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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

目の前の彼が魔王よりも恐ろしく見えた

作者: 硝子町 玻璃

 勇者なんて大層な呼び名をもらってからは、なるべく我が儘や弱音を吐かないようにしていた。勇者らしい自分を演じつつ、聖剣を振るい続けた。

 絶対に無理だ、いつか限界が来てしまう、魔物に殺される時が来る、とネガティブなことばかり考えていたくせに、気が付くと人間と魔物を足して二で割ったような化物の死体を見下ろしていた。

 魔物を率いて世界を滅ぼそうとした魔王の成れの果てである。どんなに優れた再生能力の持ち主であっても、聖剣の力には勝てなかったというわけだ。

 勇者とその仲間達の旅が終わりを迎えた瞬間でもあった。


 魔王を討った褒美であるかのように、大国の姫君から求婚の手紙が届いた。

 幼馴染であり、仲間の魔術師からはずっと好きだったと告白をされた。

 数百年生きている弓使いのエルフからは、共に里で暮らして欲しいと言われた。

 その他、勇者の噂を聞いた貴族の娘との見合い話も大量に舞い込んだ。

 選び放題だなとお調子者の盗賊にからかわれた。


 それらを全て理由も言わずに断り、人々の前から姿を消した。

 勇者のゆの字も知らないような、辺境の村で身を置くことにした。その村は訳ありの人間が流れ着くことが多いらしく、誰も新入りが何者であるか詮索をしない。ただ、夜になると魔物が出るから村の外には出るな、あの実は二、三日天日干しすると甘くなる、と色々と教えてくれた。

 無関心だが、無干渉ではない。そんな人々だった。

 それが勇者にとっては心地よかった。


 新しい住人がやって来たのは、それから三ヶ月後だった。

 金髪碧眼の青年だ。彼の荷物はほんの少しだけで、腰に安物の剣を差していた。長い間鍛え続けているのか、がっしりとした体格をしている。

 予め、村長と話を済ませていたようで、彼は村の外れにある空き家に住むことになった。


 青年は寡黙な性格で必要最低限のことしか喋らない。

 だが、整った顔立ちのおかげで、女性からの評判はよかった。当の本人はまるで相手にしていないが。

 それから、勇者が魔物退治に向かうと共について来てくれる。彼の振るう剣は、どんな魔物をも容易く斬り裂いてしまう。その剣技は勇者のそれを超えていた。


「お前、どうしてこんな所にいるんだ?」


 村に戻る帰り、青年にそう訊ねてから勇者は自らの失言に気付いた。馬鹿なことを訊いてしまった。自分だって同じことを訊かれたら、上手く答えられないだろうに。


「すまん。おかしなことを訊いた。今のは忘れてくれ」

「大切な人を失いました」


 青年はじっと勇者を見据えながら口を開いた。


「その人のことを愛していたのです」

「そうか……」

「俺の初恋でした」


 青年がまともに喋る姿を見るのは初めてだった。それもこんな話題で。

 それが勇者の胸を妙にざわつかせる。訊かなければよかった。勇者が色んな意味で後悔していると「貴方は何故、この村にいるんですか?」と、青年が質問をした。

 応えなければ駄目か。駄目だろうか。彼だって答えたのだから。


「俺は、その、失恋したんだ」


 気恥ずかしくて、そう言いながら青年から視線を逸らしてしまった。


「貴方には好きな相手がいたのですね」 

「一方的だ。向こうはきっと知らないと思う。いいや、知らなくてもいい」

「何故ですか。何か問題でも?」

「……多分、気持ち悪いって感じるだろうから」


 青年の問いに答えた声は僅かに震えていた。

 勇者の脳裏に浮かぶのは、かつての仲間の一人。

 魔物殺しの剣を自在に使いこなす聖騎士。全身に聖なる加護を得た鎧を纏い、銀色に輝く兜で顔を隠した男だった。

 特段、彼と仲が良かったわけではない。魔王を倒すという目的を果たすため、勇者の仲間に加わっただけに過ぎない。

 だが、聖騎士は優しく、そして恐ろしいまでに勇敢な男だった。剣の稽古に何度も付き合ってくれたし、魔物の大群に追われている時は自らが殿となり、仲間達を逃がそうとした。


 魔王がいなくなり、世界はそれなりに平和になった。その中で誰と一緒にいたいかと勇者が自問した時、真っ先に思い浮かんだのは聖騎士だった。

 そこで自分の気持ちを自覚した。

 決して実ることはないと、初めから分かりきっている初恋だった。誰にも知られてはならない。特に本人にばれて、軽蔑されるのが恐ろしかった。だから、皆から逃げるようにここまでやって来たのだ。





 あれから青年は、ちょくちょく勇者の家を訪ねるようになった。

 読書が趣味の勇者のために本を持ってきたり、果物を持ってきたり。

 ほんの少し微笑みながら会いに来る青年に礼をしたくて、勇者は隣町まで足を運んだ。

 向かったのは酒屋だった。そこで少々値の張る果実酒と燻製肉を買う。魔物退治は案外儲かるもので、懐は温かい。魔王討伐の報酬金もまだ手を付けていない状態だった。

 店を出ると、音もなく雨が降っていた。家を出る前、湿った匂いがすると思ってはいたのだ。やっぱり傘を持ってくるべきだったと後悔していると、黒い傘を差した誰かがこちらへ向かってくる。


「やはり、ここにいましたか」


 青年がほっと安堵した表情で、勇者にもう一本持っていた傘を差し出す。


「お前、何で……」

「貴方が酒を求めて隣町に向かったと、村人に聞きました。雨が降りそうなのに手ぶらで行ったとも」

「そうじゃなくて、どうしてわざわざ来たんだよ」

「嫌でしたか?」


 顔を覗き込まれながら問いかけられる。


「嫌なわけないだろ。むしろ……嬉しかったよ」


 淡く苦い初恋の記憶が、別なもので上書きされてしまいそうなくらいには。

 そう考えてから、自分がどうしようもなく恐ろしくなった。

 また成就しない恋をするつもりなのか? 自身に言い聞かせながら傘を受け取ろうとして、その手を青年に握られた。


「次から遠出をする時は、必ず俺に言ってください。お供をしますから」

「遠出って隣町に来たくらいでそんな大袈裟な」

「貴方に何かあったら、村の人々が悲しみます」


 平淡な声だ。だが、僅かに熱を帯びている。

 手を強く握り締められ、心臓が跳ね上がるような心地になった。


「離してくれ、頼む」

「俺も悲しみます」

「分かった。分かったから」


 言いようのないむず痒さを感じて、そっと手を振り解く。

 勇者の心の中で何かが変わろうとしていた。






「あ」


 気付いた。気付いてしまった。今、自分はそんな顔をしているだろうと勇者は思いながら、青年の顔を見た。

 青年は最初、何のことか分からないようだったが、すぐに勇者が驚愕している理由に思い当たったのか、表情を強張らせていった。


「お前、今のって」

「何のことでしょうか」

「誤魔化そうとするなよ。もう意味ないだろ」


 夜、青年の家で小さな宴会をしている時のことだった。アルコールが入り、いつもより饒舌になった勇者の話を、青年は微笑を浮かべながら聞いていた。

 互いにそれなりに酔っていたと思う。そして、僅かに気が緩んでいた。

 だから勇者は、かつての仲間の話題をうっかり口にしてしまっていた。それに対して青年は短く言葉を返した。


「……何でお前があいつの名前知っているんだよ」


 あいつとは勇者の仲間のことだ。正確に言うと、お調子者の盗賊。勇者は彼の話題を出したが、名前までは告げていなかった。

 なのに、青年は盗賊の名前を口にしながら「あいつはいつも、貴方に余計なことを言ってばかりだった」と言った。

 つまり、そういうことだろう。


「それは貴方が以前……」

「俺は一度も言っていないよ。俺が勇者だってこと、気付かれる可能性があったからな。そこだけは気を付けていた」


 青年の言葉を遮るように言うと、彼は小さく溜め息をついた。

 それを見て勇者は笑いながら酒を飲んだ。


「お前、嫌なことがあるといつもそういう顔をしてたんだな。『あの頃』は全然分からなかった。というか、見えなかった」

「……前から気付いていたのですか。俺のこと」

「これだけずっと一緒にいるんだぞ。いくら俺でも気付くよ……聖騎士様」


 そう呼ぶと聖騎士は僅かに眉を顰めた。


「てっきり、このまま一生気付かないままかと」

「俺を何だと思っているんだよ」

「いえ、声を聞かせても、気付く様子がなかったので……」

「当たり前だろ。兜被ってる時と微妙に声が違うんだぞ。それにお前、剣の振り方変えてたし」


 そもそも、素顔を知らなかったのだ。あの男は旅の途中、仲間の前では一度も兜を脱いだことがなかった。聖騎士は神の御前でしか顔を晒すことが許されていなかったとかで。


「……ん? そうだよ。聖騎士はどうしたんだ。旅が終わったら、大聖堂の守護騎士に昇格するって話があっただろ?」

「その話は無くなりました」

「何でだよ」

「俺が聖騎士を辞めましたので」

「はあ!?」


 何やってんだ! と勇者は叫びたくなった。


「勿体ないだろ……」

「他の聖騎士達からもそう言われました。ですが、当時の俺はそれどころではありませんでした」

「何でだ? 何か悩みがあったのか?」

「想い人が姿を消したのです」

「……ああ、以前言っていたことか」

「ですが、今こうして俺の目の前にいるので心配しないでください」


 耳を疑った。頭も若干痛い。自分の知っている聖騎士はもっと知的で、孤独を好むような人だった。

 こんな、甘く湿った声を発する男ではなかったはずだ。


「……貴方のことが好きですよ。貴方が失恋したと聞いた時、その相手を殺してやりたいと本気で思う程度には」


 穏やかな声と表情で末恐ろしいことを言う。しかも、この男ならやりかねない。


「……お前、自殺したいのか?」

「?」

「いいや、何でもない、忘れてくれ……」


 こんな形で初恋が成就すると想像もしていなかった。それを彼に知られてしまえば、大変なことになりそうなので勇者はこの秘密をもう少し黙っておくことにした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 薔薇が咲いてるなぁ・・・(遠い目)
[良い点] 凄く良かったです。大変心ときめかされました。 [気になる点] 二人のこれからが気になって仕方ありません。
[一言] 良い
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