糸を垂らしておいて食いついた後でこの情報を言うのは卑怯だと思ったからだ。
「その……夜も冷えるし、女の子が1人で外にいるのは危ないと思うんだ」
やましい部分があるわけじゃない。だが、次の言葉を口にするにはどうしたって勇気がいる。以前由美が誘った時とは状況が違うのだから。
白石さんは瞳を揺らすと俺を真っすぐに見ている。このまま放置したら彼女は夜を1人で過ごすことになる。
俺はゴクリと唾を飲み込むと。
「白石さんさえ良かったら家に泊まる?」
カチャカチャと食器のぶつかる音をさせながら皿をキッチンに運んで洗い物をする。
濡らした雑巾でテーブルを拭くと気になっている汚れを念入りにこすってみる。
テレビでは夜のニュースが流れており、大型連休での渋滞情報やら興行地域の祭りが行われたなどの映像が流れている。
俺は落ち着かない様子でそれをみていると……。
——ガチャリ――
ドアが開く音がした。入ってきたのは……。
「日野君ありがとうね。またお風呂借りちゃって」
髪を濡らした白石さんがバスタオルを肩にかけながら出てきた。
「いや、こっちこそ。サイズはその……大丈夫?」
先程、俺の提案に白石さんはほっと息を吐くと頷いた。
やはり夜に外で1人きりというのは怖かったのだろう。
そんなわけで、俺の家に泊まることになった彼女がコンビニで必要な物を買っている間、俺は由美に電話をすると事情を話した。
本当ならその場で帰ってきてもらうのが一番だったのだが、どうやら泊まっている友達の家は駅から離れているうえ、車を運転できる人間は既にお酒を呑んでしまっているらしい。
そんな状況で更に迷惑をかけることは白石さんも望んでいなかった。俺は由美に確認するとパジャマとベッドを借りる許可を得たのだった。
「うん、問題ないよ」
そんな訳で白石さんは現在妹のパジャマを着ている。
普段見慣れている柄なのだが、由美が着ている時は何も感じないのに今は妙に輝いて見える。
テーブル近くの椅子を引き、彼女はそこに腰掛けるとなんとなしにテレビを見ていた。男と2人きりという状況だというのに特に気にした様子はないようだ。
「ちょっと暑いね、あははは」
風呂が熱かったのか、彼女は顔を赤くするとパジャマをつまみ、間に風を送っている。
その無防備な姿に俺は慌てて視線をそらす。
「日野君? 顔が赤いけどもしかして風邪でも引いた?」
身体の向きを変えて俺に向き直った白石さん。お蔭で正面から彼女のパジャマ姿を見ることになり、視線が身体の一部に吸い寄せられそうに…………。
「お、俺も風呂に入ってくる!」
何とかその場を逃げ出すことに成功するのだった。