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第3話すき焼きで団欒

「確か……白石さんだったよな?」


 お互いにあっけにとらわれていたのだが、俺の方が少し早く回復したようで声を掛ける。


「う、うん。君は日野裕二君だね」


 何故か名前を言い返される。下の名前は浜野に聞いたのだろうか?


「こんなところで偶然だね」


 そんな疑問を浮かべていると花のような笑顔を見せてきた。


「それより、それ大丈夫なの?」


 俺が指差した先、白石さんのスカートが汚れていた。


「あー、瓶が割れたときに中身がかかっちゃったみたいだね。他にも卵とかもヒビが入ってるよ……」


 袋を持ち上げて見せるとそう嘆いている。


「ふぅ、この辺の片づけは済んだよ」


 少し目を離したすきに妹がちり取りと箒を借りてきて片づけを終えていた。


「それよりお兄いなにしてるのさ!」


「うん? どうした由美?」


 何故か妹から責められるのだが心当たりがない。


「その人、汚れてるじゃない。すぐに洗濯しないと!」


 妹はそういうと白石さんの手を取ると……。


「家すぐそこなんで着替えて行ってください!」


 強引に引っ張っていくのだった。


 


 リビングのテーブルで3人無言でたたずんでいる。

 俺の隣には由美が座っており、正面の俺と由美の丁度中間には白石さんが座っている。


 あれから由美によって家に連れ込まれて風呂に入れられたのだ。服は洗濯機に放り込まれてしまったので、現在は俺の着古したシャツとジャージを貸している。

 そのお蔭で髪がしっとりと濡れていて白い肌に赤みが差し妙な色っぽさを醸し出している。



「よし、もういいかな……」


 由美の真剣な声に俺は頷くと蓋を取る。すると…………。


「ふわぁ~」


 白石さんが惚けた声を出した。


 目の前には「グツグツ」と音を立てた鍋があり、そこには肉を中心に煮立てられた肉が存在した。


 それぞれの席の前には米と生卵が入った器が置かれている。


 鍋から漂う匂いは市販ながら由美が厳選した割り下なので鼻腔をくすぐり食欲を刺激する。俺達は現在3人揃ってすき焼きを囲んでいるところだ。


 レジ袋の中身をチェックした妹は、彼女に確認するとその食材の使用許可を貰った。

 そんなわけで彼女が風呂に入っている間に準備を済ませ、白石さんが出てきたところでこうして晩飯のタイミングをあわせたのだ。


「さあ、まずはお客様からだよ。白石さんよそってください」


「う、うん。ありがとうね」


 気を使った視線を俺に向けながらも白石さんはすき焼きをとる。最初に白菜と玉ねぎに椎茸、そして遠慮がちにほのかに赤みが差す牛肉に手を出す。


「じゃあ、次は私。お兄いは最後ね!」


 取り箸を受け取った由美は豪快に肉をまず奪っていく。食卓にルールはない。あえて言うのなら弱肉強食というのが我が家のルールだ。食べたいものがあれば相手よりも先に確保する。今でこそ強く育った妹だが、昔は俺に美味しい部分を取られては俺の足をよく蹴ったものである。


「お前ってやつは……少しは遠慮しろ。お客さんの前なんだぞ?」


「な、何よ。お客さんの前で言わなくてもいいでしょう!」


 由美はそういうと恥ずかしそうにしながら俺に取り箸を渡してきた。


 妹によって蹂躙されつくした鍋から残る肉をさらう。そして全員に肉がいきわたると……。


「いただきます」


 手を合わせるとそれぞれが肉を食べた。


「お、美味しい……」


 白石さんの感想が聞こえてきた。


 噛みしめる肉の柔らかさと溢れてくる肉汁の風味は流石国産だけはある。外国産の赤身ではこうはいかない。


「まだおかわりはありますからどんどん食べてくださいね」


 由美はそういうと次の食材をセットしていく。


 俺たちは目の色を変えると無言ですき焼きを食べるのだった。





「ふぅ、食った食った」


 俺は満腹になり姿勢をすこし崩して見せると……。


「お兄い! お客様の前で行儀悪い!」


「いいじゃないか、少しぐらい」


「良くない! お兄いが恥かくだけならいいけど、日野家の沽券にかかわるんだから」


「そんな、大げさな。大体お前だってこの前……」


「なにさっ!」


 日野家の沽券に関して妹と言い争いをしていると……。


「くすくす」


 白石さんがその様子を見て笑いだしてしまった。


「ほら、お前のせいで笑われただろ?」


「お、お兄いのせいじゃん!」


「ごめんね。そんなつもりじゃなくて。ただ、仲が良いなと思ったの」


 その視線は暖かく、俺達兄妹のことを眩しそうに見ていた。


「そうだ、お肉代。私の分払うよ」


 ふと思い出したように白石さんは財布を取り出そうとするのだが……。


「いや、白石さんからは食材を出してもらってるからいいよ」


「そうですよ。気にしないでください」


「そんなわけにはいかないよ。こうして服まで洗濯してもらって、お世話になりっぱなしだし」


 一方的な施しに対する負い目があるのか白石さんは表情を陰らせた。

 由美が「どうしよう?」とこっちを見る。


「じゃあさ、洗い物お願いしていいかな? それでチャラってことで!」


「えっ。それは食べさせて貰ったから当然やるつもりだったけど……」


 戸惑う白石さんに俺は更に畳みかける。


「俺も妹も普段は2人で食事だからな。たまには大人数で食事ができて楽しかったし」


「そうですそうです。お兄いと2人よりも数倍楽しかったですからそれでチャラにしましょう」


 兄妹の説得に白石さんは納得すると……。


「そう? それじゃあ、そうさせてもらおうかな?」


 首を傾げると台所へと向かうのだった。




「それじゃあ、借りた服は洗って返しにくるね」


 手提げ袋に洗濯した着替えをいれ、もう片手には無事だった品物が入っている。


「いえいえ、お兄いの着古したシャツなんてわざわざ返してもらわなくて結構ですから。なんなら雑巾にでもしてください」


「おい、その通りだがお前が言うな」


 俺は由美の頭を小突いておく。

 白石さんは改めてシャツを見ると……。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えようかな」


 どうやら俺のシャツは雑巾になる運命らしい。


「お兄い! もう遅い時間だから送ってくの!」


「言われるまでもないがそのつもりだぞ?」


 それなりに人通りの多い場所だが何があるかわからない。俺は白石さんを送るために靴を履こうとするのだが……。


「あっ、大丈夫だよ。家もそんなに遠くないしこれ以上迷惑かけたくないから」


 そういって遠慮されてしまった。


「それじゃあ、由美ちゃん……日野君もまたね」


 そういうと白石さんは帰っていくのだった。

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