第八話 ばかやろうはお前だ
令和二年の新年あけましておめでとうございます。
本年も変わらずごひいきに。
このウルフ事件の後から、ヨールはウサギ獲りに目覚めて、以後安定した狩りをするようになった。
腰のすわったいい突きが出せるようになったからだ。
ジャックも、攻撃にためらいがなくなった。
レミーは、落ち着いて処理するようになった。
マルソーも、急所へのヒットが多くなった。
実に成長するときは一気にするものだ。
いままでぐずぐずと、いらんことしてきたのが花開いた観がある。
彼らの変化を見て、たまに俺に相談しに来る下級冒険者が増えたのは困った。
今回は、たまたまうまくいったに過ぎない。
ドシロウト連れて、ウルフの集団を討伐できるほど、この世界は甘くない。
つうか、現実は甘くない。
そこのところ履き違えているやつが多いのだ。
ユフラテと狩りに行くと成長するとか、簡単に強くなるとか思ってるやつがいる。
ンなわけあるか!
ダラダラ暮らしてて、強くなるわけないやん。
あいつらは、あいつらなりに悩んで、苦労していたからきっかけを与えたに過ぎない。
それを、なにやらご利益があるみたいに思いこみやがって。
他力本願もたいがいにしろってんだ。
ある程度下地がないと、鍛えても徒労に終わるのは目に見えている。
人にはその人なりの鍛え方がある。
全員一律にどうこうできるもんじゃない。
「新人研修?」
「ええ、ギルドマスターが言い出したの。」
マリエが俺んとこにきて相談している。
「そりゃあ、やればいいんでない?むしろやれ。」
「そう思う?」
「いままでやってなかった方が問題だろう。だから低級冒険者の死亡や廃業が多いんだ。」
「そう…」
「ジャックやレミーを見ればわかるだろう、剣の使い方も甘いのがたくさんいる。」
「そうね。」
「ただ、俺のところに来る勘違い野郎も多いのは、ギルドの責任だ。」
「?」
マリエは首をかしげて俺を見る。
ショートの金髪が揺れる。
「みんな考えが甘いんだよ。人に頼ったり、へつらったり、ろくなもんじゃねえ。」
俺は、我慢できなくて吐き出した。
「遊んで暮らしたいなら、冒険者なんかになるもんじゃねえ。こりゃあ命がけの商売だ。」
「ギルドだって、やくざの集まりじゃねえんだから、もっと絞めてかからなきゃならん。」
俺はお茶を持ち上げた。
「それでいいなんて思っているトップがアホなんだ。」
ぐびり
「個人の自覚なんて、期待するやつがバカだ。」
「それも含めて、新人研修は確かにいいことだと思うよ。」
「じゃあ…」
「俺はやらねえ。」
「ちょ!最後まで言わせてよ。」
「だめだ、マスターが人格者でないと、なに教えても無駄だ。金にキタネエやつ、人に優しくねえやつ、思いやりのねえやつは、上に立つ資格がねえ。」
「ユフラテ…」
「俺は、組織の悪いところばかり見てきた。だから思う、ひとりひとりが組織を良くすることを思えないと、娑婆は良くならんのだ。」
「ギルドの人間で、受付も含めて、そんな考えの奴がいるか?いねえだろ。」
「だから、上辺だけやっても意味はねえんだ。」
「俺が引っ張ってやれるのは、少人数だけだよ。今の、レミーやジャックが育ったら、二~三人育ててもいいけど。たくさん集めてやるなら、ギルドで相談してやらなきゃな。」
「わかったわ。」
「マリエ、個人的に聞きに来るなら答えるけど、ギルドとしてくるなら、今日だけにしてくれ。」
「…」
「お前はいいやつだけど、上の連中はどうなのかな?」
俺はにやりと笑った。
「あんたは、大人すぎるわ。」
「ほめ言葉と受け取っておくよ。」
俺はギルドを出た。
その辺で、ヨールが酔っぱらってる。
「ヨール、明日はウサギ獲りに行くぞ。」
まだ金はありそうだから、今日はほっとく。
「YO~。」
あれで、わかってるから不思議だ。
ギルドの入り口付近で、レミーとジャックが待っていた。
「ユフラテ、行けるか?」
この時間まで引っ張られたんだ、行かないとお前らが困るだろう。
俺は頷いて、城門に向かった。
今は、レミーもジャックも槍を持っている。
腰には短剣。
ブロードソードは売っぱらったそうだ。
ま・邪魔だよな。
リーチの長い槍は、身を守るに適している。
近くに来たら、長めの短剣が役に立つ。
その辺を踏まえて、二人を鍛えている。
冒険者のレベルが上がって、護衛などをするようになったら武器を考えればいい。
今は、とにかくウサギに勝つことだ。
薬草を取りながら、川沿いの道を行く。
まだ森はずっと向こうで、うねった丘は草原になってる。
見晴らしがいいぶん、向こうからも丸見えなのが難点。
俺は頭を低くして、草から出ないように歩く。
レミーとジャックも、同じように警戒しながら歩いている。
馬鹿みたいに突っ立っていたから、ぽかりとやって伏せさせた。
そう言う基本くれえ、ギルドで教えろってのよ。
俺は、風魔法の波を送り出す。
「今日はお客さんがいねえなあ。」
「そうなん?」
「ああ、気配がない。」
「そう言うときもあるわよね。」
「ああ。もう少し進もう。
馬車は高いから、手で引く荷車を借りてきた。
これなら多少獲物が多くてもなんとかなる。
リヤカーのようなものだ。
「ん!」
「いた?」
「いや、ヘビだな。」
「ヘビ?」
俺はナイフを投げて、ヘビを取る。
「まあ、食えるからいいか。」
荷台に置いておく。
長さ一メートルほどの、デカいヘビ。
頭にナイフがぶっ刺さってる。
「イノシシだ…」
「で、イノシシ?でかくねえ?」
ジャックが聞き返す。
「獲れたら大儲けだぞ。」
「あぶねえよ。」
「大丈夫だよ、今は落とし穴があるからな。」
「落とし穴掘るの?」
「そうだ、獲る獲物によっては、最初から準備しておくもんだけど、今日は俺がいるからな。」
俺は、土魔法で落とし穴を掘る。
背後に、同じ高さの壁もできる。
この辺は、素材の行ってこいだよ。
掘れば土が出るからな。
壁を固めると、イノシシはバカだから、当たって落ちるんだよ。
そうそう、うまくもいかないけどな。
「お前らもそろそろ、先を見る狩りを覚えろよ。」
「ごめん。」
「わかった。」
何度も一緒に狩りにきてるんだから、やりかたくらい覚えてほしいもんだ。
俺が、ほかの冒険者に思うのはそこだ。
全部俺がやってくれると思ってる。
自分たちは、止めを刺せばいいなんて、安楽な思考だろう?
「俺がいなくなったらどうするんだよ。」
「ユフラテ、いなくなっちゃうの?」
「もしかのことだよ。いつも居るとは限るめえ。」
「そりゃそうだけど。」
「だから、ちゃんと稼げるようになれ。」
「はい…」
「ジャックも、大丈夫だな。」
「ああ。」
二人に確認して、俺はイノシシに石を投げた。
イノシシは、さかんに地面を掘って、なにか探しているようだ。
ごちんと音がして、イノシシはこっちを見た。
「へいへ~い、馬鹿イノシシ~!こっちだよ~。」
俺たちが手を振ると、怒ってはしりだした。
「ぶごおおおおお!」
「うひゃあ、来た来た!」
落とし穴の向こうの壁の前で、イノシシが来るのを待つ。
ものすごい勢いで、草原を突っ切ってイノシシは姿を見せた。
「うひゃう!」
イノシシが突っ込んできたので、底から横に飛んで逃げた。
ごん!
頭から壁に当たったイノシシは、ずるずると穴に落ちる。
どうやら脳震盪を起こしているらしく、ふらふらしている。
「よし、首に止めを…させないな。」
イノシシがデカすぎて、お尻が穴から出ている。
首は穴の中で、手が出せない。
「しょうがないな。」
俺は、土ボコの大きいのを、下から出してイノシシを持ち上げた。
頭が出てくるので、そこに二人の槍が刺さった。
「ぶごお!」
一声鳴いて、イノシシは沈没した。
「ふい~、でかいなあ。」
俺は、足にロープを巻く。
「よいしょ!ジャック手伝え!」
「おう!」
二人では足りず、三人がかりで木の枝に吊るした。
さすがの重さで、これはすごい稼ぎになるぞ。
血抜きをしてから、なんとか荷車に乗せてマゼランに帰ってきた。
「おお!すげえな。」
「でけえ!」
門番たちも驚いている。
人力で引いてくるのもはばかられるほど、デカいイノシシだ。
ウサギが出なくてよかったよ。
この上ウサギの重さが加わったら、荷車が壊れる。
三人で、ふうふう言いながらギルドにやってきたら、暇な連中が集まってきた。
「すげえなユフラテ!」
「なんだYO~、今日着いていけばよかったYO!」
ヨールが両手を挙げて踊っている。
「こりゃあ、いくらになるんだ!」
マルソーが悲鳴のように叫んでいる。
約一トンはありそうなイノシシは、買い取り係りのコステロによって秤に乗せられた。
「一トンと五〇キロだな、銀貨二五枚。」
すげえ稼ぎだな。
「やったー!」
ミレーとジャックは小躍りしながらギルドの受付で叫んだ。
「コステロ、安くねえか?」
俺は少し不満だ。
「ああ?」
「血抜きもしっかりしてきたイノシシだぞ、銀貨が足りないんじゃないか?」
「おい、ユフラテ、俺の査定が気に入らんのか?」
「ああそのとおりだ、やけに安い。」
コステロは強気だ。
「ギルドが買わないって選択もあるんだぞ。」
「そうか…じゃあそうしよう。ギルドにゃ売らねえ。その辺で解体して、たたき売ってくる。」
「ちょ!ちょっと待て!」
コステロはあわてて手を出した。
「ギルドが冒険者をないがしろにするのなら、俺たちも信用しない。」
「ユフラテ!」
ジャックが、真っ青になっている。
「ギルドと冒険者はウインウインでなければならないはずだ。それを買いたたく?ギルドマスターの方針か!」
ジャックが取り成そうとする。
「そう怒るな、ユフラテ。」
「冒険者は命かけてイノシシ取ってきたんだ、お前ら命がけで査定しろ!」
俺は、コステロを睨みつけて言った。
「なんだ、なんの騒ぎだ?おお!イノシシじゃないか!」
ギルドマスターが出てきた。
「何の騒ぎもねえ、ギルドは冒険者をばかにしてるのか!」
俺は、マスターにも聞く。
「そんなことはないぞ。」
しれっと嘯くマスター。
「じゃあ、なんでこのイノシシが銀貨二五枚なんだよ。」
「ああ?悪くない金じゃないか。相場だぞ。」
「市場で売ってるイノシシ肉の相場から逆算したら、三五枚ないとおかしい。」
「それは組合の儲けも…」
「組合の儲けは、三五枚でも十分出るよな。どれだけハネる気だ!」
マスターはキョドる。
「バカ言うな。」
「バカはどっちだ!これ以上冒険者をいじめるなら、おれは殿様に直訴するぞ!」
「なんだと!」
マスターは、顔色をドス黒くしている。
「みんなのいる前で釈明してみろ、これはコステロの独断か、マスターの指示か!」
「…」
「はっきりしろい!」
「わかった、銀貨三五枚で買い取る。」
「そうじゃねえ!マスターの指示なのかって聞いてるんだ!ぶっ殺すぞ!」
ふだん温厚なユフラテの激高に、まわりはドン引きだ。
昼間とはいえ、組合員は三〇人くらいはいる。
ギルドの職員は、見えるだけで二〇人。
マスターは、自分の不利があからさまになって慌てている。
受付からマリエが飛んできた。
「ユフラテ、その辺で押さえて!」
マリエは、必死になって俺の腕をとらえて引っ張る。
「…わかった、じゃあこのイノシシはマリエに卸す。」
「よかった、ありがとうユフラテ。」
「この措置は、俺に対してだけなんだろうな、コステロ。組合全体だったら許さんぞ。」
「…」
この騒ぎは、すぐに組合の連中に広がった。
ギルドマスターが、ユフラテに対してひどいピンハネをしていたと、おもしろおかしく語られたんだ。
まあ、事実だろう。
やがて、もっと大きな騒動に発展するのだ。
あれ?なんかキナ臭くなってる。