邂逅する
少しして、さっきの女性が食事を持って戻ってきた。少し甘みのあるミルク粥と、パンを持ってきてくれた。
だるさが残っていたので、あまり噛まずに食べやすい食事はすごくありがたく、おいしく頂いた。
寝台の横のテーブルで食事を終えた俺は、とりあえずついてくれていた女性に
「ここはどこですか?」
と聞いた。相変わらず自動翻訳で口が乗っ取られる。
「ここは王宮の病院です。あなたは召喚されて4日経ちますよ。」
「王宮・・・病院・・・」
・・・『召喚』、か。彼女が嘘をついているようには見えない。
しばらくの沈黙の後、彼女は穏やかに微笑んで言った。
「私はネリーと申します。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、はい。俺は統治、伊藤統治といいます。」
「モトジさんですね。よろしくお願いします。」
赤茶色の髪に緑の瞳を持つ、欧米人のような見た目のネリーはここ、王立病院所属の看護師長とのことだった。
とりあえず情報がなさすぎるので、説明を求めた。疲れたらまた休んでくださいね、と前置きしてから、女性は要領よく、的確に説明を始めてくれた。
『召喚者』の看護、また回復後に状況を説明する役目も託されていたとのことで、看護師となってすぐにそのための勉強をはじめたのだが、俺が召喚されるまでに2回失敗していて、10年も勉強した、と話してくれた。
「たまたま務めたのが『召喚』の勅令があった時だっただけなんですけどね・・・」
と言っていたが、聡明さと温厚さがにじみ出る彼女は、たまたまではなく、そのために雇われたのではないか?と俺に思わせた。
そもそも俺は、国王の勅命により異世界から召喚されたそうだ。この世界では、自分たちの力では立ち向かえない困難を解決するために、異世界から人間を召喚する魔法が存在する。ただし、とても難易度の高い、それも神に認められた場合にしか行使できない魔法らしく、召喚魔法が実施できるのは数年に一度。さらに成功するとは限らない。実際、この国では彼女が生まれてからは初めて成功したとのこと。
召喚された人間については、過去からの様々な歴史書や言い伝えによれば、召喚後に体調を崩し、回復までにあるていど時間がかかる。崩す度合いは、年齢が上であるほど悪いことが多く、40歳くらいの人間が召喚されると、死ぬこともある、と記録にあるそうだ。
ここまで聞いて、すごいことのような、でもそんなに稀なことでもないような印象を受けたので、俺はこう聞いてみた。
「この世界では、召喚することはわりと普通に考えられる、ってことですか?」
「うーん、私の知る限りでは、10年に1回くらい、どこかの国で召喚に成功した、という話を聞くくらいだと思うわ。この大陸の南のほうには、召喚者が国王になった国もあるのよ。」
「じゃあ現在この世界に召喚者は数十人くらいいるわけですか?」
「おそらく10名はいないんじゃないかしら。」
今回の召喚理由は『国難』とのこと。いくつもの理由によって国自体が弱体化し、存亡の危機に陥っているとのこと。
「でも10年以上、この国はもっている、ということですよね?」
「そうね。でも、この10年でこの国は半分くらいになってしまったの。マーベル先生は、あと10年経ったら国が無くなるかもしれない、と言ってたわ。」
マーベル先生とは、この病院の病院長であり、国王のお抱え医師だそうだ。
とりあえずここまで聞いていて、俺は一つ質問をした。
「で、どうして俺なんですかね?」
「それなんですけど、私たちも誰を呼ぶかを選ぶわけではないので・・・」
・・・ん?異世界から人を呼ぶ理由があるのに、どんな人を召喚するのか選べない?
説明によると、召喚の魔法は、神に窮状を訴え、それに助力できる者の召喚をお願いするということらしい。召喚してみてから何の能力があるのかを見極め、力を貸してくれるようにお願いする。召喚者にどのような能力があるのかはわからない。さらには力を貸してくれるかどうかは説得次第。
「・・・ネリーさん、普通の看護師じゃないでしょ?これすごい重要な役ですよね?『たまたま』の人に任せないですよね?」
ネリーはわかりやすく(しまった)という顔をして、きちんと説明してくれた。
「やっぱりわかりますよね。実は私は貴族で、医療や内政に関わる家の出身なのです。末っ子なので召喚の勅令がなければ普通の看護師になっていたと思うのですけど」
なるほど。貴族のお嬢様、ということか。
「召喚者は特殊な力を持っている、ということですか?俺は学生なので、特に何の能力もないと思うんですが」
もしや召喚時に特殊能力を得ているとか?チート的なやつ?
「私が調べた限りですが、召喚されるときに特に能力を付与されたりはしまいようです。私たちとは違う世界の知識や物の見方などを用いることで困難を排除するということのようです。」
だんだんと会話が探りあいみたいになってきた。
「・・・でも俺、ただの大学生ですよ?」
「・・・大学ですか!この国には大学はありません。この大陸には20くらいの国がありますが、大学があるのは4つだけです。それに、もう気が付いていらっしゃると思うのですが、モトジさんの世界の言葉と私たちの世界の言葉は違います。翻訳できるのは神の加護によるものなのですが、『大学』の中身も全く違うかもしれません。きっとモトジさんは私たちの知らない知識を持っているのだと思います。」
なるほど。翻訳されている言葉の『大学』というのがいわゆる高等教育なのは正しくても、その教育水準は地球でも時代によって明らかに違う。
「なるほど・・・」
俺は、少し情報を整理する時間が欲しい、と思った。ネリーは俺の顔色をきちんと見ていてくれたらしい。
「少しお休みなさいませんか?少し考える時間があったほうがいいのでは?」
有能な看護師だなぁ、と思いながら俺は返した。
「そうですね。とりあえず少し休ませてください。」
「はい。・・・モトジさんは一日に食事を何食召し上がりますか?」
一瞬何のことだ?と思ったが、すぐに理解した。確かに同じ世界でも一日何食なのかはちがうはず。ましてや異世界だ。
「・・・この国ではどうなっているのですか?」
「普通は2食ですが、お昼に軽くお茶を飲みますよ。体力をつけてほしいので、お昼も食事を用意しようとは思ったのですが、どうでしょう?」
「ありがたいです。前の世界では1日3食だったので。」
朝食を抜くことは多々あったなぁ、と思いながら、俺は答えた。
「それでは、まずは昼食までお休みになってはいかがですか?」
「そうですね、そうさせてもらいます。」
ネリーは正面の扉がトイレ、左側の扉を出て左に進めば看護師の詰め所があるので、何かあったら来るように、と教えてくれてから部屋を出ていった。
「俺の『能力』ってなんだろう・・・」