図書館で一緒に勉強
「おはよう白石さん。お出かけかな?」
突然の遭遇にもかかわらず俺は淀みなく答える。
以前、すき焼きをした時は心の準備ができていなかったが、白石さんは誠二の恋人だ。
最近の俺は誠二と仲良くしているので、友達の彼女ということで仲良くするに越したことはない。
「うん、ちょっと調べ物と課題を片付けようとおもって図書館に行くところだよ」
「えっ? 俺もそうなんだけど?」
「ほんとっ? だったら一緒に行こうか」
目的地が一致したことで驚いた様子を見せる白石さん。ここで別々に行くのは不自然なので俺と彼女は並んで歩き始めた。
「それにしても日野君って意外と真面目なのかな? こんな朝から図書館に行くなんて」
「意外というのはちょっと失礼では?」
俺は眉をひそめて突込みをいれる。すると彼女は口元を隠して笑うと。
「ふふふ、ごめんね。誠二君と仲が良いみたいだからそんな気がしただけ」
なるほど、誠二はあの見た目通り勉強の類を一切しない。そんな誠二とつるんでいることでどうやら俺まで不真面目な印象を彼女に与えてしまったらしい。
「それで、日野君はどうして図書館に行くの?」
「俺もレポートをやりにだな」
そういって鞄をポンと叩いて見せる。中にはレポート用紙と教科書が入っている。
「ありゃ、本当に真面目だったんだね」
少し申し訳なさそうな表情をする白石さん。
「いや、実は妹に家を追い出されたんだよ」
「由美ちゃんに? 一体どうしたの?」
「なんかさ、同じ学校の友達を呼んだから俺に家にいて欲しくないんだと」
「なるほど。複雑な心境ですなぁ」
なぜかウンウンと頷いて見せる白石さん。
「ん。もしかして由美の気持ちがわかったりする?」
「んー。多分だけど、あの年頃の女の子は友達に身内を見せたくないんだよきっと」
そういうものなのだろうか?
俺としては白石さんの言葉に納得しかねるのだが……。
「例えばさ、日野君は由美ちゃんのこと大事に思ってるよね?」
「……まあ、あんな妹だけどそれなりには」
「もし日野君が家に誰か……例えば女の子にだらしないチャラチャラした男の子を呼ぶことになったらどうする? 由美ちゃんをその男の子に紹介する?」
俺は何となく誠二を思い浮かべる。あいつが甘いマスクで由美の手を握り、由美が顔を赤くしてまんざらでもない顔をしている姿が想像できた。
「ね? 凄く嫌な気分になったでしょう?」
「確かにな。そう言われると由美を責める理由が一切ないな」
それにしても1つしか年が違わないのに見事に由美の心情を当てて見せるとは……。
「もしかして白石さんにもそういう経験があったりするの?」
リアルに想像するにはその体験を誰かから教えてもらう、もしくは体験するのが一番だ。彼女にも兄弟がいたりするのかと考えたのだが……。
「あくまで想像だよ。だからもしかすると違ってる可能性もあるかもね」
丁度エスカレーターに差し掛かったので彼女に先を譲る。
そのまま図書館のドアを潜りぬけたので雑談はここまでとなるのだった。
ページをめくる音とペンを走らせる音がする。時々息遣いが聞こえてくるのだが、この空間での大声はタブーとなっているので心地よい静寂が支配する。
俺はイヤホンをつけると自分のレポートへと熱中していた。
勉強に集中するときは声のない音楽が良いので適当なピアノの曲を流しつつ作業をしている。
しばらくの間作業をしていると、正面に座っている白石さんの動きが止まっていることにふと気が付いた。
先程、図書館にはいると仕切りがついている個人利用の机は既に埋まってしまっていたので、俺たちは大型テーブルに向かい合って座ることにしたのだ。
いったん気になり始めると集中力がとけてしまった。俺は白石さんが寝ているのだろうかと思い顔をあげてみると……。
「っ!」
彼女は俺が顔をあげると凄い勢いでページをめくり始めた。
恐らく考え事をしていて俺が見るのと同じタイミングで考えが纏まったのだろう。
せっかくこうして静かな場所で作業をしているのだ。誘惑が多い家に帰る前にできるだけ進めておくべき。俺は白石さんを見習うとレポートに没頭していくのだった。
「ふぅ……」
レポート用紙をトントンと机に叩いて纏めるとクリップで綴じる。
結構な時間集中していたので、ひとまず満足のいく内容に仕上がったと思う。
俺はスマホを取り出すと時計を見る。
時刻は既に昼を回っており、図書館内の空気も入館したころに比べると若干緩んでいるようだ。
ところどころで小声で話をしていたり、笑い声がしたりしている。
腹具合を確認するとそこそこ空腹の状態が確認された。
俺はそろそろどこかで昼飯でも食べようかと考えるのだが……。
目の前では白石さんが真剣な顔をして課題をやっている。解らない問題があるのかペンを口元にもっていき眉を寄せている姿は微笑ましくうつる。
教科書を覗いてみると数学の問題らしく、使う関数を間違えているのを発見した。しばらく見ていると「あっ」と表情が変わり正しい関数を使い問題を解いた。
相当苦戦していたのか、小さく拳を握りしめたところで彼女は俺が見ていることに気付いた。
白石さんは俺に顔を近づけてくると。
「どうしたの?」
ひそひそ声で囁いた。
「えっと……そろそろお昼にしようかと思って……」
別に約束して一緒に来たわけではないので彼女に告げる必要はないのだが、黙っていなくなるのもそれは違うのではないかと思い白石さんに声を掛けた。
すると彼女は腕時計をみて時間を確認する。
「わっ、もうこんな時間なんだね。全然気付かなかったよ」
余程集中していたに違いない。俺はレポートをしまい、彼女に挨拶をして立ち去ろうかと考えるのだが……。
白石さんもなぜか荷物を纏め終える。そして……。
「それじゃあ、いこっか?」
機嫌良さそうに席を立つと出口へと向かっていく。
どうやら一緒にランチをするつもりのようだった……。