第1話出会い
駅前の裏道に入ると人通りの少ない場所に出る。その一角にあるのが大型同人専門店レモネイド。多くの同人誌を扱っているいわゆるオタク向けのこの店が俺の目的地だ。
ここで俺は、推しのイラストレーターさんのイラスト集を予約していたのだ。
「ありがとうございました」
エプロンを身に着けた店員が袋に入れたそれを受け取った。
他にも欲しいものがあり目移りをしてしまったが、金銭的な余裕がないので泣く泣くあきらめると店を出た。
そんなわけで至急家に帰ってイラストを確認しようと思っていたのだが…………。
「あれは……?」
駅の中央のモニュメント。人との待ち合わせに使われている場所に1人の男が立っていた。
髪をワックスでまとめており、シンプルながらも清潔さを損なわない格好。高身長に甘い雰囲気を纏っており、周囲の通行人は例外なく振り返って彼を見ている。俺が通う町南高校の生徒なら誰もが知っている。同じ高校の二年生で同じクラスに所属している浜野誠二だ。
成績優秀でスポーツ万能。特定の部活に所属していないが、よく助っ人として駆り出されることもある我が校きっての有名人。
俺は眉をひそめた。それというのも浜野は女と話をしていたからだ。
手入れが行き届いている綺麗な髪にモデル雑誌の表紙を飾れるほどお洒落な服装。浜野と話している時に見える柔らかい笑顔は見る者を魅了してやまない。
そんな彼女にしばらく見惚れていた俺だったが、一つの疑問が浮かんだ。
「誰だ?」
学校中で注目されている浜野だが、実のところ浮いた噂というのがない。だが、あの格好からしてこれからデートに出かけるのは明白だろう。
「まあいいか……」
ひとまず俺は歩き出す。彼らの目の前を通らなければ家に帰れないからだ。
クラスメイトとはいえ向こうはトップカーストで俺は底辺。こっちは浜野を認識しているが向こうにしてみれば俺という存在を知らない可能性が高い。
彼らが立ち去るまで待つ手もあったが、一刻も早くイラスト集を見たい俺は浜野の横を通り抜けようとした。
「あれ。日野?」
だが、視界に入った俺を浜野は捉えてしまった。
「あっ、こんにちは」
思わず俺は振り返ると返事をする。予想外だったのでとても小さな声だっただろう。
「誠二君の知り合い?」
浜野と話していた美少女も俺を認識すると振り向いた。その際に正面からばっちり目があってしまう。
「ああ、クラスメイトなんだ。しかもすぐ後ろの席の」
会話をしたことはなかったが、どうやら俺の名前を知っていたらしい。俺は立ち去っても良いものか考え、固まっているのだが……。
「へぇ、そうなんだ。私は白石愛華だよ。よろしくね」
そう言って魅了するような笑顔を俺に向けると手を差し出してきた。
俺は抱えていたイラスト集の袋を左腕で挟み右手をフリーにすると握手に応じた。
「それで、日野はどうしてこんなところに? もしかして買い物か何かか?」
「ああ、うん。そんなところかな?」
何が浜野の興味を引いたのかわからないが質問をされた俺は適当に濁してしまう。もし興味を持たれて紙袋の中身を改められたら引かれることが間違いないからだ。
だが、浜野もたいして興味があったわけではないのだろう。「ふぅーん」と呟くと俺への追及をやめてくれた。
ほっとしたのも束の間。俺は浜野の興味がそれたことに安心すると同時に1つの疑問が浮かんだ。それは浜野が連れている白石さんとの関係だ。
お互いに気遣わない自然体で話をしているし、何より美男美女の組み合わせはカップルと定義付けするにはたやすい。
普段の俺なら絶対にしないのだが、トップカーストと美少女と会話をして混乱していたせいか気が付けば質問をしていた。
「彼女?」
「はっ?」
「えっ?」
「え……?」
俺の質問に浜野と白石さんが固まる。そんな2人をみて俺も固まった。
余程、予想外な質問だったのか2人は目を丸くすると。
「ああ。そういうことか……」
何やら納得すると浜野は俺の耳に口を寄せると。
「悪いけど内緒にしておいてくれよな?」
そう呟くと悪戯を成功させたかのように目配せをしてくる。俺はその姿にあっけにとられていると。
「勿論誰にも言わないから」
いつの間にかそう答えていた。
それから少しの間話をしていると「そろそろ映画の時間」と白石さんが呟き解散になった。
何とか危機を乗り越えた俺はほっと溜息を吐くと。
「ふぅ。少し話すだけでこんなにしんどいとは……やっぱり俺にトップカーストの相手は無理だな」
この時、俺は知らなかった。この出会いのせいで自分の運命が大きく変わっていたことに。