浜野家訪問
「浜野。ちょっといいか?」
週明けの月曜日。昼休みになると俺は浜野を呼び出した。
「皆、今日はおれ日野と飯食うから」
思いのほかあっさりと浜野は席を立つと昼飯を持つ。
「それじゃあ行こうぜ」
「ああ」
浜野は俺の肩をポンと叩くと先に教室を出る。俺はそんな浜野についていくのだった。
グラウンドが見える渡り廊下の横にある自販機でそれぞれ飲み物を買うとベンチに腰掛ける。
俺が浜野を呼び出したのには理由があった。
先日。俺は不可抗力とはいえ浜野の彼女を家に招待してしまったのだ。そのことについて彼氏である浜野に説明をする義務があった。
だが、浜野に彼女がいることについて周囲に漏らさないように本人から止められている。
なので、こうして2人きりになれるようにタイミングを見計らっていたのだが……。
「実は浜野に話があるんだが」
まず順序立てて説明するとしよう。俺は先週起こったことを思い出しながら口にしようとすると……。
「ああ。俺も日野に話がある。正直俺は怒ってるんだぞ?」
普段の浜野らしからぬ険しい表情。どうやら白石さんから事情を聞いているらしい。付き合っているのなら密に連絡を取っているのは当然だろう。
自分の知らぬ間に彼女が他の男の家に呼ばれていたんだ。怒りはもっともだろう。
俺は浜野の怒りを受け止めるべきだと判断し頷くのだが……。
「ずるいじゃないか! 愛華にだけすき焼きをごちそうするなんて!」
「は?」
予想外の言葉に俺は開いた口が塞がらない。てっきり彼女を家に連れ込んだことを責められるのだと思ったのだが……。
「そんなことで怒ってるのか?」
「そんなことだと? お前は愛華に『日野君の家ですき焼き御馳走になっちゃったよ』と自慢された俺の気持ちがわかるのか!」
「そんなの知らないんだが……」
どうやら浜野の怒りは彼女を家に連れ込んだことに対してではなく、彼女だけにすき焼きを御馳走した点にあるらしい。
「いや、事情を話すとだな。道端で買い物袋をぶちまけていた白石さんがいて、それを見かねた妹が強引に彼女を家に連れ込んだんだ。それで食材を駄目にするぐらいならと妹が勝手に彼女を誘って一緒に飯を食っただけなんだよ」
とりあえず俺はありのままに事実を話すことにした。
「へぇ、日野の家にも妹がいるのか」
浜野はそこに興味を持ったようでおとなしくなった。
「そんなに良いもんじゃないぞ。何かあると買い物に付き合わせたり小言をいったりするし」
「わかる! わかるぞ! 俺も妹がいるんだがわがままでな、この前も映画に……って話を戻すぞ」
妹の愚痴で盛り上がろうとしたところだったのだが、浜野は我を取り戻した。
「とにかく。この埋め合わせはしてもらわなければならないな」
「なんでだよ?」
怒るポイントが俺にとって負い目が全くない部分だったので言い返すのだが……。
「日野。今週の土曜日暇か?」
「別に空いてるけど?」
「じゃあ、俺の家に来い。それで埋め合わせってことでどうだ?」
てっきり無理難題を言うかと思ったのだが……。
「それぐらいなら……まあいいけど」
本人がそれで怒りを収めるというのならそれに越したことはない。俺は浜野の提案を受け入れるのだった。
「でかいな……」
スマホの地図で現在地を確認してみる。
目の前のシャッター横にはドアがあり、その横にインターフォンと表札がある。
そして表札の名前は『浜野』になっているので、ここが浜野の家で間違いない。
「何か悪いことでもやってなきゃこんな大きい家住めないだろ?」
とても失礼な感想を述べるのだが、塀で囲まれていて中がどうなっているかはわからないが確実に広い庭があることだけは想像がつく。
俺はスマホのRIMEを立ち上げると浜野に『着いたぞ』とメッセージを飛ばした。
「よお、インターフォン鳴らせよ」
自宅だからかブラウンのセーターにカーキーのパンツとラフな格好の浜野が出てきた。
「いや、家の人や家政婦さんとか出たら嫌だし」
「安心しろ。今日は家政婦が居ない日だから」
どうやら居る日もあるらしい。
「とりあえずここじゃなんだから中に入れよ」
俺は浜野に手を引かれると豪邸の中へと入るのだった。
「あんまりきょろきょろするなよ」
家の中を歩いていると浜野が振り返った。
「いや、こんな機会でもなければ見られないからな」
「なんだよそれ。また遊びに来ればいいだろう?」
どうやら浜野はまた俺を家に呼ぶつもりがあるようだ。長い廊下を歩き建物の端までくる。廊下の隅に地下に降りる階段があった。
「ここは?」
「地下に倉庫があってだな。俺がガキの頃に着ていた服やおもちゃとか色々しまってあるんだよ」
「へぇー」
流石は金持ちというだけある。地下室があるなんて。
俺が感心していると浜野は言葉を続けた。
「実は父親からここの整理を頼まれていてだな」
「なるほど」
話が一気に飛んだ気がするんだが?
「見ての通り、地下に続くのはこの階段だけなんだ」
「つまりは?」
俺は浜野に聞き返す。
「手伝ってくれ」
飾らないストレートな言葉に俺は……。
「そう言うことかよ……」
げんなりとして返すのだった」
「日野。これの箱で最後だから……」
「ああ」
あれから数時間が経過し俺たちは地下室から全ての荷物を運び出すことに成功した。
「いや、お疲れ。これは1人でやったら終わらないところだった」
そんな白々しい態度をとる浜野を俺は白い目でみる。
「こういうことなら最初に言えよな」
「言ったら日野逃げただろ?」
浜野は悪戯が成功したような笑顔を俺に向けてきた。
「逃げないよ。ただ心の準備ぐらいさせて欲しかったぞ」
「まあ、安心しろよ。ちゃんと日野にとってもメリットがある話だからさ」
「本当だろうな?」
俺が不満を口にしていると…………。
「ただいま」
太い声をした中年の男の人がドアを開けた。
「父さんお帰り」
「誠二。友達を連れてきているのか?」
その顔をみて俺は固まる。
友達の家に遊びに来て一番苦手なことといえばその家の父親と遭遇することだろう。
俺たちと年が離れており威厳がある姿は無駄に緊張をもたらすので苦手だった。
「君名前は?」
「日野裕二です」
「そうか俺は――」
だが、俺が緊張している理由はそれではない。
「浜野英雄監督ですよね? 『天使の音色』や『君の心臓』を手掛けた」
目の前にいるのは俺が憧れてやまない映画監督だった。